ぼくはきみの目をふさぎたい

🫎藤月 こじか 春雷🦌

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Frozen watchfulness

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「……まあ…俺も、当人らほど詳しいわけではありませんので、これ以上のことは知らないのですが。…俺が知っている内容としては、これで以上です。」
 
「……いえ…、ありがとうございま……、……」
 
 どう、思ったらいいのか…――。
 とてもじゃないが、今の僕にを確かな形にするのは、難しい。――母さんは僕に、この曇華ユンファという名前の由来を聞かせてくれたとき、「(僕の)実の両親は、泣く泣くユンファを手放した」というような感じで言っていた。
 
 もし…自分たちの名前を組み合わせ、せめて…せめて、と、僕に――曇華ユンファと名付けた。
 
 そうだったと、したら…?
 
 いや、そうだったと、しても…――。
 
「…………」
 
「……ですが、ユンファさん…――俺が知っていることは、せいぜいこれくらいですが…しかし、もしご覧になりたいようなら、ユンファさんの、出生証明も手に入れておきましたので…それをお見せすることもできますし……」
 
「……、ぁ、…あぁいえ、ありがとうございます、あの、僕が五条ヲク家に生まれたことを、別に疑っているわけではないんです。…ただ……」
 
 この僕の言葉には、本当に嘘がない。
 そして、何かと感情の機微を読み取れるソンジュさんもきっと、僕のこの言葉が嘘ではないことはわかったはずだ。――母さんから聞いた話と、ソンジュさんが教えてくれた話は、かなり辻褄が合う。…もう疑う気持ちはない。
 本当のことなんだろう。――僕は事実、五条ヲク家に生まれたオメガなのだと思う。
 
「……はは…なんていうか、…でもまだ、正直混乱していて……」
 
 しかし…――どうしても、僕は。
 …いや、きっとそれが真実だとわかったからこそ、どう思ったらいいのか、まだ全然わからない。
 
「……ユンファさん…?」
 
「…なんていうか、…僕は月下の両親に、とても深く、愛されて育ちました。…で、いきなり…なん、ていうか……ごめんなさい、なんて言ったらいいのか……」
 
 オメガ属というだけで、僕と親子の縁を切り――いわば、どんな事情があろうとも…僕がオメガ属であるからと捨て、養子に出した実の両親のことを、…許せるか許せないかでいったら、やっぱり僕はきっと、そう簡単には許せないのだ。
 
 ただ、母さんが言っていた言葉にも、嘘はなかった。
 泣く泣く僕を手放した…条ヲク家のしきたりがあればこそ、どうにもならなかったのだろう。――つまり僕の実両親は…僕のことを愛していて、本当は、自分たちが僕のことをちゃんと育てたかったのかもしれない。
 しかし、アルファの血統にこだわりのある条ヲク家の人たちが、五条ヲク家にオメガとして生まれてしまった僕を、彼ら五条夫婦に、自分たちの子として育てることを許さなかった…――だから僕は、月下家へと養子に出された。
 
 だが、それでもせめて…自分たちがせめて、僕を愛していたんだ、と示すために贈ったものが――僕が、嫌っていた――曇華ユンファという、名前だったのかもしれない。
 
「……もう、よくわからなくて…、どう思ったら、いいんだろうなぁ、って……」
 
 実は――僕は大学院で、人文学を専攻していた。
 もっといえば、属性やジェンダー、LGBTQなどによる差別のこと、その歴史、哲学も少し。
 それは、オメガ属だからと捨てられた自分だからこそ学びたいと思えたことで、そして、オメガ属の当事者として、この世の中を良くしていきたいと思ってのことだった。――誰しもが自分らしく、誰しもが差別されるのではなく、誰しもが肉体の差異を、精神の差異を、個性として受け入れられ、お互いが理解しあい、協力しあえる社会。
 
 僕は…――下手な夢を、見ていたんだろうか。
 僕はオメガ属だからと捨てられた。…ただ、だからこそ学びたいことが見つかり、だからこそ僕は、自分の道を見つけることはできた。――でも…それも今となっては、無駄になってしまったが。
 
 自分らしさを見つけられたし――しかし、、今まで実の両親のことも、自分の名前ユンファも嫌って生きてきた。
 
「…わからなくて、…正解が、なんていうか……」
 
 泣きそうなくらい、もうよくわからない。
 ぐちゃぐちゃなのだ、思考も、感情も、何もかも。
 正解だと思っていたことが、実はそうじゃありませんでした、と、にわかに示されたようで。――じゃあ正解はなんだ、僕はどう考えを変えたらいいんだ、…それがもう、今はわからない。
 
