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思っていたよりとろあま溺愛新婚生活

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「……、…、…」

 僕は衝撃を受けたのだった。
 しかし僕はそれでもなお、まだそれを信じきるには至っていない。
 ……ただ、そういえば昨日店でコトノハさんも『実は人の子はんだ』などと、何か意味深なことを僕に言ってきたのだった。

 といって僕だってそれくらいのことは知っている。
 こと油彩画や水彩画、また色えんぴつなどを用いたアナログイラストを描くにおいて、そういった「クラシカルな」手描きの手法をもって絵を描くことにを持っている人々が、世にはわりと多く存在しているということくらい僕も知っている――ただ、まれにデジタルイラストにおいても、こうして手描きというを用いている「神絵師」もいるが――。

 たとえば昔の絵画などでは、絵描きが手に絵筆をもち、絵を描いている様をえがいたものがあるだろう。
 つまりその「手描き」という「一つの技法」は、歴史上いわばよりよい絵を描くために、先人たちが試行錯誤の末に編み出したものであり――そして今に一つのテクニックとして確立され、だから絵を描くときの正しい手の動きなど、わざわざ「手描き」におけるテクニックを事細かに指示する技法書も多いのにちがいない。
 そりゃあ図画工作があったとはいえ小学校ではもちろん、高校でもそんなテクニックだのの歴史のことなど教えてはくれなかった――美術の座学の内容は、さらっと水彩画、油彩画、など絵の種類、それと有名な芸術品とその作者の歴史ばかりであった――が、…それは僕の通っていた高校が美術もさわり程度しか教えない通信制だったせいだろう。

 シャコシャコと歯磨きを続けていたハルヒさんはその手を止め、ちょっと呆れ顔で僕を見下ろしながらこう言う。

「いや…――使からね…?」

「……、…、…」

 僕はさらに愕然がくぜんとする。
 ……僕の絵の描き方とはこうである……。

 まず液晶ペンタブレット――液晶画面に直接専用のペンで絵を描きこめる機材――で、漫画制作ソフトを開く。そしてそれのスクリーンを見下ろし、また専用のペンはいつでも描きだせるようにそのスクリーンの上に置いておく。
 次にじーっとスクリーンを見つめ、画面上に描きたいものを頭の中に思いえがき――コマ割りや絵、セリフなど――集中……描きたいものがはっきりと迷い線なく定まったらペンを一瞥いちべつ、動くように――するとペンがふわりと浮きあがって立ち、スクリーンにペン先をつけて、あとは僕の脳内に思い描かれているものを勝手にスラスラとスクリーン上に描きこんでくれる。…以上である。

 し、しかし…――、…普通…じゃないのか…?

「…そ、そうなんですか……」

 僕は何か自分のなかの「常識」がガラガラと音を立てて崩れてゆく、その虚しさに放心気味である。
 ハルヒさんは「うんうん…」と呆れ顔のままうなずく。

「…俺いま見てたけど…、ハヅキのその絵の描き方は、人間の子じゃ絶対無理…絶対できない。――君がウワハルっていう神で、〝神力〟使ってるからこそできる神業かむわざだよ、それ…?」

「……えぇえーー…っ?!」

 嘘だ、…そうだったの…っ?!
 僕は驚きのあまり目を見開いたまま眉を寄せた。
 ……しかし、そもそも僕は子どもの頃から、このようにしてクレヨンなどを動かし絵を描いていたのだ。

 そうして画用紙に好きな絵を好きなように描いていた。なお、もちろんその頃の絵は幼児らしいつたないクオリティのそれである。――ただ、とするとコトノハさんの『人前では我流の方法で絵を描いてはならない』と言ったその言葉の意味にも合点がいくところがある。

 コトノハさんはお絵かきをしていた小さな僕に『上手だ、天才だ』と褒めてくれたのち――『その〝天才の技法〟を他の人に奪われてしまわないように、少なくとも自分のお部屋以外では、こうして描いてみようね。こうだよ…』――と、自らの手に青いクレヨンを一本取ると、握ったクレヨンの先を白い画用紙につけて、そうして――まるで字を書くように――簡単なかわいいクマの絵を描いてみせた。
 ――そうして彼は僕に「秘密の絵の描き方」を教えてくれたのである。

 ところが今になって、それの真意とは『人前では我流の方法で絵を描いてはならない』ということだった、…とは、昨日コトノハさんがそれとなく言っていたことだ。――そして『人の子は本当は手で絵を描くんだよ』とも…――正直僕はこれまで完全に、自分も他の絵描き同様に、絵を描いているものとばかり思っていたが、――しかしそれが本当のことなら、…つまり僕のその「我流の方法」というのが神の力をもってしか成せない、神たらしめる超人的、いや、な「神業」であったとするのなら、…

