Art Pot JK+DK

高瀬彩

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-saya- kiss

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「今度の特集の相手役さ、誰か良い子居ない?」
編集者に声をかけられて、思い付いたのはひとりだけ。
あまり噂になりたくないから気乗りはしないけど、聞くだけ聞いてみよう。

彼とは同じ高校だけど、連絡はいつもTwitterかLINEでしている。
私たちは多感な時期だ。
男女が二人で仲良く話しているだけで、付き合ってるだの何だのと、面倒な噂が立ったりする。
ただの友達なのに、私も彼もそんなことはごめんなので、校内では出来るだけ接触しないことにした。
おかげで噂も大分なくなった。

LINEで特集の概要と、雑誌の傾向、撮影日や時間、ギャラは出ないこと等を説明した文章を彼に送る。
数分後返ってきた文章は
「彼氏役じゃなくて彼女役なら良いよ(*`・ω・)」
ふざけんな。
そのまま送ってしまった。

私が載らせてもらってる雑誌は、ティーンエイジャーの女の子が主な読者層だ。
もっと読者層の狭い特殊な雑誌なら、女装や男女逆転デートもありだろうけど、うちの雑誌では無理。
その辺りをもう一度説明したら、返ってきた応えは、いつも通りのゆるい「いいよ~(・ω・)ノ」だった。

彼――しょうに部活を一日休ませ、撮影現場に連れてきたのが木曜日。
「おおーかっこいい子連れてきたね!君モテるでしょ~」
「や~全然です~」
実際、しょうはモテる。
サッカー部で、それなりに背も高くてスタイルも良く、見た目にも気を使っていて、顔も悪くない。
性格も穏やかで、人の変化に敏感に気付き、女子の話題に余裕で付いてこられるくらい女子力も高い。
それでも、誰とも浮いた噂はなかった。
あったとしたら、私とくらいだ。

軽くメイクをして髪をセットし、あらかじめ伝えておいたしょうのサイズで、何パターンか揃えてもらった服を選ぶ。
特集名は「胸きゅん!理想のデート」。
ああこれで、また噂が立ってしまうんだろう。
カミソリレターはもう要らないんだけど。

「じゃあ恋人同士って設定で、自由に動いてみてください」
カメラマンから指示が入る。
とりあえず腕を絡ませ手を繋ぎ、とろけるような笑顔でしょうの顔を覗きこみながら言い放った。
「お前本気でなりきれよ。足引っ張ったら承知せえへんからな」

町並みを話しながら歩く。
撮影に慣れないしょうが自然体で居られるよう、適当な話題を探しながら。
カメラの位置は常に把握し、特集のメインである私がきちんとフレーム内に収まる位置取りをして、たまにしょうの位置も誘導し、いつシャッターを切られても良いようにポージングを続ける。

可愛い雑貨屋さんを見付けて、ふざけあい、お互いに似合いそうなアクセサリーを選んであてがう。
クレープ屋さんを見付けて、見た目も派手で可愛らしいものを2つ購入。
近くに公園があったので、ベンチでゆっくり食べることにする。

「さやちゃん、ここ」
気を付けて食べていたはずなのに、生クリームが頬に付いてしまったようだった。
私が自分の頬を触るより早く、しょうが私の頬をキスするように舐める。
反射的に私は少し驚いた顔を作る。
シャッターが切られる音を確認してから、嬉しさに少し恥ずかしさを混ぜた表情を作る。
シャッター音を確認する。
頬に手をやり、上目遣いでしょうに照れ隠しの文句を言う表情を作る。
シャッター音。
笑顔でしょうの肩を押しやる。
シャッター音。
シャッター音。
シャッター音。

――しょうが私で、私がかよちゃんなら良かったのに。

「お疲れさまでしたー!二人とも良かったよ!」
「ありがとうございました!お疲れさまです!」
「お疲れさまです~」
撮影が終わり着替え終わる頃には、もう日も落ち始めていた。
私の仕事もここまでだ。

「しょう、この後予定ある?頑張ってくれたから、お礼におねーさんがフラペチーノでも奢ってあげよう」
「ほんと~?やった~さやちゃん優し~」
本当に、しょうと話してると女の子と話してる気分になる。それも年下の、可愛らしい感じの。
たまに男としてこいつはどうなんだろうと思うことがある。
そう思ってすぐ、自分の見識の狭さに辟易する。
しょうはしょうだからこれで良いのだ。
私だって、これが私なんだから。

「バニラソイラテフラペチーノグランデサイズとロイヤルミルクティーエノルメサイズお待たせいたしました~」
「さやちゃんいっつもおっきいの飲むよねえ」
「しょうやってグランデやん」
「エノルメはさすがにないな~」
「水分は一日2~3リットル摂るからな~」
「さすがモデルさ~ん」

店内の混雑具合は普通。
良い感じのソファ席に陣取り、スマホをテーブルに置いた。
「今日はお疲れさま。ほんまにありがとう。助かったよ。」
「お役に立てて良かったです~楽しかったけどモデルって大変やねえ~さやちゃんすごいわ~」
「はは、ありがと。しょうのこと、スタッフさんたちかなり褒めてたよ」
「ほんま~?なら良かった~」

しばし歓談。
しょうのゆったりした話し方が好きだ。
彼が居るだけで、時間がゆっくり進む気がする。
リラックスした空間。

ミュートにしていたスマホの画面が付いた。
恐らくメルマガが届いたのだろう。
待機画面の画像が表示される。
「あ、そのプリクラ待受にしてるんや~」
「そう、これお気に入りなん」
嫌がるかよちゃんの頬にキスしたツーショットのプリクラ。
もちろん落書きは私。

「さやちゃん、かよちゃんのこと大好きやんねえ~」
「かよちゃんは私の天使やから」
そう、初めて会ったときから、私の天使。
小さくて繊細で可愛らしい、才能もある素晴らしい人。
片想い4年目突入して、しばらく経つ。
誰にも伝えたことのない想い。
誰にも伝えるつもりのない、想い。

「俺の待受はね~これ~」
「ルックス集中セルカやん!」
「これ良いよね~全員分出来れば良かったんやけど、かよちゃんの変顔練習待ちやね~」
「かよちゃんはそのままで良いよ」
「出た、さやちゃんのかよちゃん贔屓~」

気が付くと、すっかり日も落ちていた。
「そろそろ帰ろっか」
「せやね~明日も朝練やし」
「そっか、遅くまでごめん」
「全然~」
CDショップに寄るというしょうと別れ、一人帰路につく。
私はスマホを取り出して、待機画面を眺める。

ねえ、かよちゃん。今日、しょうにほっぺちゅーされたよ。
かよちゃんもあんな気分だった?ごめんね。
かよちゃん、今好きな子居る?
かよちゃん、私のこと、好きになってくれないよね?

画面が暗くなる前に、キスをした。
これくらいは、許されるよね?かみさま。
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