胡蝶の夢に耽溺す【完結】

🫎藤月 こじか 春雷🦌

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125 春夏秋冬語りかける※微モブユン

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 あの夜を穢すような、あんな朝が訪れては――致し方ないことだ。
 …そうわかってはいるが、また俺の目を見てくれず、また俺と言葉を交わしてはくれず、ただ虚ろな顔をして表情まで失い――また性の捌け口、言いなりの人形、弄ばれる玩具と化してしまったユンファ様に、…俺は悔しくてたまらない。
 
 やはりあのときに、ジャスルを殺せばよかった。
 
 それでいてジャスルは、何か思惑があるのか、なんなのか――ユンファ様にああして、俺をもう自分の護衛から外してくれ、と言われてもなお――俺を、ユンファ様の側近たらしい護衛から、外すことはしなかった。
 
 
 それどころかジャスルは、俺にこう言ったのだ。
 
 
“「あのユンファ、お前にやろうか? ソンジュ、お前ならばあれを孕ませられるやもしれんからのぉ…――そうなら、もう何をしてもよいぞ。あれをお前が孕ませろ。」”
 
 
 すなわち…――俺がユンファ様を孕ませれば、世間へのお披露目に至れる。…そして俺たちの子は、ジャスルの子として育てられ…そのあと俺は、どうなることやら。
 大方、口封じとして殺されるに違いないだろう。――何をしてもよい、と言われようが、…俺は今、まだ死にたいとは考えていないために、何もしない。…ただユンファ様のお側で、護衛として、ただその人のことを悔しくも守っているのみ。
 
 なぜならば俺は、あと残り少ないユンファ様のそのお命、それが尽き果てるまで…生きて必ず、その人のその瞬間までお側に居たいと願っているからだ。――そして、ユンファ様を看取ったその後、俺はその人の亡き骸の側で自害するつもりなのだ。
 
 結局――毎晩、毎晩…ユンファ様は相も変わらず、多くの男にその身を貪られ続ける日々が続いた。
 そして俺は、ただそれを眺めている日々…――。
 
「…蝶族の体ってのはこんなに善いものなのか、あぁ腰が止まらん、ちんぽに吸い付いてくる、…ほんに性奴隷向きの体だな、蝶ってのは、…」
 
「……ぁぁ、…ぁ、ぁ、ぁ……」
 
 相変わらずあまたの男に、ひたすら身を汚され――体の中も外もを精にまみれさせ、朝が来れば寝台の上であえかな吐息を繰り返し。
 寝台を清めようという下女にさえ、「なんて汚らしい……」邪魔だ、穢らわしいと邪険に扱われ、「早く退いてくださらない…? シーツを交換できませんわ…」そう鼻であざ笑われ――しかし。
 
 それでも俺が、その白い体を抱き上げ、風呂に入れてやると…ユンファ様は、安堵したような顔をする。
 
「…ユンファ様、今日も本当にお綺麗です。貴方様は、少しも穢れてなどおりませぬ。今日も本当に、お疲れ様でした……」
 
「…………」
 
 もうユンファ様は、俺に触るな、とは言わなかった。
 …その代わり、何も言わなかった。
 
 俺は返答がなくとも、話しかけた。
 浴室で懇々こんこんと、返事がなくとも――ユンファ様のお体を清めながら滔々とうとうと、ちょっとしたことを話した。
 
「…近々街で、祭りがあるそうなのです。花祭りというそうで、たくさんの花々で街が飾られ、とても美しいそうですよ。…俺がいくらか、花飾りをくすねて参りましょうか。――何がよろしいでしょうね。…薔薇や藤、百合、桜…きっとなんでもあります。…」
 
「…………」
 
「…そうだな…ユンファ様によく似合う、ことさら美しい花をくすねて参りましょう。はは、俺もたまには立派な花を、ユンファ様に贈りとうございます故。…ね、ユンファ様…楽しみにしていてくださいませ」
 
 そして俺は、本当に祭りで賑わう街の花をさまざま、たくさんくすねてユンファ様に持って帰ったが――その人は、もう笑ってはくださらなかった。…ただ一言「いらない」と、花を見もせず、無の表情で、それを受け取ってもくださらなかった。
 
 それでも俺は、諦めなかった。
 …浴室でユンファ様のお体を清めながら、やはり話しかけた。
 
「…夏ともあって、最近はとても暑いですね。俺の故郷じゃ、夏でも雪が溶けぬほど涼しいのですが…、いやぁ、参ります、この暑さ。――ですが、庭にたくさん元気な花が咲きました。…野菜も多く実り、なかなか瑞々しくて美味しかったですよ。それに、暑いからこそ水の冷たさや、そよ風の心地良さをよくよく感じられます。」
 
