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113 格別な肉
しおりを挟む結局――皿の上の肉を、すべてユンファ様に食わせてもらった俺は、何度も彼に感謝した。
いや、次には俺、一応遠慮はしたのだ。
「…いえ、もうこれ以上は…、なんなら、指で摘んで食うこともできま……」
「…………」
またおもむろに、俺の黒い鼻先に突き付けられたのは――ユンファ様が握る箸の先で摘まれた赤い生肉がだらり、芳しいその血肉の匂いに、涎もだらり…バクリ。
「…、……、…」
複雑な心境に眉を寄せてはしまうが、…美味い。
…俺の口の中、我が尖った奥歯に引き裂かれ細切れになり、唾液と混ざり合う生肉の旨味がやけに、…いつもより…甘く深く濃い味のようにさえ思えるのは、一体なぜなのか…――。
「…美味しいかい」
「……んく、…はい、とても……」
はたと見れば、ユンファ様は隣に座る俺へと顔を向け、何か和やかな顔をしていた。――かといって微笑んでいるということもないのだが、やわらかな無表情、というべきか。…少なくともその薄紫色の瞳は、優しげな光を宿している。
「…狼も、なかなか難儀するのだね。……」
つぃと伏せられた彼の目線、また箸の先で摘まれる生肉のひと欠片。――おもむろに俺の鼻先へ上がってきた、その生肉。
俺のことを優しく見てくださる、その薄紫色の瞳――。
「……ありがとうございます。……」
そうか…――。
こうしていれば、ユンファ様は俺と話をしてくださる。
こうしていればユンファ様は、俺のことを、見てくださるのか――。
ユンファ様にとっては、あの小鳥のつがいに果物を分け与えるのとまるで同義の、そういった何気ない優しさからくる行動なのやもしれぬ。――しかし俺にとっては、…久方ぶりに愛おしい人と対して、二人きりの時間を過ごしている、という…この時間はそうした、特別な意義のあるものになるのだ。
だから、いつもより美味いのだ。
…いつもは、同じ部屋で食事をしてはいても――彼は寝台に、俺は扉の前に、お互いに離れて飯を食っていた。
近頃は近寄るな、という冷ややかなものを纏っていたユンファ様に、俺は共に食おうとも言い出せなかったが。
ひょんなことながら――これもまた、有り難い神の采配かもしれぬ。
「………、…」
肉を咀嚼しながら、ユンファ様の、その透き通った薄紫色の両目を見つめてみる。――彼はん…? と、どうかしたかい、というように何も言わず、首を傾げたが。
ゴクリと飲み込んだ肉に機会を得て――言葉を継いで。
「……いつもより、何か美味く感じまする。…不思議と今日の飯は、格段に美味いな」
「……、それは…どうして…?」
至極神妙に、期待も何もなく、単なる疑問を俺に投げかけたようなユンファ様だ。――もちろん俺の中に、そのどうしての理由は自明となって、確かな形を持っている。
近頃は俺の目を見てくれることもなく、話をしてくれることもなく、触れるな、近寄るな、と俺のことを避けていた――そんな俺が好いた人、ユンファ様が今日は、俺の目を見てくれる。今日は俺と言葉をいくつも交わしてくれる。俺が側にいることを許してくれ、共に飯を食ってくれる。
それどころかその人に、わざわざこうして世話を焼いてもらい、飯を食わせてもらっている。――だから俺は、いつもより飯が美味く感じている。
しかし…――その本当のことを言えばユンファ様は、また俺のことを拒んでしまうに違いない。
先ほどのように、そんなこと許されないのに、ごめんね、とその目を伏せてしまうに違いない。
「…なぜでしょうね。俺にもわかりませぬ」
俺は困っていながらも、ユンファ様に笑いかけた。
本当のことを言いたい気持ちはあるのだが、言えば彼が遠くへ離れていってしまう――それくらいならばこうして、わからぬ、とはぐらかすしかない。
「…そう…。もしかしたら今日は、特別上等な肉なのかもしれないね」
「…ええ。そうかもしれませぬ。…――。」
そうに違いない。
…今日の肉は、特別上等な肉だ。
俺はそのあとも、今このときを壊さぬよう、今の幸せなひと時を慎重に守りながら引き続き、ユンファ様にその肉を食わせてもらった――。
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