33 / 85
【俺の婚約者の体重が流出していてちっとも面白くない件】
しおりを挟む
「なにしてんの? レトさんに怒られるよ」
茂みをかき分けて足を踏み出すと、こちらを勢いよく振り返ったオリバーと目が合う。
本当にクララベルを害するつもりがありそうなら、直ぐに飛び出していったけれど、オリバーの歪んだ恋心はクララベルの命をどうこうする方向へ向くものではなかった。
細い枝でぺちぺちと甚振るくらいの事しかできていない。
盗み聞く限り、妹に劣情を覚えながら同時にクララベルも狙ってるような口ぶりだった。
(竜じゃない奴の頭の中はどうなってるんだ? 番を一人に絞れないだけじゃなくて、身内にも変な気を抱くのか?)
こんな場面なのに、首をかしげてしまう。正直、竜じゃない男の劣情が理解できない。
とはいえ、クララベルが馬鹿なことを始めそうだったのでじっと見ているのはもう無理だった。
それについては滅茶苦茶腹が立っている。
「――ああ、あんたは見た事ないよな。レトさんが怒るとうちの母さんよりも怖いんだよ」
俺が出て来たにもかかわらず、クララベルは俺を呼ばない。叫びもしないし、泣きもしない。
(さっきまでよくしゃべっていたのにな)
多分もう限界に違いないのに、奥歯をギリギリと噛み締めていて、口を開けられないでいるのだ。
泣く……あれは泣く前の顔だ。
口をへの字に曲げたその顔は愛嬌があるのに、クララベルから流れ込む感情は重く激しい。ひどい選択をしたクララベルの心細さに当てられて、なんだか一緒に泣き出しそうになる。
「あんた、えらい事をしてくれたなぁ。うわっ、凄い罠だね。クララベルの身長まで把握してるなんて、ご執心なんだな」
こんな場面なのに俺の声は場にそぐわないほど凪いでいる。
オリバーは、俺がそんな調子なので、クララベルに近づくのを止めもしないで、唖然として立っている。
クララベルの腕をつかんでいたオリバーの手が、俺と距離を取るように離れた。
俺が一歩進めば一歩下がる。
また進めば、また下がる。
こんなに容易に近づけるとは思わなかったが、せっかくなのでそのまま罠からクララベルを助け出す。
「つかまってろよ」
手にかかる負荷を減らすためにクララベルを肩に担ぎ上げてから、腰の道具袋を開けてナイフを取り出し、クララベルが吊られている縄を切る。
ビンッ! と空気を震わす音がして、クララベルの体重を支えていた強くしなる枝が、勢いよく上にはね上げられる。
(なんだか、すごく、おもしろくない)
身長と重さ、両方知らないとここまで正確な罠は張れないだろう。
(こいつ、クララベルの重さまで知っているのか?)
クララベルの小柄な体は、軽い音を立て俺の腕に収まった。オリバーは俺を遮ることもしないし、クララベルを奪おうともしない。
「なぁ、声をあげないと、見つからないままになるだろうが」
小声でクララベルを叱るが、クララベルから血の匂いがして軽口に身が入らない。
――傷はどこだろう? 手と、口の中か?
泣かないように震えないように力を入れすぎたクララベルの奥歯が、ギリっと音を立てる。
俺は血がようやく通うようになったクララベルの手を摩りながら抱き寄せた。
「王女様って、大変だよな」
頭を撫でれば、磁石のようにひしと抱き着いてきた。
俺はバロッキーだし、これ以上何も失うものがない。というか、竜にとって失ったら困るものなんて多くない。突き詰めれば、番くらいなものだ。
まぁ、サリに綿密に作り上げられたイメージを壊したとか、そんなのを後で叱られるかもしれないが、別にもういいや。
「でさ、これ、どうするつもりだったの?」
俺は、出会った時からオリバーの中にあるクララベルへの感情を嗅ぎつけていた。
ダグラスの強い想いと違って、オリバーのそれはとてもいびつだった。腹が立っても敢えてダグラスを推さなければなくなったのは、こいつのせいでもある。
俺の死後、後添えのリストに載るのはダグラスよりもオリバーの方が序列が上かもしれない。フォレー家の領地は広いが、サンドライン領の方が住民が多いのだ。それは税収に関係する。
クララベルを真摯に愛しているダグラスでも耐えられないのに、中途半端なオリバーが後添いの夫になるかと思うと、殺したくなる。
「ですからね。オリバー様は、ここで王女殿下を害するつもりだったのですか、と尋ねておりますが?」
俺はオリバーのような腰抜けに、クララベルをやるのは死んでも御免だ。
いっそ俺を殺して奪うぐらいの気概があるならよかったのに、こいつは遠くから歯ぎしりするだけで、クララベルに近寄りもしなくなった。
「殺したりしない。無知で傲慢な女に鉄槌を下していただけだ!」
語尾を震わせていきり立つ。
こいつ、本当にそんなことができると思っていたのだろうか?
