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27話 五十路、デートする。
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七月二十六日。ショッピングセンター。
「そういえば、南さん」
「は、はひ! なんでございますか?!」
「今日の服装も素敵ですね。」
今日の南さんは、紺に近い色のワンピースに、白いカーディガンを羽織っていらっしゃいます。美しさと可愛さが相まって、非常に周りの方々の目を引いています。
「ぁ……ありがとうございましゅぅ……うぇ、ぁの! 福家さんも素敵です!」
そう、今日の服装は千金楽さんが選んでくださいました。
『テーマは、執事の休日だ。白ワイシャツに、紺系のサマージャケット、パンツは……白でいってみるか』
「へ、へへ……カップルコーデですね」
かっぷるこーで。
カップルという事は恋人ということでしょうか。
またまた、南さんは嬉しいことを言ってくれますね。こんなジジイに。
「そうですね」
私が微笑むと、南さんは口をもにゃもにゃさせながら、再び前を向き歩き出します。
私の手を握っているその手はかなり熱く、もうすっかり夏を実感します。
「けれど、ここで良かったんですか。ショッピングセンターで」
行く場所については、千金楽さんから出されたアイディアを私が南さんに告げると、全て却下され、ここが提案されました。
それを聞き、梅干しでも食べたような顔をしていた千金楽さんですが、南オーナーと少し話をしたらしく、『それならそれでいい場所だった』と謎の答えをくれ、結局南さんの希望のここになったのですが。
「うん、いいの。ここで。ここが、いいの」
南さんはそれだけ言うと、どんどんと前へと進んでいきます。
この辺も随分変わってしまった。以前は、デパートだったのだが、その頃はここに買い出しに来ていた。だが、総合ショッピングセンターに代わった際に、そこにあったコーヒーショップがなくなり、それ以来足を運んでいませんでした。
なので、見る物全てが新鮮で、南さんと一緒に歩くショッピングセンターはとても楽しかったです。
ペットショップでは。
『見てみて! あのワンちゃんかわいい~』
『はい、南さんもかわいいですが、あのワンちゃんもかわいらしいですね』
『ぁぅ……』
服屋さんでは。
『ねえ、どっちが似合うかな?』
『どっちも似合いますよ』
『……はあ、どっちもって、それ一番言っちゃ……』
『右は、いつも元気で私を笑顔にしてくださる南さんらしさを引き出してくれると思いますし、左は清楚で落ち着いた雰囲気ですので、そういう南さんも素敵だと思います。個人的にはセンスには自信ありませんが、左の方が見てみたいですね』
『はぃ……こっちに、します……』
フードコートでは。
『ね、ねえ、福家さん、あ~ん』
『ありがとうございます。おいしいですね。南さん、こちら食べられます?』
『ぁ、あの、もぅ、おなかいっぱいですぅ……』
「あの! 福家さん! なんか、慣れてないです!? 女性の扱い!」
「いえ、そんなことは……」
正直、千金楽さんの教育あってのことですので、お恥ずかしい限りです。
「こういうデート何回もしてるんですか……?」
「いえ、恥ずかしながら、デートは、学生時代にしたきりでして、しかも、そのデートも、そのお付き合いしてると勘違いしていたもので……なので、実質初めてですよ」
「え? は、はじめて……?」
ん? あれ?