 そりゃあ人前ではその方法は使っちゃだめ――僕が神だと知っている家族の前以外ではその方法で絵を描いてはいけない――とコトノハさんもいましめるわけである。
 幸い真面目な気質のある僕は、今の今まで、コトノハさんの言いつけをしっかりと守って自室以外ではその「技」を使わずに絵を描いてきた――なお僕はいく分やりにくいし作業ペースが落ちるにはそうだが、手描きでも思うとおりに絵を描くことはできる――が、それこそ、「神業」をそれとは知らず使って絵を描いている幼児、だなんてセンセーショナルな存在が世間に知れ渡れば、たちまち大騒ぎになってしまったことだろう。


「……ぁぁ…だからコトノハさん…」と僕は目を伏せたが、すぐにつっと上目遣いでハルヒさんを見やる。

「え…ということはじゃあつまり、僕…今の今まで、、してたってことですか……?」

 といって僕はほんのちょっとまだ真偽を疑っているのだった。――ハルヒさんは目を斜め上へそらすほどあきれ返っていながらもコクンとうなずく。

「…うん、そう…。逆に奇跡だけど…」

「……そ…う、だったのか、――まあでも僕、世間知らずっちゃあそうですからね…、……」

 引きこもりだし…今も昔も……と僕は目を伏せる。
 たとえば美大だとか絵画教室だとかに行っていれば、まだこの誤解も早くに解けたのかもしれないが…――そもそも僕は小学五年生のころから不登校になり、対人恐怖症気味でもあったため、高校生となってもなおほとんど引きこもりのままであった(今も引きこもりだが)。

 すると、たとえばリリカなど友人と一緒に絵を描くにしても、ネット上の「絵チャ」――通話やチャットをしながらネット上で同時に絵が描ける専用のサイトがある――ばかりで、実際に同じ空間で絵を描く…ということもあまりせず、…いや、リリカが遊びに来たときにはそうして一緒に絵を描いたこともあるが、…ある意味では悪いことに、リリカはデジタル絵よりもアナログ絵のほうを得意とするタイプの絵描きであった。
 つまりリリカと同じ空間で絵を描く、となると、いつも一緒にアナログイラストを描く時間になったのである――ましてやデジタルとなるとまず起動して、セットアップして…との手間がある上、リリカにも機材を持ってきてもらう必要があるが、アナログならば紙と何か書けるものがあればすぐに描き始められる――。

 また学生時代の僕の絵にまつわる教材というものは、ネット上にあげられている「イラストメイキング(イラストの作業工程を順を追って説明してくれているもの)」ばかりで――それも当時は、今ほど手もとを映し出したメイキング動画が一般的ではなかった。
 つまり、自分のホームページやイラストSNSなどで、写真とともに説明文を載せてイラストメイキングとしているものが圧倒的に多く、…また動画にしても手の映らない画面録画されたものばかり、ただアナログイラストに関しては、手もとを映している動画がほとんどだったのだが――。

 すると、それで余計に僕の勘違いには拍車がかかったのかもしれない…――僕はアナログイラストは「手描き」という伝統的な技法をもちいる人が多い、との勘違いをしていた――。

 ましてやプロの漫画家となってからはなお、ネット上に公開されているメイキングを見ることもなくなったのだ。
 それらは言うなれば「初心者向け」だからである。
 とはいえ、もちろんプロ漫画家となっても自分の実力に慢心するべきではないので、僕は主に専門書から知識を得る、毎日模写やデッサンをする、とにかく一日と絵を描かない日を生み出さない等々、その方面においての努力は今もなお欠かしていないつもりなのだが…――盲点だった。
 たしかに明確に「手描きとは一種の技法」などと書いてある専門書など見たことがない。…だのに僕は漠然とそうなんだろうなぁなんて確かめもせず納得し、いわば脳内で歴史をねつ造していたあげく、それを真実と思いこんでいたらしい。


「……恥ずかし……」

 と目を伏せたままひとりごちる僕である。

「いやしかし、思うと何かと合点が……」

 しかしどうりで……聞けば漫画家やイラストレーターは腱鞘炎けんしょうえんになってしまう人も少なくないという。手や腕の酷使で腕の筋が炎症を起こしてしまうのである。

 僕にはその知識もあったのだが、ところが、それはあえて手描きで描いている――プロフェッショナル精神からあえて険しい道を選んだ人々、アナログでもデジタルでもそのこだわりの手描きという手法を使っている人々、そうした数少ない職人肌の人々こそいかにも神of神、作業効率よりも古き良き伝統を重視している人々、やりにくい手描きで精巧なイラストを描いている人たちほど他に類を見ないやり方で神イラストを描いている、熟達した職人ともいえる――「神絵師」たちばかりのことで、ほとんどの人たちはそれとは縁遠いものなのだろうとばかり勘違いしていた。
 ましてや座りっぱなしで腰痛持ちになる(可能性が高い)、というのばかりは共通していたのである。僕も作業中座りっぱなしではあるからだ。