自分が傷つくことだけを極端におそれて、俺がクララベルの婚約者になった後もオリバーはただ見ていただけだった。
「へぇ、鉄槌を下した後は、どうやって収拾をつけるの? この後、クララベル様ほどうなるのさ?」
振り向かない女を傷つける為に、自分の手を汚すことも厭うくせに。
「躾けがなっていない女には、鞭打つのが一番なんだ。妹も、こうしてやらないと自らの愚かさを悟らない。痛みがないと自分の過ちがわからないんだ。その女だってきっとそうだ。少し痛みに耐えれば、狩りが終わる頃には俺の妻になることが正しいとわかるだろう」
オリバーが手に持った枝をビュンビュンとしならせる音が空しく響く。
(なんだ? こいつ、何を言ってるんだ?)
「クララベルが怪我をしていたら、オリバー様が加害者ってことになって、捕まると思うけど?」
「はっ、そんなことにはならない。みてみろ、そこに旗が立っているだろう? そこから先のこちら側は狩場だ。狩りをする者以外は入ってはならないことになっている。皆知っていることだ。狩場には罠もある。クララベルがこうやってつるされていたのは俺が悪いんじゃない。我儘なクララベルがルールを破って狩場に一人で踏み込んで罠にかかっただけの話だ。俺はそれを助けたのだ! 誰がそれを責める?」
「ええと、王様とか?」
オリバーはオリバーで極限の状態なんだろう。
視野が狭くなって自分が今置かれている状況が何も見えていないようだ。
「自分の主催した狩りで、娘が勝手に怪我をしたなら陛下のせいだろう。護衛もつけずに、一人できたんだぞ。婚約者である無能なお前の責任でもあるな。我儘に動き回るのを放っておいた方が悪い」
それは確かに、一理ある。俺が心のままに一瞬も離れずにべたべたと張り付いていれば良かったのだ。侍女が止めるのを振り切れば、もっと早く追いついたはずだ。
「婚約者のいる姫を誘い出して、周到に罠を用意させて罠にはめたのはオリバーで、クララベルから目を離したのは俺。クララベルを諫められなかったのは女官で、勝手に一人で抜け出したのはクララベル。全部とがめられるだろうけど、一番悪いのは誰だと思う?」
「俺は悪くない!」
「えー、そんなわけないじゃん」
王族を傷つけようとしたオリバーの話は、穴だらけだ。こんな面倒なやつだと分かっていたなら、もう少し注意していたのに。
尻尾を巻いて逃げたのだと、放っておいたのがよくなかった。
「悪くないオリバー様、こんな事をして、本当にクララベルが手に入るとでも?――あんたさ、今現在もクララベルに庇われているのがわからない?」
「なっ、なんだと……」
オリバーは顔を真っ赤にしているが、俺の言っている意味も分からないのかもしれない。
オリバーはクララベルの何が好きでこんなことをしているのだろう。
クララベルの解けてしまった濃い蜂蜜色の髪に指を通す。今日の髪形はあまり似合わなかったし、あとで結いなおしてしまおう。
どうも、メイドたちはクララベルの髪を結うときに、より強そうな髪型を選ぶようだ。
クララベルの好みではなく、メイドたちの主観がそうさせるのだろうが、クララベルが不平を言って結いなおしを命じることはない。
クララベルに付きまとう印象こそがクララベルの真の敵なのかもしれないなと、ぼんやりと思う。
