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25 じわり、じわりと、ゆっくりと
しおりを挟むまるで運命的に出逢った、蝶族と狼族――。
そして時の権力者も、『月も微笑む』とあるように、その両種族の仲睦まじい暮らしぶりを、黙認していたのかもしれない。――いや、微笑んでいたわけであるから、むしろ快くさえ思っていたか。
ただ俺が思うに、おそらく『蝶の羽が月の色、月の光を振りまいて』というのばかりは、その時代の権力者の比喩ではない、と考えている。――微笑む、喜ぶ、などの感情表情が添えられている月のみが、その当時の権力者の比喩なんじゃないだろうか。
というのも…『狼の毛皮、いつしか陽の色に染まったそうだ。』――これはもしや狼を太陽、そして蝶を月、と例えている。
さながら陰と陽のように――その両極の性質は正反対ながら、お互いに恩恵を与え合う、それどころか反対側がなければむしろ半人前、そうした、切っても切り離せない関係性である。
たとえば、強く輝く太陽の光に守られている(照らされている)からこそ、美しく静かに輝ける月…――そうして月と太陽のように、両種族はお互いの長所短所を埋め合わせられる、むしろそれどころか、お互いが無くてはならない関係性である、と。――両種族の切っても切れぬ縁を強調するために、あえてそう、自分たちを月と太陽に例えたのではないだろうか。
まああるいは、時の権力者も喜ぶような舞い――高貴な魅力を醸し出す優雅な舞いを、春を祝う席で蝶たちが、狼たちの前踊った、という意味かもしれないが。
しかし、そう考えてゆくと…――もしや、ユンファ殿が着ている羽織りの袂が長くたっぷりしているのは、あるいはその舞いの文化の名残りか。
狼族の民族衣装は、確かに蝶族の着物とよく似てはいるが――そうした袂はなく、さながら洋服の袖のように、動きやすい筒状なのである。…つまり、よく舞いを踊る文化があった蝶族の民族衣装には、舞うとひらひらとはためき、優雅に映える袂が。
一方戦闘民族であり、むしろ、以前は蝶族たちを守る役目があった狼族の民族衣装には、動きやすいようにその袂が、無い――。
そう考えてみると、なかなか腑に落ちる。
さて、それから…物語のなか、そうして美しく舞った蝶の一人に惚れた一人の狼が、その蝶に求愛をし、結果両者はめでたく恋に落ちる。――『蝶と狼、永恋の誓いにつがい合う。』
そしてつがいあい、卵…何人もの子どもに恵まれるが、佳人薄命のごとく短命な蝶は、つがいの狼に子どもを守っておくれ、と託して死ぬ。――『たくさん卵を生むけれど、蝶は長くは生きられぬ。 守っておくれ、僕らの可愛い卵たち。』
そうして残された狼は、そのつがいの蝶との子どもを守ろうと決意する。――『守ろう、必ず守ろう、僕らの可愛い卵たち。』
しかし――この物語は突然、雰囲気ががらりと変わる。
『守ろう、必ず守ろう、僕らの可愛い卵たち。』――この一節のあと、突然――『お互いしか求めあわない蝶と狼、他の虫ども嫉妬して、お互いしか見えぬ蝶と狼、他の獣が嫉妬して、ほかのあいつら、蝶々をみんな、攫っていった。 やがてそいつら、狼を殺した。』――この文章となる。
これは思うに、やや突然の展開だ。
…文脈として繋がっているようにも思えなくはないが…しかしまるで、物語を書いている最中に――何か、悲しい出来事が起きたかのようである。
いや、その仲睦まじくつがい合っていた両種族を引き裂くような、他種族からの酷い迫害が起こったことは、おそらくまず確実なのだ。――だが物語の中で、『卵を守っておくれ』と蝶が言っている理由は、その実明らかになっている。
――『蝶は長くは生きられぬ。』
つまりこの蝶は、迫害してくる他種族たちから子どもたちを守ってくれ、と言っているのではない。――自分は短命であるから、自分がいなくなってもどうか、子どもたちのことは頼む、と…つがいの狼に、親として子どもたちを託している、のだ。
しかし――『お互いしか求めあわない蝶と狼、他の虫ども嫉妬して、お互いしか見えぬ蝶と狼、他の獣が嫉妬して、ほかのあいつら、蝶々をみんな、攫っていった。 やがてそいつら、狼を殺した。』
もしや…――このお伽噺が完成する前に、いや、本来の終わり方を書く前に…おそらくは大昔――他種族からの迫害か何かによって、両種族は辛くも別離の一途を辿った、ということなのだろうか。
それこそ、蝶族はどこかしかから攫われてきて、ノージェスなどの国で性奴隷や男娼として扱われていた(金貨のように、物々交換の品ですらあった)、というような記録も、わずかながら残っていた。
まあ、歴史隠蔽の力が働いているこのノージェスではその記録、正式な歴史としては扱われていない。それどころか、そんな歴史はなかったことになっており、このノージェスの正式な歴史としては…国の民と蝶族がメオトになっていた、というような記録のされ方である。
ちなみに俺が読んだ、そのことを記してあった文献は、どうやら他国のものである。――ジャスル様が貿易商であるため、たまたまこの屋敷の図書室にあったのだ。
つまりおそらくは、本当に――その迫害行為のなか、利用価値のある蝶族は他種族に攫われてゆき、その美しさと体質から、ノージェスなどの各国で、性奴隷として扱われていた。
また狼族も、何かしらの迫害行為によって住んでいた土地を追われ、その結果…あの狼の里へと移り住み、今に至っている――との歴史があるのだ。
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