「……、…」

 自分の無知が恥ずかしくなって赤面した僕は、先ほど手渡されたハルヒさんのスマホ画面をぼーっと見下ろす。――いつの間にか元の動画は終わっており、また別のメイキング動画が流れている。
 それは画面録画されたデジタルイラストの制作過程である。うすい線で描かれた下描きの上に、スラスラと黒い美しい線がきもちいいほど即座に引かれてゆく。

「…あとハヅキ、これも知らなさそうだから言っとくけど――それだからね…? 君はさっきこのスピードでペンを動かしてたけど、…人間の子はもっとゆっくり描いてるよ……」

「……、…、…」

 ……僕の作業スピードはである。
 いや、思うと先ほどハルヒさんが見せてくれた最初の動画の中――プロの漫画家であろうその人の手が、ペン入れの線をゆっくりと慎重に描き…そうかと思えば間違えた、とでもいいだけに、その線をパッと取り消す――そうして何度も自分が納得する線を引こうと試行錯誤している様子が映っていた。
 ……プロはみんな僕のようにスラスラと描けるようになっているもの、だなんて…――そう思っていたのだが、…どうやらそういうものでもないらしい……。

「……、…、…」

 なるほど…――これが本当に人間にとっての普通であったとして――これほどの苦労をしていればそりゃあ丸一日ではかき上げられまい、と今さら思っている僕である。

 そもそも僕には漫画家仲間と呼べるような人間関係はないのだが――聞くところによれば、月刊誌の連載をかかえる漫画家たちは、遅ければその一ヶ月を丸々つかって一話を描くそうなのである。
 しかし僕はそれをよっぽどプロットやネーム作成に手こずったのだろうな、などと思っていたのだが…、なぜなら僕の描き方では、しっかりと集中さえしていれば「迷い線」など生まれないからである。またつーーっとすぐさま、その思う通りの線がスクリーンに描かれるからである。もちろん必要な線の強弱、筆圧も完璧だ。

 まあたしかに僕は速筆そくひつの自覚はあった。
 僕の担当編集者である美柳ミヤギ 英津子エツコさん――僕は「えっちゃん」と呼んでいる――、僕がデビューする前からお世話になっている担当のえっちゃんもまた、はじめは僕の作業スピードに驚愕していたか。

 その作業スピードというのはそれこそ、…僕は今やちょくちょく読切作品をこなしながらBL月刊誌の連載も一本抱えている(我ながら超売れっ子)漫画家なのだが、…調子がよければその55ページほどを四日ほど――僕の作業時間でいえば三日ほど――で描きあげるくらいのスピードだ。
 それも僕のその「調子がよければ」の部分というのは、アイディア出し、その次にプロット――ストーリーの始めから終わりまでの大まかな流れ、起承転結を文字起こししたもの――、そしてネーム――漫画のコマ割りやセリフ、画面の構図、登場人物のざっくりとした表情等をラフスケッチで描き、漫画の始めから終わりまでの「構成」、骨組みを描きだしたもの――、…以上三点の部分を指していることが多い。

 というのも、もちろん漫画というものはイラストだけではない。ストーリーがある。
 たしかに絵がもつ魅力も重要なものではあるが、読者を惹きつける、読者が次は次はとページをめくりたくなる魅力的なストーリーもなければならないのが、漫画というものである。
 ましてや昨今はネット上で漫画を購入して読む読者のほうが多く、勝負どころはたったの6ページと言われているほど、かなりシビアな世界なのだ。――それこそその6ページで飽きられたなら、すぐに画面を閉じられてしまうとさえいわれている。

 したがって一ページごとに「気になる」と思わせる魅力、ひいては魅力的なストーリーやコマ割り、構成もまた漫画にはかなり重要な要素になってくる。

 だからしっかりと面白いアイディアを出さねばならないし、一旦思いつく限りのそれが出たなら、今度はそのアイディアをもとにプロットを作成する。
 そして、そうして作成したプロットを担当編集者に提出する。――ここでダメ出しがあれば修正が必要になるが、…調子がよければ一発OKをもらえることもある。