「お気楽な事だよね。カヤロナでは本当に王位の重みが軽いのかな? まさか本当に振られたクララベルに復讐する為だけにこんな事をしたの? 王家の敷地内で家臣が王族を害したとなったら、誰が考えても一族は破滅ですよね。今の状況だって、クララベルがうんと騒いで俺じゃなくて、騎士が駆けつけたら、ひとたまりもなかった」
「なっ……」
「それで、クララベルは大声をあげたの? あんたはさ、あんたよりずっと冷静だった我儘で愚かなお姫様に守られていたんだよ。袖にされた姫様に復讐するつもりが、その実庇われていたというのは、どういう気分? ねぇ、オリバー様」
「違う、王家にとってクララベルの傲慢を正すのが正しいのだ! 見ていなかったのか、その女は俺を誘惑してきたんだぞ!」
「見てましたよ。クララベル王女の立派な覚悟をね。高潔な姫様は、民を救うためなら、その貞操を犬にくれてやることさえ惜しくないんですってね」
ああ、駄目だ。言葉にしたら、やっぱり腹が立ってきた。
怒鳴りださないように、一つ息を吐く。
「よく考えてみろよ、誰が自分を罠につるした奴に抱かれたいと思うんだ? ああ、変態のオリバー様は自分が痛めつけた相手が、自分のことを嫌いにならないと本気で思ってるんだっけ?」
見えないというのは便利なものだ。自分だけを正当化できる。
「ほんと、キモいな。国の重要な任を持つ伯爵家の次期当主であるお前が、直系の王女を害したという事実を作らない為に決まってるだろ!」
オリバーは赤くした顔を青くしたり頭を振ったりと、情緒が忙しいようだ。
「あのさ、オリバー、こんな事をやって、実家がどうなるかとか考えなかった? お前が罪を犯したら、サンドライン卿が糾弾される――わ、か、る、か、なぁ?」
ガラが悪いのは分かっているが、首を傾けて見下しながらオリバーの軽率さを詰る。
貴族の家に生まれれば、そんなこと子どもだってわかる。
「俺の価値がわからない伯爵家など、滅べばいいんだ。父も俺の話を聞こうとしない。俺を、クララベルの夫にすれば何もかもが上手くいったんだ。フローラだって外国に売られていくようなことはなかった」
「ふーん」
オリバーの言い訳をつまらないなと思いながら聞く。
何の優しさかは分からないが、クララベルの手に巻き付くところの縄は荒い麻ではなく綿で編まれていた。それでも擦れて滲んだ血で赤く染まっている。
こんな薄い皮膚の女を無傷で縛り上げられるはずはないのに。
もう少し工夫しろよ、と毒づく。
紐を解いて傷を確認すると赤くなっている以外はほんの少し切れただけのようだ。
俺はオリバーに見せつけるようにその傷に唇を寄せる。
「ああ、血がでているな」
これは俺がクララベルに流させてしまった血だ。
俺が婚約者にならなかったら、オリバーがクララベルの隣にいる未来もあったのだろうか。
もう、ダグラスが気に入らないとか言ってられない。
正直、確実にクララベルが幸せになる保証があるのなら、もう誰に譲るのでもかまわない。
茂みをかき分けて足を踏み出すと、こちらを勢いよく振り返ったオリバーと目が合う。
本当にクララベルを害するつもりがありそうなら、直ぐに飛び出していったけれど、オリバーの歪んだ恋心はクララベルの命をどうこうする方向へ向くものではなかった。
細い枝でぺちぺちと甚振るくらいの事しかできていない。
盗み聞く限り、妹に劣情を覚えながら同時にクララベルも狙ってるような口ぶりだった。
(竜じゃない奴の頭の中はどうなってるんだ? 番を一人に絞れないだけじゃなくて、身内にも変な気を抱くのか?)