「これって、デー……」
言いかけて、止まります。いえ、止められました。
頭の中の千金楽さんに。
『いいか、拓! オーナーがデートと言ったらデートだ! 男が恥を掻かすな! 勿論、嫌ならば否定してもいい! けど、お前に少しでも感謝の気持ちがあるなら、デートと言われたら受け止めろ! オーナーはデートのほうが嬉しいはずだ』
よかった。止まれました。千金楽さん、ありがとうございます。
「はじめて、はじめての、デートは、私……私は、はじめてのでーと?」
両手を頬に当てて、南さんが呟いています。
残念ながら、ジジイなので聞き取れませんが。
オーナーもデートをあまりしたことがないのでしょうか。
高嶺の花、一輪の薔薇みたいな印象がありますからね。
なので、私どうこうではなく、こういう模擬デートみたいなのが楽しいのかもしれませんね。
ええ、私も楽しいです。本当に、表情がころころ変わる南さんは見てて飽きませんし、元気を頂けます。
「な、なんですか? その孫を見るおじいちゃんみたいな目は……」
おっと、いけません。
どうやら、南さんを子ども扱い、いえ、孫扱いしてしまっていたようです。
女性はそういう一人前のレディーとして扱われないことは嫌いますからね。
「いえ、その、南さんは本当に素敵な人だな、と……」
そう言うと南さんは顔を真っ赤にして、そっぽを向いてしまいます。
その顔がまた、可愛らしくて笑ってしまいます。
「福家さんこそ、本当に、本当に、素敵な人ですよ……」
「え?」
南さんは壁を見つめながら話し続けます。
「私ね、昔、ここで迷子になったことがあるんです。そう、昔はここの通路にベンチがあったんです。懐かしいなあ……」
南さんはまるでそのベンチが今もあるかのように壁の方を見つめています。
「両親と一緒に来たんですけど、喧嘩しててふとした拍子に困らせてやろうと、離れて隠れたんです。両親は慌てて私を探し始めて……でも、私を見つけられなくて、私は最初笑っていたんですけど、気付いたら両親がいなくなっていて、すごく怖くなって……」
なんでしょう、南さんの話し方でしょうか。
私にもそのベンチが、そして、青いワンピースの女の子が見えてきたような気がしました。
「でも、その頃ちょっとませていたから、『私はなんでもないよ』みたいな顔でベンチに座って待つことにしたんです。でも、凄く怖かった。このまま見つけてもらえなかったらどうしよう。わるいこにしたから置いていかれたんだったらどうしようって……でも、誰も助けてくれなかった。まあ、普通なんですけどね。だって、私困った顔してなかったはずだから。平気だよって顔してたから。でもね、一人の……」
南さんはそこで言葉を詰まらせると、困ったように笑いながらこちらを見て再び口を開きました。
「一人の、うん、おじいさんがね。声を掛けてくれたんです。『お嬢さん、大丈夫ですか? なにか困っていませんか?』 って……。凄く優しい笑顔と声で私に話しかけてくれたんです。私、『おとうさんとおかあさんがどこかにいきました』って言って、自分で言ったくせに悲しくなってきて泣きそうになって……そしたら、そのおじいさんが、花を作ってくれたんです。折り紙の」
何か確信めいた目で私を見つめてきた南さんの意図が分からずただただ苦笑していた私ですが、そこまで鈍いわけではありません。霧が晴れるように、その情景が頭に浮かび上がってきます。そうか、そういえば……
「そのおじいさんは、色んな花を私の前で作ってくれて、色とりどりの素敵な花たち……私は、その花を作り出す魔法を使うおじいちゃんに夢中になりました。そして、その魔法使いのおじいちゃんが言うんです。『頑張ったお嬢さんに差し上げましょう』って……私、単純だからそれですっかり元気になって……。そのあとすぐに両親が戻ってきて、そのおじいさんにお礼を言って、お別れして……でも、私ずっと覚えていたんです。そのこと。そして、私もいつかあの魔法使いのように泣いてる女の子を助けてあげられる魔法使いになりたいと思ったんです。それが」