「……、ユンファさん」
 
 ソンジュさんは僕のことを、きゅっと抱き締め直す。
 そして彼、とても伸びやかな、優しい声で――。
 
「…わからなくて、よいのです。――無理に自分の感情や、考えに、形をもたせる必要も、名前を付ける必要も、ないものですよ。」

 隣に振り向けば、僕の肩の上でふ…と目線を伏せたソンジュさん。――少し目尻が垂れた、その切れ長のまぶたが扇のような美しい曲線を描き、扇の飾りのように生え揃った黒いまつげが、彼の下まぶたに繊細な影を落としている。
 
「…なぜ人はしばしば、とんでもない勘違いしてしまうのでしょうか? 人は気持ちや、心…その目に見えない全てさえ、言葉という単なるツールで語り尽くせるものなのだと、驕り高ぶっている…――しかし、目に見えないものである以上、心や感情というものは、便利な言葉なんかで語り尽くせるものではありません。」
 
「…………」
 
 ソンジュさんのやさしい声は「目を瞑ってみてください、よりわかるかもしれませんよ」と…促された僕はそっとまぶたを下ろし、まるで美しい旋律に憧れるよう…――その人の美しい声に、聴き入っている。
 
「…自分の中に、確かに存在しているそれらは、一見形があるようですが、しかし…目に見えないものは、当然形がないものなのです。…ですから今は、もやもやと不鮮明なそれらを、ただ感じるだけでもよいのではないかな……」
 
「……、…――。」
 
 ソンジュさんの、声…――僕は目を瞑ったまま、そうっとため息をついた。…体の力が抜ける…この人の大きな体に、この人の寛大な声に、僕は全身をあずけ、ゆだねている。
 
「…ユンファさん…――今はただ、ご自分が今感じているそのを、確かに、感じていてください。…内側に存在している、形のないものに怯えなくてもよいのです。たとえ形がなかったとしても、貴方の内側から湧き上がってくるそのは、貴方だけのものであり、また、貴方のためだけに存在しているものなのですから……」
 
「…………」
 
 神様にいだかれているような、そんな穏やかで、安心する気持ち…――絡まり、締め付け、僕を混乱させていたものが遠ざかり…ほどけてゆく。
 
「…しかし…たとえどのようなものが湧き上がってきたとしても、たとえば自分を恥じたくなったり、責めたくなったりするようなものが、貴方の中に浮かび上がってきたとしても…ユンファさんは、そういった自分を否定してはなりません。もしかしたら、そのは貴方を攻撃してくるようで、あたかも貴方の敵のように振る舞うかもしれませんが…――そうではないのです。全面的に、貴方の味方なのですよ。だからこそ、そのように酷いことを言うのです。…」
 
「…………」
 
 ソンジュさんの甘く深い声に、浸れる――この、泣きたくなるほどの幸せ。
 
「…ですからどうか、自分自身の敵になどならないように…――貴方の中にあるものは、全てが尊いものなのです。…否定などせず、善悪のジャッジなど、そんなくだらない人の常識に縛られることもなく、ただ…自分のありのままを、受け入れてあげてください。…それは、貴方だけの世界で、貴方だけが知ればよいこと、なのですよ。」
 
「……はぁ…――。」
 
 ぴっとりと濡れた肌同士が合わさり、吸いつきあい、肌がざわりとする――ざわざわとするような、…幸せ。
 
「…ただ、もしいてそれらを形作り、世に示したいというのなら…それにしても貴方はまず、感じねばなりません。…そのためにはまず、そのの形を、見定める必要がある……形がわからなければ、名前を付けてやることもできませんからね。…」
 
「…………」
 
 神様…――。
 貴方は、僕の神様だ。
 
「…そして、自分の中にある全てを否定することなく、ただ感じる、ただ受け入れる、ということが…――自分のありのままの今の心や、感情を、ということにもなるのです。…まあ、無理にそうする必要は、どこにもありませんが…――もしユンファさんがそうしたいというのならば、今はただゆったりと…感じましょう。ありのままの、今の自分…ひいては、ありのままの貴方、という人をね……」
 
 
 
 
 
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