「…………」
 
「…今度、空をよくご覧ください。夏になると、雲が夏らしく大きくなるのです。他の季節とはまた少し違った、夏独特の雲の形をしております。――ただ、これから眠るときは暑く、寝苦しいやもしれませぬ故…ユンファ様が寝付かれるまで、俺が涼風を送り続けましょう。」
 
 俺はその暑い季節、ほとんど毎日、ユンファ様が寝付かれるまで、扇子でその人に涼風を送った。――つぅとその人の白い首筋や、浴衣から見えていた細い太ももに流れてゆく汗がなんとも艶めかしく、また、その汗の濃い桃の香はどきりとした。
 舐め取ってしまいたいと思ったが、…もちろん手を出すようなことはせず。
 
 
「…だんだん風が冷たくなって、青空も良く映える季節となって参りました。――木の葉が美しく色づくのも間近かもしれませぬ。…それに、夜も本当に深くなり、とても過ごしやすくなって参りましたね。最近はよく本を読まれているが、この涼しさなら、読書にはうってつけでございましょう。よくはかどりますか。」
 
「………、…」
 
「……そういえば、今年は豊作だそうで、きっとユンファ様も赤く実った果実を召し上がることが叶います。とても甘い林檎がたくさん実ると、人々は今から腹を空かせていますよ。――何だったか…アップルパイ? というような名の菓子が、今年は豊穣の祭りで振る舞われるそうです。俺がもらって参りまする故、中の砂糖漬けになった林檎だけでも、どうぞ召し上がられてくださいませ。」
 
 ユンファ様は、やはり俺の言葉に何も返さなかった。
 やはり俺の目も見なかった。――しかし、このころとなると…うん、うん、と相づちを打つように、頷いてくれるようになった。
 蕩けるように幸せそうな顔をするときもあった。…涙をこぼすときもあった。…何も言わず、俺の目を見ることもなく、ユンファ様は――しかし、それでいてきちんと俺の言葉を受け入れ、理解して、聞き入ってくれていた。
 
 それに、アップルパイとやらの中身を口にしたユンファ様は、「凄く甘い…」と、一言だけ呟いた。――しかし甘すぎた、という意味の言葉ではなかったらしく、むしろとても美味しかったのだろう。もちろん蝶の彼は、皮の部分は食べられなかったが、中の林檎は全て召し上がられた。
 
 俺は余りの、その皮の部分だけ一緒に食ったが、それでも甘くて香ばしく、とても美味しかった。――「美味しいですね」と声をかけても、ユンファ様は伏し目がちなままで何も言わなかったが、…こくりと一度だけ、頷いてくれた。
 
 
「……今日は、ひんやりと冷えた風がビュービューと強かったから、もうそろそろ…冬が来るやもしれませぬ。木枯らしは冬の訪れを知らせる合図でございます…――今年の冬は、とても冷え込むとか。お風邪など召されませぬよう、あたたかくしてお眠りくださいませ。」
 
「…………」
 
「…はは、首巻きや外套なんかも、そろそろ必要になってくるか…。もういい加減、衣替えをせねばなりませぬが――あぁしかし、衣替えというのはどうも、男には面倒なことです。…今度街に行って、いっそ全て新調してしまおうか…なんて、そうしたらユンファ様、ユンファ様にも何か、お土産を買って参りまする。…たしか…スノードームという、可愛らしい飾りが売られておりました。……」
 
「…………」
 
 
 
 俺はユンファ様に、こうして毎日毎日独りでに、絶えず話しかけた。
 …始めのほうこそ無反応であったユンファ様も、次第に相づちを打つよう頷いてくださるようになって、…あの朝から俺のことを盗み見ることもしなくなっていた彼は、また近頃――俺が寝台に寝かせてやると、またその人は、俺のことを盗み見てくださるようになった。
 まともに俺のことを見てくださるのは、この瞬間だけだ。――そして、少しの間だけだが…俺と、見つめ合ってくださるのだ。
 
「…………」
 
「…………」
 
 しかし、以前よりもうんと熱のこもった瞳――ユンファ様の視線は、俺の体に、俺の心臓に甘く絡みつき、愛撫するように撫でてきた。

「…おやすみなさいませ、俺の胡蝶よ…、…」
 
「………、…」
 
 近頃の俺はユンファ様が寝付かれるまで、彼のその絹の黒髪を撫でて――そしてその唇に、一度だけちゅっと、接吻をするようになった。
 ユンファ様は俺が口付けると、伏し目がちなまま、ぱっと頬を赤らめた。
 
 
 
 
 
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