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鬼薔薇は消えた。誰に聞いても行き先がわからない。
花街の支配人だけが首を振り振り「ロズル様の手に負える方ではございませんでした」と告げた。
鬼薔薇が消えて十年。この国は変わり続けている。
足掻いても足掻いても、ビクターは結局、ロズル家の当主となる運命からは逃れられない。花街への発言権を高めるために始めた多くの事業が、今もビクターを中心に動き続けている。独楽鼠のように歯車を自ら回し続ける他ない。
ビクターは、自分の働きが領地に暮らす人々の命を支えるものだと知ってしまった。今さら全てを放り出すことなどできない。
とはいえ、領地の仕事に忙殺されることは、鬼薔薇のいない空白を押し潰すのに役に立つ。領地の利益の為に人と寝ることはあったが、鬼薔薇以外、誰もビクターの心の拠り所にはならなかった。
王都へ続く石畳は綺麗に舗装され、快適に馬車を走らせる。ビクターは昔の粗い石畳で聞いた、車輪のきしみを懐かしむ。
今日は、ロズル領と国境を接するホーガンダイ国の王子を招いた晩餐に呼ばれていた。
内乱が続き、国を追われていたホーガンダイの王子が反乱軍を制圧し、共和制を敷いたのは三年前のことだ。少しずつ新たな国との交易は始まっている。今夜の会食は表向きの理由で、ロズル領で採れる鉱物を交易の品目に加えたいという打診を受けるだろう。何度か断ったが、王子が直々に来るとなると断りきれない。
王都に行くのは億劫だ。城に行けば苦手な奴らに会わなければならない。
日も暮れ、会食が始まる頃、広間に呼ばれた。既に歓談の雰囲気で、甲高い笑い声も聞こえる。
王子への挨拶の為に腰を折って跪いたビクターに、騎士団長代理が、口の端をあげて意味ありげに笑う。
「こちらはホーガンダイ国のジャレッド殿下です。ロズル様、もっと近くでよく御覧なさい、麗しい方ですよ」
ビクターはこの騎士長代理に出会うたびに苦い思いをさせられる。避けようとすればするほど絡まれるので厄介だ。今日も一国の代表を前に、いつも以上にふざけたことを言っている。
「ガーウィン殿、殿下に対して、無礼が過ぎませんか?」
「おや、ロズル様はいつの間にそんなに常識的なことをおっしゃるようになったのです? 大丈夫ですよ。ジャレッド殿下と私は、旧知の仲でして!」
ジャレッド王子の手にある扇から懐かしい香りがしたような気がした。
失礼にならぬように伏せていた視線を上げると、ジャレッドは目を細めて持っていた扇を音もなく閉じる。王者の風格を持った、威厳のある立ち居振る舞いだ。
「初めましてビクター殿。ロズル領は豊かな地だと聞いています。ビクター殿の活躍も存じ上げていますよ」
ビクターは名を呼ばれて、跳ねあがるように顔をあげた。長い金の睫毛が瞬きを繰り返し、藍色の瞳が見えたり陰ったりする。
「ロズル領は我が国と国境を接する。交易が始まれば幾度となく世話になるだろう。ビクター殿、幾久しく……」
ジャレッドは、雄々しい風貌で、懐かしい笑みを浮かべる。
駆け寄ったビクターは、近衛の騎士に取り押さえられた。
end
花街の支配人だけが首を振り振り「ロズル様の手に負える方ではございませんでした」と告げた。
鬼薔薇が消えて十年。この国は変わり続けている。
足掻いても足掻いても、ビクターは結局、ロズル家の当主となる運命からは逃れられない。花街への発言権を高めるために始めた多くの事業が、今もビクターを中心に動き続けている。独楽鼠のように歯車を自ら回し続ける他ない。
ビクターは、自分の働きが領地に暮らす人々の命を支えるものだと知ってしまった。今さら全てを放り出すことなどできない。
とはいえ、領地の仕事に忙殺されることは、鬼薔薇のいない空白を押し潰すのに役に立つ。領地の利益の為に人と寝ることはあったが、鬼薔薇以外、誰もビクターの心の拠り所にはならなかった。
王都へ続く石畳は綺麗に舗装され、快適に馬車を走らせる。ビクターは昔の粗い石畳で聞いた、車輪のきしみを懐かしむ。
今日は、ロズル領と国境を接するホーガンダイ国の王子を招いた晩餐に呼ばれていた。
内乱が続き、国を追われていたホーガンダイの王子が反乱軍を制圧し、共和制を敷いたのは三年前のことだ。少しずつ新たな国との交易は始まっている。今夜の会食は表向きの理由で、ロズル領で採れる鉱物を交易の品目に加えたいという打診を受けるだろう。何度か断ったが、王子が直々に来るとなると断りきれない。
王都に行くのは億劫だ。城に行けば苦手な奴らに会わなければならない。
日も暮れ、会食が始まる頃、広間に呼ばれた。既に歓談の雰囲気で、甲高い笑い声も聞こえる。
王子への挨拶の為に腰を折って跪いたビクターに、騎士団長代理が、口の端をあげて意味ありげに笑う。
「こちらはホーガンダイ国のジャレッド殿下です。ロズル様、もっと近くでよく御覧なさい、麗しい方ですよ」
ビクターはこの騎士長代理に出会うたびに苦い思いをさせられる。避けようとすればするほど絡まれるので厄介だ。今日も一国の代表を前に、いつも以上にふざけたことを言っている。
「ガーウィン殿、殿下に対して、無礼が過ぎませんか?」
「おや、ロズル様はいつの間にそんなに常識的なことをおっしゃるようになったのです? 大丈夫ですよ。ジャレッド殿下と私は、旧知の仲でして!」
ジャレッド王子の手にある扇から懐かしい香りがしたような気がした。
失礼にならぬように伏せていた視線を上げると、ジャレッドは目を細めて持っていた扇を音もなく閉じる。王者の風格を持った、威厳のある立ち居振る舞いだ。
「初めましてビクター殿。ロズル領は豊かな地だと聞いています。ビクター殿の活躍も存じ上げていますよ」
ビクターは名を呼ばれて、跳ねあがるように顔をあげた。長い金の睫毛が瞬きを繰り返し、藍色の瞳が見えたり陰ったりする。
「ロズル領は我が国と国境を接する。交易が始まれば幾度となく世話になるだろう。ビクター殿、幾久しく……」
ジャレッドは、雄々しい風貌で、懐かしい笑みを浮かべる。
駆け寄ったビクターは、近衛の騎士に取り押さえられた。
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