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138 小さな海

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 俺はまずユンファ様に、土産を一つ手渡した。
 …窓のほうを向いて寝台に並んで座り、麻袋の中からその瓶――象牙色した砂浜の砂と、海水、小さな貝殻を詰め込んだ、手のひらほどの大きさの瓶をユンファ様へ、「お土産でございます」と。
 あの農村から更に馬で半日かけた先には、ちょうど海があったのだ。――それで俺は、適当な瓶にそれらを詰め込み、持って帰ってきた。
 
「……、ありがとう、しかし…――これは…?」
 
 するとユンファ様は、見ただけではそれが“小さな海”だとわからなかったようで、受け取ったその瓶を片手に持って見ながら――ちゃぷちゃぷとそれを傾けてみたりしつつ、首を傾げている。
 
「…とても綺麗だね…」――そう柔らかい目をして俺を見るなり、ふっと微笑んだユンファ様に、俺は彼の腰を抱いて、甘く教えてやる。
 
「……それは、海でございます。――というより、“小さな海”…とでも申しましょうか。…砂浜の砂、そしてそこに落ちていた小さな貝殻と、海水をその瓶に詰めて、持って帰って参りました」
 
「………、…」
 
 俺が教えてやると、――やはり裏切らない。
 はぁっと目を瞠り、キラキラと無垢な輝きをその薄紫色の瞳に宿したユンファ様は、驚いた顔をしながら再度その瓶を眺め。
 
「……海…? これが…?」
 
「…はい。もちろん本物ではありませぬが…俺は、ぜひユンファ様にこの海を、見せて差し上げたかったのでございます。」
 
「……、ありがとう、ソンジュ……」
 
 ユンファ様はニコッとすると、俺の目を嬉しそうに一瞥し、その瓶を窓から差し込む太陽光にかざして透けさせ――青空を透けさせてキラキラと光る、その“小さな海”を、うっとりと眺めている。
 
「…凄く綺麗だ…、凄く、綺麗……」
 
「……ふふ…お喜びいただけましたか…?」
 
「うん…、うん、もちろんだよ、本当にありがとう」
 
 ニコニコとして俺に振り向いた、その可愛らしい、無邪気な満面の笑み。
 …俺はユンファ様の頬にかかる黒髪をそっと撫で、つられてニコニコとしてしまう。
 
「……よかった。その笑顔が見られて」
 
「……はは…、……」
 
「…………」
 
 自然――うっとりと見つめ合う。
 …彼の白い横顔に降り注ぐのは、あの大きな窓から差し込む太陽の明るい光――すると、ユンファ様の薄紫色の瞳がより淡くなって、とても美しい。
 ただユンファ様は、じゅわりと頬を赤らめはしたが、あっと何かひらめいたらしい。
 
「……、ソンジュ…これ、開けてみてもいいかい?」
 
 チラリ手元を一瞥してからワクワクとそう言うユンファ様に、俺は笑いながら「もちろんどうぞ」と。
 俺が促せば早速、ユンファ様はニコニコしながら見下ろしたその瓶の栓を、回し開ける。――キュポン、と栓が抜けるなり、ふんわりと立ち香る…磯の匂い。
 
「……、はは、変な匂いだな……」
 
 とは言いつつ嬉しそうにニコニコとして、その白く高い鼻先を瓶の細い口へと寄せ、くんくんと海の匂いを嗅いでいるユンファ様。――そんな彼を、ただ微笑ましく眺めている、俺。
 
「……うぅん…本当に、独特な匂いがするね…、…」
 
「…そうでしょう。説明が難しいといった俺の…あ、…」
 
 俺は止めようと手をかざしたが、…ユンファ様は神妙な顔で、その瓶の口を唇に押し当ててくいっと――中の海水を一口。…間に合わなかった。
 
「……ん゛っ、…っはぁ、…うわ、あぁ…酷い味だ……」
 
 そう顔を顰めて舌を出すユンファ様に、俺は思わずははは、と声をあげて笑ってしまった。――何か嫌そうな、もう懲りたようなしょんぼりとした顔で、俺を見てくる彼は。
 
「こ、これが…魚の味なのかい…?」
 
「…はは、いいえ。それとこれとは、また違いまする」
 
「……あぁ、そう…。凄く…変な味……」
 
 とても美味しくはなかったろう。――その顔にもありありとそう書いてある。
 
「ふふ、しょっぱいというのです、その味は……」
 
 と、俺が説明したのは、そもそも甘い蜜がお食事であるユンファ様は、そうそう塩味の効いた味を知らないだろうと。――まあ幾度も精を飲まされている彼だが、海水の塩気とそれの苦味が強い塩気は、また違うものであるのだから。
 
「…ふぅん、しょっぱい……ふふ、しょっぱい。凄くしょっぱいよ、これ」
 
「…はは、そうでしょうね。…」
 
 微笑み合う俺たち――「うん」と笑顔で頷くユンファ様に、俺はため息が出そうなほど、…惚れている。
 
 
 
 今に聞こえてきそうだ…――ざあ…ざあ、と。
 
 
 
 
 
 
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