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53 ユンファ様
しおりを挟む「あ、そうだ…」――ユンファ殿はまた、ふっと俺へ振り返った。…そして神妙な顔をし、俺へと。
「…ジャスル様にはこのこと、申しておりません。――というよりも、端から僕はこのこと…つまり僕の余命のことも、また長の本当の思惑も、ソンジュ様にしかお教えしないつもりです。…ただ……」
「……、…」
俺は思わず、眉を寄せた。――何故にそこまで、俺のことを。
そこでユンファ殿はふっと悲しげに微笑み、その淡い目線を――その顔を、やや伏せた。
「…もしソンジュ様が、主であるジャスル様にご報告なさりたいのであれば…どうぞ。――きっとソンジュ様は、悲しむジャスル様を見られたくないかと…それで僕は、このことを貴方様に、お話ししておこうかと思っただけなんです」
「…………」
いや、実をいうと別に、そういうわけではないのだが。
…とはいえ、ユンファ殿が勘違いしている、などとは言いがたいところである。――そりゃあ俺たちを見て日の浅いユンファ殿が、…というよりも、以前から俺たちのことをよく知っている者たちですら…、俺とジャスル様が、主従関係に相応しい感情をお互いもって正当な主従となっている、などと思われていてもまあ、それは無理もないことだ。
誰も俺の、ジャスル・ヌン・モンスへの本心を知る人はいない。――みな俺のことを、その人の従順な飼い犬だとでも思っているのだから。
ユンファ殿は複雑そうに、その伏せた顔を翳らせる。
「…これまでに迷惑をかけてきたぶん、この命を賭してでも、五蝶の役には立ちたいが…――でも、今は一番、ソンジュ様が悲しんでいる顔を、見たくないと……」
「…ふふ…、ありがとうございます、ユンファ殿……」
「……、少し、だけでも…お役に立てましたか」
ユンファ殿はそこで、嬉しそうに目を細めて笑った。
…俺は「ええ」と答えた。すると彼は俺の目を見て、嬉しい、とにっこり、満面の笑みを浮かべたのだ。…なんて可愛らし笑顔だ――と、またユンファ殿に見惚れてしまう。
「……、…?」
「…………」
俺にじっと見られて、彼はどうしたのだろう、ときょとん、不思議そうな顔をしたが――ややあって、俺たちはまた見つめ合うようになる。
俺の頭の中、俺は誰かに――『 狼と蝶、見つめあう。
ただそれだけで、蝶と狼、つがいあう。 』――あのお伽噺のこの一節を、語りかけられた。
「…………」
「…………」
ユンファ殿の後ろにある窓から、月明かりの青い光が差し込み――彼の背にもたれて、やや末広がりになった黒髪のいくらかを、その青い光が染めている。…雪のように真っ白な肌、利口そうな切れ長のまぶた、透き通った綺麗な薄紫色の瞳…しゃんとした眉に、高い鼻、ぷっくりとした赤い唇。――すっきりとした小さな顔、長い首。
「…………」
「…………」
神秘的だ――神々しいまでの美しさだ。
…それでいてじゅわりと、その白い頬を薄桃色に染めたユンファ殿は、照れ臭そうに眉をたわめ、その美貌をほころばせた。
「…そ、ソンジュ様は、…僕の魂が、淫蕩だと知ってもなお、…その、…僕の目を、見つめてくださるんですね…」
「……はは…ユンファ殿…、貴方様は決して、淫蕩なんかではありませぬ。――むしろ貴方様は、身も心も、とても清らかでお美しい。」
俺がそう言うとユンファ殿は、ぇ…と目を見開き、驚いたようだ。――俺はユンファ殿の白い片手を取り、深く身を屈めてはちゅ、と…その人の、桃色の爪先に口付けた。
「……、…、…そ、ソンジュ様…?」
あきらかにうろたえているユンファ殿――俺はおもむろに体を起こし、目を瞠った驚き顔のその人の、そのくらくらと揺れている薄紫色の瞳を見つめる。
「…ユンファ様…貴方様は神々しいほどに、とても美しいお方だ。」
「……、…、…」
ぁ…と小さく口を開けっ放しに、目を見開き、かああ…と、驚いた顔のユンファ殿――否。
ユンファ様の顔が、みるみる全体うす赤くなる。
「……ぁ、…」
俺はユンファ様を、ぐっと抱き寄せ――抱き締めた。
「…、…っ? …そ、ソンジュ様…? あの、ぁ、…ど、どういう…いや、…――ぁ、ありがとうございます…、…はぁ……」
しかしユンファ様は、震えたため息をつきながら、俺の胸板を押して離れ――真っ赤になった顔、ふふ…とその弧を描く赤い唇を閉ざしたまま困ったように笑うと、ふいとうつむいてしまった。
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