こんな場面なのに、首をかしげてしまう。正直、竜じゃない男の劣情が理解できない。
とはいえ、クララベルが馬鹿なことを始めそうだったのでじっと見ているのはもう無理だった。
それについては滅茶苦茶腹が立っている。
「――ああ、あんたは見た事ないよな。レトさんが怒るとうちの母さんよりも怖いんだよ」
俺が出て来たにもかかわらず、クララベルは俺を呼ばない。叫びもしないし、泣きもしない。
(さっきまでよくしゃべっていたのにな)
多分もう限界に違いないのに、奥歯をギリギリと噛み締めていて、口を開けられないでいるのだ。
泣く……あれは泣く前の顔だ。
口をへの字に曲げたその顔は愛嬌があるのに、クララベルから流れ込む感情は重く激しい。ひどい選択をしたクララベルの心細さに当てられて、なんだか一緒に泣き出しそうになる。
「あんた、えらい事をしてくれたなぁ。うわっ、凄い罠だね。クララベルの身長まで把握してるなんて、ご執心なんだな」
こんな場面なのに俺の声は場にそぐわないほど凪いでいる。
オリバーは、俺がそんな調子なので、クララベルに近づくのを止めもしないで、唖然として立っている。
クララベルの腕をつかんでいたオリバーの手が、俺と距離を取るように離れた。
俺が一歩進めば一歩下がる。
また進めば、また下がる。
こんなに容易に近づけるとは思わなかったが、せっかくなのでそのまま罠からクララベルを助け出す。
「つかまってろよ」
手にかかる負荷を減らすためにクララベルを肩に担ぎ上げてから、腰の道具袋を開けてナイフを取り出し、クララベルが吊られている縄を切る。
ビンッ! と空気を震わす音がして、クララベルの体重を支えていた強くしなる枝が、勢いよく上にはね上げられる。
(なんだか、すごく、おもしろくない)
身長と重さ、両方知らないとここまで正確な罠は張れないだろう。
(こいつ、クララベルの重さまで知っているのか?)
クララベルの小柄な体は、軽い音を立て俺の腕に収まった。オリバーは俺を遮ることもしないし、クララベルを奪おうともしない。
「なぁ、声をあげないと、見つからないままになるだろうが」
小声でクララベルを叱るが、クララベルから血の匂いがして軽口に身が入らない。
――傷はどこだろう? 手と、口の中か?
泣かないように震えないように力を入れすぎたクララベルの奥歯が、ギリっと音を立てる。
俺は血がようやく通うようになったクララベルの手を摩りながら抱き寄せた。
「王女様って、大変だよな」
頭を撫でれば、磁石のようにひしと抱き着いてきた。
俺はバロッキーだし、これ以上何も失うものがない。というか、竜にとって失ったら困るものなんて多くない。突き詰めれば、番くらいなものだ。
まぁ、サリに綿密に作り上げられたイメージを壊したとか、そんなのを後で叱られるかもしれないが、別にもういいや。
「でさ、これ、どうするつもりだったの?」
俺は、出会った時からオリバーの中にあるクララベルへの感情を嗅ぎつけていた。
ダグラスの強い想いと違って、オリバーのそれはとてもいびつだった。腹が立っても敢えてダグラスを推さなければなくなったのは、こいつのせいでもある。
俺の死後、後添えのリストに載るのはダグラスよりもオリバーの方が序列が上かもしれない。フォレー家の領地は広いが、サンドライン領の方が住民が多いのだ。それは税収に関係する。
クララベルを真摯に愛しているダグラスでも耐えられないのに、中途半端なオリバーが後添いの夫になるかと思うと、殺したくなる。
「ですからね。オリバー様は、ここで王女殿下を害するつもりだったのですか、と尋ねておりますが?」
俺はオリバーのような腰抜けに、クララベルをやるのは死んでも御免だ。
いっそ俺を殺して奪うぐらいの気概があるならよかったのに、こいつは遠くから歯ぎしりするだけで、クララベルに近寄りもしなくなった。
「殺したりしない。無知で傲慢な女に鉄槌を下していただけだ!」
語尾を震わせていきり立つ。
こいつ、本当にそんなことができると思っていたのだろうか?
