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76 今宵の夢が白むまで

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 俺たちは寝台に隣り合って座ったまま、ただなんとなし夜空に浮かぶ月…半分ほどの月を眺め――俺はユンファ様の腰を抱き、彼は俺にその身を寄り添わせ、そうして寄り添い合い――一夜を明かした。
 
 その夜は語り明かした。
 
 さまざまな話をした。――というより、ほとんどは俺がユンファ様に、さまざまな話を聞かせてやった。
 
 たとえば、狼は満月となると、本当にこの身が毛皮に覆われて、人狼となる、ということや――「狼に? 凄いね、見てみたい」とユンファ様は興味を唆られたようである――、このノージェスはとても大きな国で、どの方角に行こうともこの国の領土だ、という話――「想像もできないな…」と、ユンファ様は唖然としていた――、それから、このノージェスの海の様子。

 雪山に囲まれた狼の里で生まれ育った俺は、初めてその広大な水溜まりを見たのだ、というと――ユンファ様も同様、見たことはないためか――「大きな水溜まり? それがざあざあ自分で動くのかい? ふふふ、面白いな」と、いたく興味を引かれたようで、ニコニコと俺の話に聞き入っていた。
 
「…それに、何といいますか…妙な匂いがいたします。…いわく海には、たくさんの魚やらが住んでいるそうだが…――その匂い、何というか、魚とも違う…」
 
「…魚…? はは、僕はそもそも、魚の匂いも知らないからなぁ……」
 
「あぁ、そうか…、…」
 
 いわく、お伽噺の中に出てくるために、その魚、という水の中に住まう生き物のことこそ、ユンファ様は知ってはいるそうだ。――しかしそもそも、蝶族は花の蜜やら果汁ばかりを食うわけで、そういった魚など捕る必要もなく、食ったこともないとか。…またもちろん、あの小屋に小さなころから閉じ込められていたんじゃ、川にいる魚そのものを見たこともないと。
 
「……生臭いといいますか…、魚はことに、そのような匂いがいたします。」
 
「…ふぅん、生臭い……」
 
 ユンファ様はそれを反芻こそしても、やはりピンときている様子はない。――そりゃあ、そこかしこ花のような甘い匂いで満たされていたあの五蝶の国、あの土地にはそもそも、その生臭いという匂いがあるのかすらも怪しいか。
 
「…説明が難しいな…、とにかく、海は本当に独特な匂いがして、そこに吹く風は、どことなくじっとりとしております。雨の日のそれともまた違うような、本当に…海とはなかなか独特な場所ですよ」
 
「……へえ、そう。何だか嫌な場所だ」
 
 笑いながらも眉を顰めるユンファ様に、俺は笑う。
 
「はは、しかし…そればかりではなく、景観はとても、美しいのでございます。――砂浜、という…とても粒子の細かい、象牙色の砂に、ざあ…ざあと被っては返ってゆくその水は、まるで青空のようにとても青く澄み渡って……」
 
 俺がそうして説明を始めると、ユンファ様は想像をするよう――隣の俺に顔を向けたまま、そっと目を閉ざした。
 
「…夕方ともなれば、その透き通るたくさんの水が、橙色の日の光に輝き、うっすらと橙色に染まる…規則的な、ざあ、ざあ、ざあ、という音も大変心地良く…――その水の中へ沈み行く丸い夕陽は、まるで、海の中へとゆっくり潜り込んで眠りにつくよう……」
 
「……はぁ…、…」
 
 淡いため息を吐くとユンファ様は、目を瞑ったまま、その赤く肉厚な唇の端をきゅっと上げた。
 
「…そうして夜が訪れた海は、今度は月明かりにほんのりと照らされ、夜空に浮かんだ月と星が、黒い水面に映り…ざあ、ざあと揺らぎ、チラチラと白く輝きまする……」
 
「…凄く、綺麗なんだろうね……、…」
 
「………、…」
 
 目を瞑ったままうっとりとそう呟くユンファ様は、その実もう、見てみたいな、とは言わなかった。
 
 
 
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