騎士にも色々いる 続

砂山一座

文字の大きさ
4 / 20

【ギルド職員ロイ・アデルアの事情】

しおりを挟む
 俺は昨日から最悪だ。
 だが、元を正せば俺が悪かった。
 自制出来なかったのも悪いが、長年積み重ねてきたものを全て引きずり出されて丸裸だ。
 やけくそで俺を異性として意識しろなんて言ったが、俺にはわかる。
 なんの抵抗もなく俺にされるがままの癖に、タリムには思っていた以上に脈がねぇ。
 恋愛に対する素養がねぇ。
 色気もなけりゃ、乙女心もねぇ。
 俺に口の中を蹂躙されて、恥いるも嫌がるもねえ。
 なんだったら応える様に俺に身を委ねるとか……肉欲は多少あることは、この場合は最悪だ。
 昨日、全て自分の手の中にあると思っていた物がこぼれ落ちた。
 挙句にトンビに油揚げを持っていかせる計画を身内が練ってやがる。


 俺は子供の頃、父に連れられてここに来た。
 その事に対しては何にも思うところがない、なんの感情も無いガキだった。
 父が仕えていたセレスタニア姫が、命を移し替えるようにして赤子を産み、俺に託した所から俺の全てが始まった。
 父にしてみれば、子守を置いて行くくらいの感覚だったのかもしれないが、タリムの側に俺を置いていってもらった事は感謝している。

 タリムが姫の血を継ぐことは俺と父とギルドマスター、ソアラ・シアンと、その妻のメイフェア・シアンしか知らない秘密だ。
 それは、厳重に隠され、二度と暴かれるはずのない秘密だった。
 秘密に対してタリムは簡単だった。
 生みの母を求めることは無かったし、育ての母が大好きだ。
 そもそもタリムは自分のルーツなんかさらさら興味が無い。
 面倒な事は避けて通るどころか、破壊して目の前から消すタイプだ。
 それをどこから嗅ぎ付けたか、厄介な騎士がからみついてきた。
 暴かなくて良いことを暴き、タリムを表舞台へ引っ張り出すつもりだ。
 タリムの生みの母が願ったのは娘の自由だった。
 娘が肉体的にも精神的にも、王家と関係の無い者になることを願っていた。
 姫の願いを叶えてやりたいとか高尚な気持ちはないが、タリムの在り方が姫の願いに沿っているうちはその意向を守りたい。
 というか、どう考えても今更お姫様になんか戻れるはずがない。
 それは俺が今更国の騎士に戻る事ができない事と同じくらい確かな事だ。


 誰がなんと言おうとも、タリムは生まれた時から俺のものだ。
 反論は認めない。
 タリムには欠点が多かろうがなんだろうが、そうだと言ったらそうなのだ。
 いや、欠点なんて生易しいものじゃねぇ、タリムは性格が破綻している。
 極度の面倒くさがりであるのに、固執する所には頑固にかじりつき、意見を曲げることはない。
 つまらない事でよく泣くし、身内以外との触れ合いでは潔癖気味なところもある。
 家族の中ではごく普通の甘ったれた妹であるくせに、仕事となると眼球に食いかけの肉の串を刺すことも躊躇しない。
 ギルドで働くと一人で王都まで来た時には目を疑ったし、初陣で俺より先に族の耳をそぎ落とした時には頭を抱えた。
 そんな調子で大抵話は聞いてないが、本質は見逃さない。
 だから俺たちは過酷な仕事でも生き残ってきた。
 そこには誰にもケチをつけられない繋がりがあると自負している。
 そのタリムの恋愛感情以外の信頼は今、全て俺のところにある。
 もう、これで満たされてるから放って置いて欲しいのだ。
 俺は子どもの頃引き剥がされたのを埋めるみたいに、このまま邪魔されずにタリムを囲っていられればそれでいい。

 それを阻むのがギルドマスター、ソアラ・シアンだ。
 名前が可愛いのを気にしていて、ソアラと呼ぶと叩かれる。
 こいつのせいで俺はありもしないタリムの恋心とやらを探す旅に出なくてはならないのだ。
 俺は最初からギルドマスターとは折り合いが悪い。
 出会った時から天敵だ。
 俺は奴をタリムを掠めとる極悪人だと思っているし、向こうは俺を娘に集る蝿だと思っている。
 騎士である父とソアラの約束では、俺もソアラの家でタリムと一緒に暮らせるはずだったのに、わざわざ俺だけギルドに預けて家まで通わせたのは今でも恨んでいる。
 俺は色々理由をつけて、ソアラに師事して剣技を習った。
 打ち倒すべき敵に剣を習うなんて、どうかしている。
 しかし、ソアラはどこの誰よりも強かった。

 奴は顔を合わせる度に憎々しげに言った。
『騎士気取りでいるようだが、お前がうちの子の騎士様だなんて片腹痛い。
 たまたまここにいる時間が重なっただけで、タリムを運命だなんて思うなよ。
 お前は初めて餌をもらった主人に付き従うただの番犬だ。
 いーや、当て馬だ。』

 まだガキだった俺にあのおっさんはそう言い放った。

『保護者の真似事をするつもりならタリムに指一本触れるなよ。
 このまま、お前がタリムの特別にならなきゃ髪の一筋だってやらんからな。
 あの子はちょろいし、身内に甘いからから、お前みたいな狡猾なやつが手を出しても拒まないだろうけどな。
 あの子から求められないのにお前を押し付けてみろ、駄犬は処分だ。』

 と、ここまでが毎回セットで、とにかくその後はボコボコになるまで甚振られる。
 稽古という名の憂さ晴らしなんじゃないかと疑う。
 繰り返されたこのやりとりは、俺の心に深く根を張ってしまっている。

 子供の俺は、純粋にタリムが大切で、取り戻す為に必死にギルドマスターに挑んでいた。
 もちろん大男とガキじゃ勝負にならず、簡単に退けられては吊るされたり埋められたりする日々を送っていた。
 昼間は奴を打ち負かす事に体力を使い果たし、寝静まった頃にタリムの顔を見に行く。
 そんな毎日が続き、タリムに段々と忘れられそうになったりもした。
 俺をタリムの番犬にする為のしごきは、俺がギルドに入って、王都に飛ばされる前まで続いた。

 王都に飛ばされるきっかけになった事は今でもよく覚えている。

『……まぁ、そうだよなぁ、好かれもしないのに手を出すなんて、立派な騎士様はしないよなぁ』
 売り言葉に買い言葉、いつものソアラの挑発に思春期の俺はそれはそれは小生意気に口答えした。
 背伸びしても圧倒的な力にねじ伏せられる日々を送ってきた俺は、タリム大事さは変わらないのだが、性格が多少ヨレてきていたのだ。
『だいたい俺は騎士じゃねえし、ガキに手ェつけるなんて、そんな事は死んでもするか。
 それに、あいつに好いた相手が出来たら、俺は番犬のお役御免だろ。
 俺は相手を見極めるだけだ』
 スカした返事が逆鱗に触れたようで、その日ばかりは手加減無しでボコられた。
『冗談ばかり言ってんじゃねぇぞ小僧。
 そんな事言ってるからお前にはやらねぇって言ってるんだ。
 後でお前は絶対頭抱えて吠え面かくからな。
 これは予言だ!
 しっぽ巻いてキャンキャン鳴きやがれ!』
 そして今、手放す気もないのに大人ぶってタリムを懐に入れていた俺は、見事に吠え面かいているわけだ。

 俺が持ち合わせていたのは愛や恋みたいなふわふしたものではない、もっとどす黒い執着だ。
 タリムにあるのが明確な恋とか愛とかではなくても、俺はタリムを奪い尽くすだろう。
 本当なら、俺は一生このままの関係だって構わないのだ。
 タリムは今際の際に俺がいる事を望んでいるし、俺はタリムに命を取られるんだったら明日死んでも構わない。

 それなのに、現実問題、タリムが俺に恋愛感情を持っていることをタリムの義父に証明しないと、明るい未来が無いとか……頭が痛い。
 ソアラは少女小説愛好家だ。
 娘がキラキラの恋愛を成就させて巣立って行くのが昔からの夢だった。
 ソアラの思い描く理想の相手は、タリムだけを愛しタリムに愛されるヒーローだ。
 断じて俺ではない。
 当て馬、当て馬と呼ばれて育てば、それはひねた人間になるに決まってる。
 俺はすっかり奴らの中では汚れた脇役にされている。
 俺がタリムを愛していると言ったところで、タリムの心が俺にあるとはっきり証明できないなら、ギルドマスターからタリムを掻っ攫うことは不可能だ。
 義兄のユウキも、俺の前に立ち塞がる気でいる。
 二人してギルドの全権を完璧に濫用して、俺をタリムから引き剥がし、手の届かないところに隠してしまうだろう。
 何を大袈裟な、と思うかもしれないが、ソアラとユウキはやると言ったらやるのだ。
 その結果が壊滅的なことになろうとも。 
 何としてでも事態を動かさなければ。

 子供の頃の俺よ、お前があの時立ち向かうべきだったのはギルドマスター・ソアラ・シアンではなく、放って置いた間に芽を出すことも面倒だと腐り落ちたタリムの情緒だったはずだ!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。 目が覚めたら、婚約破棄されていた。 理由は「地味で面白みがない」から。 泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。 最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。 でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。 厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。 そして就任スピーチで宣言した。 「500人全員の名前を、覚えます」 冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。 悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。 元婚約者は——後悔し始めていた。 婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。 なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。

王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~

しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。 豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。 ――食事が、冷めているのだ。 どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。 「温かいごはんが食べたい」 そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。 地下厨房からの高速搬送。 専用レーンを爆走するカートメイド。 扉の開閉に命をかけるオープナー。 ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!? 温かさは、ホッとさせてくれる。 それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。 冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、 食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ! -

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

処理中です...