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高瀬彩

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「お疲れさまでーす」
「ゆきちゃんお疲れー」
午後10時。退勤カードを切って、制服を着替える。
程よい疲れに夜風が気持ち良くて、足取りも軽くなる。
もうすぐ給料日だ。

アパートの鍵を静かに開ける。
予想に反して、灯りが付いていた。
「ゆき姉おかえりーおなかすいたー」
「は?何も食べてないん?」
「給食食べたー」
「昼パン食べたー」
「えーもー母さんはー?」
「飲み会やって朝言ってたやん」
「せやっけーもー何でも良いー?」
一歳下の妹と、六歳下の妹、父、母、私。五人家族。共働き。父親はいつも仕事で忙しく、ほとんど顔を合わせることはない。

冷蔵庫にあった卵とトマトと牛乳で、簡単なオムレツを作る。
ついでに冷凍ご飯をチン。
育ち盛りには足りないかも知れないけど、今日はもう勘弁してほしい。

「さくらはまだしゃーないけど、なつみはそろそろ自分で料理出来るようになりな」
「えーめんどいー」
「私がバイトの日になつみが晩御飯作ってくれるんなら、その分お小遣いあげよかな~」
「まじか」
「コスプレって金かかる趣味よな~」
「ゆき姉様料理教えてください!!!」
私があげられるお小遣いなんて微々たるものだけど、中学生には大金だろう。

うちの家は小遣い制だけど、私が高校に入ったら「もう働ける年齢だから」と小遣い全額カットされてしまった。
定期代と学費その他学校の雑費は払ってもらってるけど、携帯代やお昼ご飯代、文房具や服や本等の買い物も、もちろん遊びに行くお金も、全部自分で稼がなければならなくなった。

大人になればそんなことは当たり前だけど、高校生でそんな子は珍しくて、うちの高校の情報デザイン科は課題も多くて、普通教科の宿題も一般的にはあって、それに加え家のことまでしなければならないなんて、正直キャパオーバーだ。
共働きで小学生の妹が居る家の長女だからって、何でも出来る訳ではない。
金のかかる学校に行かせてもらったのは、正直ありがたいけど。

それに私は、今の友達を大事にしたい。
いつまで一緒に居られるかわからない。
いつまでも一緒に居たい。
中学三年間は同じクラスだった。
私は情報デザイン科のある高校へ、かよは美術部に力を入れている高校へ、ななは制服の自由な高校へ、さやとしょうくんは比較的放課後が自由になる近くの高校へ。
学校がバラバラになってしまった今、いつ別れが来るかわからない。
私はそれが怖い。

「ごちそうさまでしたー」
「ごちそうさまーおいしかったー」
「お粗末さまでしたーじゃあなつみ、料理の第一歩として洗い物を覚えよか」
「うぇーはーい」
「さくらは歯磨いてもう寝な」
「はーい」
妹たちは可愛い。たまに喧嘩もするし、煩わしいときもあるけど、何があっても縁は切れないだろうなあと思う。
あの子達と違って。

高校に入ってから、しょうくんが変わったのにはすぐに気が付いた。
それまでと違って、男らしく見せかけようとしているのだと思い、呼び方を「しょうちゃん」から「しょうくん」に変えた。気が付くと皆が私に倣うように、「しょうくん」と呼ぶようになっていた。
関係性が、ぴったり合っていた歯車が、少しずれた気がした。

それで良かったのかはまだわからない。
きっとしょうくんは、「しょうちゃん」と呼ばれたいだろう。
でも「しょうちゃんと呼ばれている自分」を誰かに見られるのが、嫌なんじゃないだろうか。
いっそのこと、さやのように呼び捨てにした方が良かったのかもしれない。

しょうくんが変わったのと同時期に、さやとしょうくんの関係性にも変化を感じた。
些細なことだけど、二人の会話に違和感を覚え、一人ずつに話を聞いてみたことがある。
「学校で話さへんの?」と。
さやは「話さへんよ~付き合ってるとか思われるん嫌やし」と笑っていた。
しょうくんは「うーん、あんまり~」と曖昧に笑っていた。

最初はさやに、同じ高校に新しい好きな人が出来たのかと思った。
さやだってしょうくんがあの高校を選んだ理由を、わかっているはずだから。
でも、さやのかよを見る目は変わってない。
きっとそれだけ、酷い噂や嫌がらせにあったんだろう。

「お姉ちゃん、めっちゃスマホ鳴ってる」
「まじで」
着信かと思ったら、グループLINEの通知バイブだった。
「洗い物お疲れ。もう遅いしなつみも寝な」
「はーい」

LINEの会話を遡る。どうやらななが勇気を出したようだ。
「ほら、やっぱり。」
思わず頬が緩む。こんな楽しそうな企画、皆が食い付かない訳がないのだ。
私は風呂に入ったなつみの元へ向かった。
きっと女装をしたがるしょうくんの為に、ウィッグを貸してもらう交渉をする為に。
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