 しかし、そうしてやっとの思いでのプロットが通ったとしても、漫画家にはまだ乗り越えるべき山が残っている。――ネームである。
 先ほどにも思うとおり、漫画には読者を惹きつけるコマ割りや、魅力的な画面構図などが必要になってくる。それも55ページ等と決められたページ数に、作成したプロットをもとに構成してゆかねばならない。
 するとページ数が足りないと思うときもあれば、逆に余ってしまうときもある。――それも…そうして苦労して作ったネームにさえ、容赦ない担当編集者のダメ出しが矢の雨のように突き刺さる。

 ここは余計だからカットね、ここは面白くないからもっと面白く伝えましょう、このコマ割りだとインパクトに欠ける、これじゃわかりにくい――などなど、とにかくネームというものは一番ダメ出しを食らうことの多い作業工程なのだ。
 ……酷ければ二十回以上ものダメ出しを食らうが、調子がよければやはりこちらも一発OKをもらえることもある。

 そうしてプロット、ネームのOKが出れば、あとは一日かけてネームの清書をする。――僕は55ページほどなら一日で済むので、そうして調子がよければ三日で一話を描きあげることができる。
 その調子がよいときの流れを具体的にまとめれば、まずアイディア出しが楽しくてたまらないほど次々と出て三時間ほどで終わり、その次のプロット作成もスムーズに二、三時間かからず終わる。

 更には担当編集者・えっちゃんの都合が奇跡的にあい、メッセージアプリで送ったプロットのチェックが即座に、かつ一発OKともなれば――今度はその翌日にネーム作成に取りかかり、一日かけて作ったそのネームをまたえっちゃんにメッセージアプリを経由して送る。
 そしてまたえっちゃんの予定が都合よく合い、その翌日のオンライン打ち合わせで一発OKが出たなら――その日の残り時間と丸一日をかけて漫画を清書、見直し、(メッセージアプリで)脱稿、の流れである。

 しかし――たしかに初めの頃は、えっちゃんも僕のその作業速度の速さには驚いていた。
 もうできたんですか!? アシスタントさんでもいるんですか、と、…彼女はかなり信じられないという驚愕の顔をしてはいたが、僕は平然と「いやー速筆なもので」と言って――平然とも何も、確かに世の中の人より描くペースが速いことはデビュー前から自覚してはいたが、そのペースが僕にとっての「普通のペース」でしかなかったので、何もそれくらい個人差で当然のことだと思っていた――、そのまま何を疑問に思うでもなく、現在にまで至ってしまった……。
 まあえっちゃんもデビュー前から今までと付き合いが長くなった今ともなれば、もはや僕のその(異常な)速さにもすっかり慣れたのか、「はーいありがとうございまーす」と何も指摘することなく受け取ってくれるようになってはいるのだが。

 ちなみに盗作を疑われたことはない。
 なぜなら提出したプロットを鬼のえっちゃんにゴリにゴリのゴリゴリにダメ出しされ、そうして修正しまくったストーリーを、きちんとそのままネームや原稿に起こしているためである。


 なるほど…いや、思えば昨日コトノハさんにも言われたことではあるが――どうやら僕はそれとは知らずして「神力」を使い、漫画を描いていたらしいな…?

「……、…」

 しかしといって、近ごろの僕はスランプ気味であった。――この頃はプロットもなかなか良いアイディアが出ないわダメ出しばかりだわ、ひどければ作業中いつの間にか居眠りまでして、とにかく全く不調だったのである。
 ……だがそれも、今朝は随分体の調子がいい。

 今も全く眠たくないのである。頭も冴えている。
 それはおそらくだが、昨日ハルヒさんとセックスをしたことで、当面の神氣を補給することができたためであろう。

 するとあと六日後に締切がせまったプロの漫画家として、この好機を逃すわけにはいかない。
 ……今日仕上げるつもりで!
 
 さあよし、やるぞ!

「……よし…、……」

 と僕は意気込みの笑顔を浮かべ、またペンタブの液晶を見つめた。

 が――。

「……ぅあ…っ? ぁああぁああ……っ」

 ガラガラガラガラ……と、座っている椅子ごと後ろに引きずられ――両手をペンタブのほうへ伸ばしたまま――、…止まった。

「……、…」

 僕はそうした背後の犯人に振り返りざまちょっと睨む。
 ……いつの間にか口をゆすぎに行き、そして帰ってきていたハルヒさんである。ニヤニヤして僕を見ている。

「ねねハヅキぃ…、着いてきて…?」

「…は…っ?」

 そしてハルヒさんは、そんなことを甘えん坊な顔で言うのであった。


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