いつの間にか再び壁を見ていた南さんは、そこで言葉を切り、またこちらを今度は笑顔と一緒に向いて
「【GARDEN】なんです。泣いてる人、困ってる人に勇気を与えられる魔法の場所にしたくて。だから、あなたに言いたくて……『ありがとう』って」
その笑顔はとても美しく、そして、相変わらず、こちらも笑顔にさせられて
「……立派に成長されましたね」
「あ、思い出してくれました?」
「いえ、あの時のあの子がまさかこんなに美しくなるなんて……いえ、そうですね……可愛らしいお嬢さんではあったような記憶が、朧げに」
「ふふ……おじいちゃんですね」
悪戯っぽく笑う南さんですが、少し引っかかることもあります。
「ですが、あの時、その魔法使いは25,6とかでは?」
「小さい子には白い髪の人はおじいちゃんに見えちゃうんですよ。……それより、あの日、私が貰った花、覚えてます?」
「いえ、すみません……そこまでは」
「そうですよねー。……あのね、あの時私、両親と喧嘩してたのは、その前日、お母さんがお父さんにお花を貰ってたのが羨ましくてだったんです。結婚記念日に、一輪の薔薇を……。で、私も欲しくなって……あの時のかっこいいおじいさんがくれたんですよ。一輪の真っ赤な薔薇」
一輪の薔薇……私は、それを聞いて、汗を流します。いえ、でも、そんな意味ではないでしょう。だって、私はおじいさんに見えていたわけですし……。
「今、もう一度くれてもいいんですよ。一輪の薔薇。」
南さんが私を覗き込みます。
近くて、石鹸の匂いが、今は頭をくらくらさせます。
長いまつ毛も、小さく可愛らしい鼻も、瑞々しい唇も、全てが今私をドギマギさせます。
大きな瞳に私が映ります。おじいさんの私が。
そう。おじいさんです。私は。
『ごめんね、私、おじいちゃんはちょっと……』
『いやー、流石にない! ジジイだもん! あの子!』
『……正直なところ、福家くんって落ち着きすぎてて、話しててもテンション下がっちゃうというか』
『福家君はさ、ちょっと辛気臭くて、私、苦手かなー』
『クソジジイが! てめえがモテるわけねえだろ! ばーか!』
私の中で、波が。波が起きます。
落ち着かねば。深呼吸。
「南さん……年寄りを揶揄ってはいけませんよ」
「え……」
南さんの瞳の中の私が揺れます。
「全くもう……少しお手洗いに行ってきますね。ちょっとだけお待ちいただけますか?」
私は、南さんの次の言葉を待てず、席を立ってしまいます。
いけませんね、私も。まだまだ未熟者です。
お手洗いに入り、顔を洗い、心を落ち着かせます。
大丈夫。深呼吸して、落ち着きましょう。
ジジイが恋をしてどうするんです。
彼女には未来があります。
一時の気の迷い。
そう、思い出が美化されて、また、偶然が重なり、彼女は勘違いをしているんです。
ジジイですよ、私は。ジジイが恋なんて。
大きく息を吸い吐き出し、鏡に映る私を見ると、そこには一人のおじいさん。
【GARDEN】のお陰で、少しはマシになったのかもしれませんが、【GARDEN】の。
『気になるわよ!』
あの時の南さんも、私がカルムをクビになった時の南さんも、あんな風に瞳を揺らして泣きそうな顔でこちらを見ていましたね。
いけませんね。
女性の心が分からないなんて。執事として……。
『自分に自信を持つこと。自分で選択すること』
未夜お嬢様の言葉が、ズキリと胸に刺さります。
私は……。
纏まらない頭のまま、お手洗いを出ると、
「ちょっと! 離してよ!」
「なあ、いいだろ南、久しぶりなんだし、俺と一緒に遊ぼうぜ」
分かりやすく怖そうなお兄さんが、南さんに付き纏っていました。
はあ。
さっきまでの緊張感はどこかへ行ってしまいました。
ですが、
「待ってる人がいるんだって!」