自分が傷つくことだけを極端におそれて、俺がクララベルの婚約者になった後もオリバーはただ見ていただけだった。
「へぇ、鉄槌を下した後は、どうやって収拾をつけるの? この後、クララベル様ほどうなるのさ?」
振り向かない女を傷つける為に、自分の手を汚すことも厭うくせに。
「躾けがなっていない女には、鞭打つのが一番なんだ。妹も、こうしてやらないと自らの愚かさを悟らない。痛みがないと自分の過ちがわからないんだ。その女だってきっとそうだ。少し痛みに耐えれば、狩りが終わる頃には俺の妻になることが正しいとわかるだろう」
オリバーが手に持った枝をビュンビュンとしならせる音が空しく響く。
(なんだ? こいつ、何を言ってるんだ?)
「クララベルが怪我をしていたら、オリバー様が加害者ってことになって、捕まると思うけど?」
「はっ、そんなことにはならない。みてみろ、そこに旗が立っているだろう? そこから先のこちら側は狩場だ。狩りをする者以外は入ってはならないことになっている。皆知っていることだ。狩場には罠もある。クララベルがこうやってつるされていたのは俺が悪いんじゃない。我儘なクララベルがルールを破って狩場に一人で踏み込んで罠にかかっただけの話だ。俺はそれを助けたのだ! 誰がそれを責める?」
「ええと、王様とか?」
オリバーはオリバーで極限の状態なんだろう。
視野が狭くなって自分が今置かれている状況が何も見えていないようだ。
「自分の主催した狩りで、娘が勝手に怪我をしたなら陛下のせいだろう。護衛もつけずに、一人できたんだぞ。婚約者である無能なお前の責任でもあるな。我儘に動き回るのを放っておいた方が悪い」
それは確かに、一理ある。俺が心のままに一瞬も離れずにべたべたと張り付いていれば良かったのだ。侍女が止めるのを振り切れば、もっと早く追いついたはずだ。
「婚約者のいる姫を誘い出して、周到に罠を用意させて罠にはめたのはオリバーで、クララベルから目を離したのは俺。クララベルを諫められなかったのは女官で、勝手に一人で抜け出したのはクララベル。全部とがめられるだろうけど、一番悪いのは誰だと思う?」
「俺は悪くない!」
「えー、そんなわけないじゃん」
王族を傷つけようとしたオリバーの話は、穴だらけだ。こんな面倒なやつだと分かっていたなら、もう少し注意していたのに。
尻尾を巻いて逃げたのだと、放っておいたのがよくなかった。
「悪くないオリバー様、こんな事をして、本当にクララベルが手に入るとでも?――あんたさ、今現在もクララベルに庇われているのがわからない?」
「なっ、なんだと……」
オリバーは顔を真っ赤にしているが、俺の言っている意味も分からないのかもしれない。
オリバーはクララベルの何が好きでこんなことをしているのだろう。
クララベルの解けてしまった濃い蜂蜜色の髪に指を通す。今日の髪形はあまり似合わなかったし、あとで結いなおしてしまおう。
どうも、メイドたちはクララベルの髪を結うときに、より強そうな髪型を選ぶようだ。
クララベルの好みではなく、メイドたちの主観がそうさせるのだろうが、クララベルが不平を言って結いなおしを命じることはない。
クララベルに付きまとう印象こそがクララベルの真の敵なのかもしれないなと、ぼんやりと思う。
「お気楽な事だよね。カヤロナでは本当に王位の重みが軽いのかな? まさか本当に振られたクララベルに復讐する為だけにこんな事をしたの? 王家の敷地内で家臣が王族を害したとなったら、誰が考えても一族は破滅ですよね。今の状況だって、クララベルがうんと騒いで俺じゃなくて、騎士が駆けつけたら、ひとたまりもなかった」
「なっ……」
「それで、クララベルは大声をあげたの? あんたはさ、あんたよりずっと冷静だった我儘で愚かなお姫様に守られていたんだよ。袖にされた姫様に復讐するつもりが、その実庇われていたというのは、どういう気分? ねぇ、オリバー様」
「違う、王家にとってクララベルの傲慢を正すのが正しいのだ! 見ていなかったのか、その女は俺を誘惑してきたんだぞ!」
