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12 純情な胡蝶に忍び寄る魔の手

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 しかし意外だったのは――屋敷の門先にまでわざわざジャスル様が、そのユンファ殿を出迎えたことである。
 ジャスル様は滅多なことでもない限り、まずそういったことはなさらないお方なのである。――大概は、ご自分の部屋でふんぞり返って人を待っているようなお方であり、これまでの側室にしたって、屋敷玄関までがせいぜいであったというのに、…これはよほど、蝶族の側室を迎えられるのが楽しみであったらしい。
 
 
 そうして、この洋館の門先まで出迎えられたユンファ殿は、この屋敷の召使いたちが両側に立ち、こうべを垂れて作った道を、ジャスル様と共に歩いている。
 ジャスル様にその細い腰を抱かれて歩むユンファ殿は、あの屋敷の入り口へとゆっくり、ゆっくりと確かに歩を進めていた。――ちなみに、その人がジャスル様に献上した“永久とわの桜”の枝は、この屋敷の召使いが受け取り、厳重に回収していった。
 
 俺は――ジャスル様の側近、護衛である。
 そのため、お二人の背を守るよう…並び歩くジャスル様とユンファ殿のあとを、着いていっている。――ところでこのお二人、意外にも背丈は同じくらいである。
 しかし痩せている分か、ユンファ殿のほうが脚は長く見えるが、とはいえども、このでっぷりと肥えたジャスル様の隣にほっそりと痩せたユンファ殿が並ぶと、いくらかユンファ殿のほうが小さくも見える。
 
 それにしても、なんと優雅な――ユンファ殿の、銀糸で蝶が描かれた、薄水色の羽織りのたっぷりとしたたもとが、下の着物の薄桃色の裾が、ひらり…はらりと彼が歩を進めるたび、その人の動きに合わせてひらひらと、たいへん優雅にはためくのだ。――さながら彼、天女の羽衣を纏っているようですらある。…あるいは、優雅にはためく胡蝶の羽、とでもいおうか。
 
「…おぉゾクゾクするほどよ、相変わらずの器量よなぁユンファ…」
 
 そう興奮気味に唸ったジャスル様の潰れた鼻、その横顔は隣のユンファ殿に向けられている。…その丸々とふくよかな頬を持ち上げてニヤリとした笑顔を浮かべ、広い額はもちろんのこと、ぎとついた丸い光をそこへ宿したジャスル様だが――その人は顔を浅く伏せたまま、褒められたところで義務的に「恐れ入ります」と、歩きながらも軽く頭を下げただけであった。…それこそユンファ殿は、ジャスル様とまだ一度も目を合わせていない。

「なんじゃ、いやに冷たいのぉユンファ…、そう固くなるな、なあ…ワシらはいずれ、この国一のメオトとなるんだから…、今からしかと想い合い、愛し合おうじゃないか……」
 
「……、……」
 
 するり…ジャスル様の太った茶色い手が、ユンファ殿の尻を撫でる。…ひくり、ほんのわずか反応した彼は、蚊の鳴くような弱々しい声で「はい…」と答えた。
 ニヤリ、その初心うぶな反応が気に入ったらしいジャスル様は、歩きながらユンファ殿の耳に囁く。
 
「……ところでユンファよ、はあるか…?」
 
「……、何を…どこを、でしょうか…」
 
 一拍考えて隣のジャスル様に振り向く、不安げな白い横顔はやはり端正だ。…ジャスル様に向いたその薄紫色の瞳に、――ジャスル様は、鼻の穴を膨らませて喜ぶ。
 
「…ほほ、こりゃたまらんな、…お前、自分で自分を慰めたこともないか、そうかそうか」
 
「………、…」
 
 するとユンファ殿は、の話をされているとわかったのだろう。…カアッと頬を赤らめては少し嫌そうに切れ長を鋭くし、何も言わず、ふいとまた顔を伏せた。
 
「また照れておるのか…? なるほどぉ…お前、かなりの恥ずかしがりやなんだ? あぁ可愛いのぉユンファ、可愛い、可愛い、なんとおぼこい…、そこもまたそそられるわい……」
 
「………、…」
 
 
「…………」
 
 やはりそれにしても、どうも俺にはこのユンファ殿が、淫蕩なようには見えぬが――しかし、まあ。
 
 いわばは、ジャスル様の側にいると、日常茶飯事ともなる。
 どんな女も男も…このような、ジャスル様のねっとりとしたしもの話に、だんだん慣れていってしまうものなのだ。
 いや…それどころか、むしろ――その下の話を振られた途端、あるいは子を成せるきっかけを掴める、すると正室に成れるやもしれぬ、という期待感に、ほとんどの者はみな、このジャスル様へ媚を売るようにさえなる。…たとえその人がどれほどの醜男しこおであろうが、権威と金を持った男にならみな揃って甘い顔をし、あわよくばと欲望をいだきおもねて、果ては子さえ何人でも孕みたくなるものらしい。
 
 ジャスル様は、ユンファ殿の耳元にその醜く厚い唇を寄せ、ねっとりとこう囁く。
 
「…のおユンファ…このあとすぐにワシの部屋で、お前にたっぷりと色事のあれこれを、手取り足取り教えてやろうか…? しこたま気持ち良くしてやろう…、するとあんあん可愛い声で鳴くんじゃろうなぁ、お前は…ぐふふ……」
 
「……、…っ」
 
 するとユンファ殿はピクンッと肩を跳ねさせ、俯かせた顔をふるふる、と横に振り、声を張り上げる。
 
「いっいわく、ノージェスではメオトとならぬ二人が、…そ、そういった淫らなことをしてはならぬと、聞きましたが」
 
「ほほほ、冗談じゃ冗談! お前の張った気をほぐしてやろうかと思っただけだよ、なあユンファ、ほれ、なあ…そうして元気が出できたじゃないか。」
 
「…、…そ…そういったご冗談は、…何とぞおやめくださいませ……」
 
 
「…………」
 
 このスケベジジイに媚を売る、か。
 正直、俺には到底よくわからん感情だが。
 もしかするのなら、この至って純潔そうなユンファ殿も、またそのようになるのか…――。
 
 
 
 
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