「そんなヤツほっとけよ」
「そんなヤツとかアンタが言わないで! 福家さんはね、私の理想の人なの! 凄く素敵な……ずっと、ずっと好きだったくらい素敵なひとなんだから!」
大きな声で。いけませんよ。
全く。
耳が遠くても聞こえてしまいます。
「はん! そんなヤツ、どこに」
「あ、私です」
気付けば、その男の腕を掴んでいました。
はて? いつの間に? ジジイは駄目ですね。忘れっぽくて。
「なんだ、お前」
「その前に、お嬢さんの手を放して下さいませんか? 今日は私がエスコート役なので」
参りました。
年甲斐もなく、血圧が上がってきました。……いえ、ジジイだから当たり前ですかね。
「そういえば、南さん」
「は、はひ! なんでございますか?!」
「今日の服装も素敵ですね。」
今日の南さんは、紺に近い色のワンピースに、白いカーディガンを羽織っていらっしゃいます。美しさと可愛さが相まって、非常に周りの方々の目を引いています。
「ぁ……ありがとうございましゅぅ……うぇ、ぁの! 福家さんも素敵です!」
そう、今日の服装は千金楽さんが選んでくださいました。
『テーマは、執事の休日だ。白ワイシャツに、紺系のサマージャケット、パンツは……白でいってみるか』
「へ、へへ……カップルコーデですね」
かっぷるこーで。
カップルという事は恋人ということでしょうか。
またまた、南さんは嬉しいことを言ってくれますね。こんなジジイに。
「そうですね」
私が微笑むと、南さんは口をもにゃもにゃさせながら、再び前を向き歩き出します。
私の手を握っているその手はかなり熱く、もうすっかり夏を実感します。
「けれど、ここで良かったんですか。ショッピングセンターで」
行く場所については、千金楽さんから出されたアイディアを私が南さんに告げると、全て却下され、ここが提案されました。
それを聞き、梅干しでも食べたような顔をしていた千金楽さんですが、南オーナーと少し話をしたらしく、『それならそれでいい場所だった』と謎の答えをくれ、結局南さんの希望のここになったのですが。
「うん、いいの。ここで。ここが、いいの」
南さんはそれだけ言うと、どんどんと前へと進んでいきます。
この辺も随分変わってしまった。以前は、デパートだったのだが、その頃はここに買い出しに来ていた。だが、総合ショッピングセンターに代わった際に、そこにあったコーヒーショップがなくなり、それ以来足を運んでいませんでした。
なので、見る物全てが新鮮で、南さんと一緒に歩くショッピングセンターはとても楽しかったです。
ペットショップでは。
『見てみて! あのワンちゃんかわいい~』
『はい、南さんもかわいいですが、あのワンちゃんもかわいらしいですね』
『ぁぅ……』
服屋さんでは。
『ねえ、どっちが似合うかな?』
『どっちも似合いますよ』
『……はあ、どっちもって、それ一番言っちゃ……』
『右は、いつも元気で私を笑顔にしてくださる南さんらしさを引き出してくれると思いますし、左は清楚で落ち着いた雰囲気ですので、そういう南さんも素敵だと思います。個人的にはセンスには自信ありませんが、左の方が見てみたいですね』
『はぃ……こっちに、します……』
フードコートでは。
『ね、ねえ、福家さん、あ~ん』
『ありがとうございます。おいしいですね。南さん、こちら食べられます?』
『ぁ、あの、もぅ、おなかいっぱいですぅ……』
「あの! 福家さん! なんか、慣れてないです!? 女性の扱い!」
「いえ、そんなことは……」
正直、千金楽さんの教育あってのことですので、お恥ずかしい限りです。
「こういうデート何回もしてるんですか……?」
「いえ、恥ずかしながら、デートは、学生時代にしたきりでして、しかも、そのデートも、そのお付き合いしてると勘違いしていたもので……なので、実質初めてですよ」
「え? は、はじめて……?」
ん? あれ?