「見てましたよ。クララベル王女の立派な覚悟をね。高潔な姫様は、民を救うためなら、その貞操を犬にくれてやることさえ惜しくないんですってね」
ああ、駄目だ。言葉にしたら、やっぱり腹が立ってきた。
怒鳴りださないように、一つ息を吐く。
「よく考えてみろよ、誰が自分を罠につるした奴に抱かれたいと思うんだ? ああ、変態のオリバー様は自分が痛めつけた相手が、自分のことを嫌いにならないと本気で思ってるんだっけ?」
見えないというのは便利なものだ。自分だけを正当化できる。
「ほんと、キモいな。国の重要な任を持つ伯爵家の次期当主であるお前が、直系の王女を害したという事実を作らない為に決まってるだろ!」
オリバーは赤くした顔を青くしたり頭を振ったりと、情緒が忙しいようだ。
「あのさ、オリバー、こんな事をやって、実家がどうなるかとか考えなかった? お前が罪を犯したら、サンドライン卿が糾弾される――わ、か、る、か、なぁ?」
ガラが悪いのは分かっているが、首を傾けて見下しながらオリバーの軽率さを詰る。
貴族の家に生まれれば、そんなこと子どもだってわかる。
「俺の価値がわからない伯爵家など、滅べばいいんだ。父も俺の話を聞こうとしない。俺を、クララベルの夫にすれば何もかもが上手くいったんだ。フローラだって外国に売られていくようなことはなかった」
「ふーん」
オリバーの言い訳をつまらないなと思いながら聞く。
何の優しさかは分からないが、クララベルの手に巻き付くところの縄は荒い麻ではなく綿で編まれていた。それでも擦れて滲んだ血で赤く染まっている。
こんな薄い皮膚の女を無傷で縛り上げられるはずはないのに。
もう少し工夫しろよ、と毒づく。
紐を解いて傷を確認すると赤くなっている以外はほんの少し切れただけのようだ。
俺はオリバーに見せつけるようにその傷に唇を寄せる。
「ああ、血がでているな」
これは俺がクララベルに流させてしまった血だ。
俺が婚約者にならなかったら、オリバーがクララベルの隣にいる未来もあったのだろうか。
もう、ダグラスが気に入らないとか言ってられない。
正直、確実にクララベルが幸せになる保証があるのなら、もう誰に譲るのでもかまわない。
0
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
死にキャラに転生したけど、仲間たちに全力で守られて溺愛されています。
藤原遊
恋愛
「死ぬはずだった運命なんて、冒険者たちが全力で覆してくれる!」
街を守るために「死ぬ役目」を覚悟した私。
だけど、未来をやり直す彼らに溺愛されて、手放してくれません――!?
街を守り「死ぬ役目」に転生したスフィア。
彼女が覚悟を決めたその時――冒険者たちが全力で守り抜くと誓った!
未来を変えるため、スフィアを何度でも守る彼らの執着は止まらない!?
「君が笑っているだけでいい。それが、俺たちのすべてだ。」
運命に抗う冒険者たちが織り成す、異世界溺愛ファンタジー!
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~
ささゆき細雪
恋愛
五年前、内乱の混乱のなかで姿を消した最愛の妃・白瑤華(はくようか)。
彼女を失った皇帝・景玄耀(けいげんよう)は、その後ただ一人を想い続けながら執務に追われていた。そんなある日、書類に彼女の名前を発見し、居ても立っても居られなくなる。
――死んだはずの彼女が、生きている?
同姓同名かもしれないが確かめずにいられなくなった彼は地方巡察を決行。そこで、彼によく似た幼子とともに彼女と再会、地方官吏として働く瑤華と、珠児(しゅじ)を見て、皇帝は決意する――もう二度と、逃がさないと。
「今さら、逃げ道があると思うなよ」
瑤華を玄耀は責めずに、待ちの姿勢で包み込み、囲い込んでいく。
秘された皇子と、選び直した愛。
三人で食卓を囲む幸福が、国をも動かすことになるなんて――?
* * *
後宮から逃げ出して身を引いたのに、皇帝の溺愛は止まらない――これはそんな、中華風異世界ロマンス。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる