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10 籠の中に囚われた胡蝶
しおりを挟む「…いかがでございましょう、ジャスル殿。このユンファ、我が五蝶の中でもひと際に美しく――またもちろん、我ら五蝶の血を引く者でもございます。」
「…ほお……」
ジャスル様は、正座したままでまた俯いたユンファ殿を、ねっとりと舐め回すように見下ろして眺め、さながら品定めでもするかのように、彼の美貌をじっくりとその黒い目でなぞり、見ていた。――しかし、その執拗な視線を向けられている一方のユンファ殿は俯いて、怯えているような顔をしている。
「…このユンファ…ここだけの話ではございますが、あまりの美しさからこの国の和平を乱すとして、この小屋に隔離し、長らく幽閉しておりました…――しかし、もしジャスル殿のお眼鏡に適うようであれば、何よりもそちら側の条件に合った、この縁談にうってつけな者であるかと。」
「…幽閉か…?」
ジャスル様が訝しげに、隣のリベッグヤ殿へ振り返る。…その人は冷ややかな眼差しでユンファ殿を見下ろし――いっそのこと、ユンファ殿を軽蔑しているようですらある目だ――、コクリと頷く。
「…このユンファはその実、親族すらもみだりに誘うような、非常に根が淫蕩な者でございまして…――しかしご心配なく。…これにはいまだ誰の手も触れておりませぬ故、純潔であることは間違いありませぬ。それにこれには、長らく此処でしかと穢れなき、清らかな愛の教育を、丹念に施して参りました。」
「…ほお、これで童貞か…」
「さようでございます。」
「………、…」
淫蕩…――?
しかし、いや、確かにこのユンファ殿、どこか艶めかしいところのある、大変美しい方ではあるが…世を乱すとまでは、…どうも俺には、どうもこの方が淫蕩なようには見えぬ。むしろ清廉なようにさえ見えるが…まさかこのお方が、親族さえもみだりに誘う、いや――何かの間違いではないのか。
少なくとも、さすがに幽閉までする必要はないだろうに。――これではまるで、籠に押し込められた蝶ではないか。…この格子のある小屋が、俺は虫籠のようにさえ見えてきた。
「…ほお、そうか…、どれ。その口の布を外して、お前の顔をよく見せておくれ」
ジャスル様はその場にしゃがみ込み、俯いているユンファ殿に目線を合わせると――くいと顔を傾けて、そう要求した。
「……、…、…」
しかし、ユンファ殿はそれに逡巡していたようだった。
彼はどこか怯えた様子でもあったが、ただリベッグヤ殿に「今は口布を外してよいぞ」と言われると俯いたまま、その人はそっと――薄紫色の口布の、その耳かけの紐を両手で、おもむろに外し取った。
ユンファ殿は、それでもやはり顔を上げることはせず、ジャスル様のことを見もしなかったが――それでもしかと現れた彼の顔半分、白く高いつるりとした鼻先、なめらかな毛穴の見えぬ頬、ぷっくりと妖艶な赤い唇、すっきりとした輪郭。
美しい眉の下、物憂げに伏せられた切れ長のまぶた、黒々と長いまつ毛が震えているその下で、小刻みに儚く揺れる薄紫色の瞳、それらが合わされば、むしろユンファ殿の美しさは増し――ジャスル様は興奮して、声を張り上げた。
「…おお! これはこれは…かなりの器量良しじゃ。なかなかのべっぴんじゃないか、お主、とても綺麗だぞ。なあ……」
「………、…」
そう褒められたユンファ殿はしかし、にこりとも笑わなかった。…彼は目線を伏せたまま、ほんの僅かにく、と喉を鳴らしただけである。――ジロジロとその美しい顔を舐め回すようなジャスル様の視線に、彼は、居心地悪そうに唇を引き結んで、ただその白い顔をほんのりとうす赤くした。
「なんだ、照れておるのか? 可愛いのぉ…こりゃあ童貞、いや童貞もことに、初心なおぼこに違いない。」
「…………」
そう言われるとより深く俯き、正座していては体を縮こめたようなユンファ殿の黒髪が、肩からさらさら…と前へ落ちて垂れた。
その美しい様を喜んで見ていたジャスル様は、おおぉ、とまた唸り。
「…お主、名はなんというんだ?」
「……、ゆ、ユンファと申します…」
蚊の鳴くような声でそう名乗るユンファ殿に、ジャスル様は「そうか、ユンファか」と――そして格子の隙間からその膨れた手を、日焼けた太い腕を差し込み、…ふに、とその人の白い頬を指でつついた。
「……っ!」
ビクンッとしたユンファ殿は、少し眉を寄せて顔を背け、嫌がった。――しかしジャスル様はというと、その初心そうな反応をいたく喜び、「驚かせてごめんよ、ユンファ」と甘ったるい声で謝りながら、ユンファ殿のそのほっそりとした肩を撫で回していた。
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