「これって、デー……」
言いかけて、止まります。いえ、止められました。
頭の中の千金楽さんに。
『いいか、拓! オーナーがデートと言ったらデートだ! 男が恥を掻かすな! 勿論、嫌ならば否定してもいい! けど、お前に少しでも感謝の気持ちがあるなら、デートと言われたら受け止めろ! オーナーはデートのほうが嬉しいはずだ』
よかった。止まれました。千金楽さん、ありがとうございます。
「はじめて、はじめての、デートは、私……私は、はじめてのでーと?」
両手を頬に当てて、南さんが呟いています。
残念ながら、ジジイなので聞き取れませんが。
オーナーもデートをあまりしたことがないのでしょうか。
高嶺の花、一輪の薔薇みたいな印象がありますからね。
なので、私どうこうではなく、こういう模擬デートみたいなのが楽しいのかもしれませんね。
ええ、私も楽しいです。本当に、表情がころころ変わる南さんは見てて飽きませんし、元気を頂けます。
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おっと、いけません。
どうやら、南さんを子ども扱い、いえ、孫扱いしてしまっていたようです。
女性はそういう一人前のレディーとして扱われないことは嫌いますからね。
「いえ、その、南さんは本当に素敵な人だな、と……」
そう言うと南さんは顔を真っ赤にして、そっぽを向いてしまいます。
その顔がまた、可愛らしくて笑ってしまいます。
「福家さんこそ、本当に、本当に、素敵な人ですよ……」
「え?」
南さんは壁を見つめながら話し続けます。
「私ね、昔、ここで迷子になったことがあるんです。そう、昔はここの通路にベンチがあったんです。懐かしいなあ……」
南さんはまるでそのベンチが今もあるかのように壁の方を見つめています。
「両親と一緒に来たんですけど、喧嘩しててふとした拍子に困らせてやろうと、離れて隠れたんです。両親は慌てて私を探し始めて……でも、私を見つけられなくて、私は最初笑っていたんですけど、気付いたら両親がいなくなっていて、すごく怖くなって……」
なんでしょう、南さんの話し方でしょうか。
私にもそのベンチが、そして、青いワンピースの女の子が見えてきたような気がしました。
「でも、その頃ちょっとませていたから、『私はなんでもないよ』みたいな顔でベンチに座って待つことにしたんです。でも、凄く怖かった。このまま見つけてもらえなかったらどうしよう。わるいこにしたから置いていかれたんだったらどうしようって……でも、誰も助けてくれなかった。まあ、普通なんですけどね。だって、私困った顔してなかったはずだから。平気だよって顔してたから。でもね、一人の……」
南さんはそこで言葉を詰まらせると、困ったように笑いながらこちらを見て再び口を開きました。
「一人の、うん、おじいさんがね。声を掛けてくれたんです。『お嬢さん、大丈夫ですか? なにか困っていませんか?』 って……。凄く優しい笑顔と声で私に話しかけてくれたんです。私、『おとうさんとおかあさんがどこかにいきました』って言って、自分で言ったくせに悲しくなってきて泣きそうになって……そしたら、そのおじいさんが、花を作ってくれたんです。折り紙の」
何か確信めいた目で私を見つめてきた南さんの意図が分からずただただ苦笑していた私ですが、そこまで鈍いわけではありません。霧が晴れるように、その情景が頭に浮かび上がってきます。そうか、そういえば……
「そのおじいさんは、色んな花を私の前で作ってくれて、色とりどりの素敵な花たち……私は、その花を作り出す魔法を使うおじいちゃんに夢中になりました。そして、その魔法使いのおじいちゃんが言うんです。『頑張ったお嬢さんに差し上げましょう』って……私、単純だからそれですっかり元気になって……。そのあとすぐに両親が戻ってきて、そのおじいさんにお礼を言って、お別れして……でも、私ずっと覚えていたんです。そのこと。そして、私もいつかあの魔法使いのように泣いてる女の子を助けてあげられる魔法使いになりたいと思ったんです。それが」
いつの間にか再び壁を見ていた南さんは、そこで言葉を切り、またこちらを今度は笑顔と一緒に向いて
「【GARDEN】なんです。泣いてる人、困ってる人に勇気を与えられる魔法の場所にしたくて。だから、あなたに言いたくて……『ありがとう』って」
その笑顔はとても美しく、そして、相変わらず、こちらも笑顔にさせられて
「……立派に成長されましたね」
「あ、思い出してくれました?」
「いえ、あの時のあの子がまさかこんなに美しくなるなんて……いえ、そうですね……可愛らしいお嬢さんではあったような記憶が、朧げに」
「ふふ……おじいちゃんですね」
悪戯っぽく笑う南さんですが、少し引っかかることもあります。
「ですが、あの時、その魔法使いは25,6とかでは?」
「小さい子には白い髪の人はおじいちゃんに見えちゃうんですよ。……それより、あの日、私が貰った花、覚えてます?」
「いえ、すみません……そこまでは」
「そうですよねー。……あのね、あの時私、両親と喧嘩してたのは、その前日、お母さんがお父さんにお花を貰ってたのが羨ましくてだったんです。結婚記念日に、一輪の薔薇を……。で、私も欲しくなって……あの時のかっこいいおじいさんがくれたんですよ。一輪の真っ赤な薔薇」
一輪の薔薇……私は、それを聞いて、汗を流します。いえ、でも、そんな意味ではないでしょう。だって、私はおじいさんに見えていたわけですし……。
「今、もう一度くれてもいいんですよ。一輪の薔薇。」
南さんが私を覗き込みます。
近くて、石鹸の匂いが、今は頭をくらくらさせます。
長いまつ毛も、小さく可愛らしい鼻も、瑞々しい唇も、全てが今私をドギマギさせます。
大きな瞳に私が映ります。おじいさんの私が。
そう。おじいさんです。私は。
『ごめんね、私、おじいちゃんはちょっと……』
『いやー、流石にない! ジジイだもん! あの子!』
『……正直なところ、福家くんって落ち着きすぎてて、話しててもテンション下がっちゃうというか』
『福家君はさ、ちょっと辛気臭くて、私、苦手かなー』
『クソジジイが! てめえがモテるわけねえだろ! ばーか!』
私の中で、波が。波が起きます。
落ち着かねば。深呼吸。
「南さん……年寄りを揶揄ってはいけませんよ」
「え……」
南さんの瞳の中の私が揺れます。
「全くもう……少しお手洗いに行ってきますね。ちょっとだけお待ちいただけますか?」
私は、南さんの次の言葉を待てず、席を立ってしまいます。
いけませんね、私も。まだまだ未熟者です。
お手洗いに入り、顔を洗い、心を落ち着かせます。
大丈夫。深呼吸して、落ち着きましょう。
ジジイが恋をしてどうするんです。
彼女には未来があります。
一時の気の迷い。
そう、思い出が美化されて、また、偶然が重なり、彼女は勘違いをしているんです。
ジジイですよ、私は。ジジイが恋なんて。
大きく息を吸い吐き出し、鏡に映る私を見ると、そこには一人のおじいさん。
【GARDEN】のお陰で、少しはマシになったのかもしれませんが、【GARDEN】の。
『気になるわよ!』
あの時の南さんも、私がカルムをクビになった時の南さんも、あんな風に瞳を揺らして泣きそうな顔でこちらを見ていましたね。
いけませんね。
女性の心が分からないなんて。執事として……。
『自分に自信を持つこと。自分で選択すること』
未夜お嬢様の言葉が、ズキリと胸に刺さります。
私は……。
纏まらない頭のまま、お手洗いを出ると、
「ちょっと! 離してよ!」
「なあ、いいだろ南、久しぶりなんだし、俺と一緒に遊ぼうぜ」
分かりやすく怖そうなお兄さんが、南さんに付き纏っていました。
はあ。
さっきまでの緊張感はどこかへ行ってしまいました。
ですが、
「待ってる人がいるんだって!」
「そんなヤツほっとけよ」
「そんなヤツとかアンタが言わないで! 福家さんはね、私の理想の人なの! 凄く素敵な……ずっと、ずっと好きだったくらい素敵なひとなんだから!」
大きな声で。いけませんよ。
全く。
耳が遠くても聞こえてしまいます。
「はん! そんなヤツ、どこに」
「あ、私です」
気付けば、その男の腕を掴んでいました。
はて? いつの間に? ジジイは駄目ですね。忘れっぽくて。
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