ぼくはきみの目をふさぎたい

🫎藤月 こじか 春雷🦌

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恋は盲目 ※モブユン

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「…………」
 
 それに、そもそもとして。
 僕はソンジュさんの元に戻りたいのか、というと――それもまた、判然とはしていないのだ。
 逃げ出してきてしまった。――それこそソンジュさんにとっては、裏切り行為だといわれてもおかしくはない。
 
 
“「…もちろん…、だけれどね…――。」”
 
 
「………、…」
 
 あんなことを言っていたソンジュさんだ。
 次…もしまた会うことがあったとして、そのときに僕は、彼にどんな目にあわされるかわからない。――下手すれば僕は、ソンジュさんに殺されてしまうかもしれない。
 
 彼のもとに、帰れる、はずがない…――。
 
 
「……、……」
 
 ちなみに僕はその実、オメガ排卵期がきて初日では、そうそう思考能力が失われることはない。――まして、今はきても久しくない頃合いである。
 
 ならば尚の事、今はまだ大丈夫だ。
 さっきはきっと、久しぶりに走ったせいで頭がぼんやりとし、自覚するより必死に走っていたばかりに、膝が抜けてしまったのだろう――。
 
 だが…――じゃあなぜ、ソンジュさんに後ろから抱き締められていた時点で、…頭がぼんやりとしていた…?
 
 
「…てかアンタ、名前なんつーの?」
 
「…………」
 
 なんで…逃げてきてしまったんだろう…――?
 なにが…そんなに…怖かった…――?
 
「ねえって、……チッ…また無視かよ、マジで感じ悪ぃわこの人……」
 
「………、…」
 
 奇妙に思うほど、今の僕は意識も体も、夢の中にいるようだ。――現実から乖離かいりしたような、本当に奇妙な感覚がする――ソンジュさんが見せてくださった、優しくて甘い夢…それがいつか冷えきり、覚めてしまうというのなら、と…僕は逃げ出したはずだった。
 それなのに今は――悪夢というほどでもないが――奇妙で、不気味な夢を見ているような…宛もなく、どこに行くべきかもわからず、ただ不安を抱えながら夢の中を、彷徨っている……そのような、妙な感覚があるのだ。
 
 僕は、きっと間違えてしまった。
 僕は素直に、自分の気持ちを、ソンジュさんに打ち明けるべきであったのかもしれない。
 
 逃げる、という選択は、一番ずるいことだ。
 それはよくわかっている。…なんなら僕は、その卑怯な手を一番毛嫌いしているような人であったはずなのだ。
 
 それは、僕がこれまでしたくはないと強く思ってきた、いわば嫌っていた誠実性のない選択である。…恩義を返さねば、筋を通さねばと、これでも誠実に生きてきたつもりだった。
 ノダガワ家の性奴隷となったのも、僕がその、筋の通らない選択を嫌がったから…――そうであったはずだ。
 
「…………」
 
 だというのに…――。
 どうして僕は、よりにもよって――僕のことを助け、救い、優しくしてくださったソンジュさんから…誠実なソンジュさんたちからは、衝動的に逃げてきてしまったのか。
 
 僕は、誰よりも彼らに対して、誠実性を返すべきであった。…つまり、正々堂々と自分の気持ちを伝え――たとえその結果どうなろうとも、たとえソンジュさんと別れることになったとしても、…それでも僕は、僕たちはきっと、ちゃんとした形で別れるべきだった。――自己嫌悪する。
 
 たとえ失望され、ソンジュさんに、彼らに嫌われたとしても、…逃げるよりはよっぽどよかったはずだ。――素直にすべてを打ち明けることのほうがよっぽど、誠実な選択であったはずなのだ。
 それに今になって、…馬鹿だ僕は――僕の、両親。
 
「……、…、…」
 
 ケグリ氏への借金を肩代わりして、返済してくださったソンジュさんから、僕は何も考えずに逃げてきてしまった。
 ということは――もちろん彼に恩義を返さずに、という意味でも本当に最悪だが――僕の両親の、生活費が。
 
 当面はソンジュさんが、代わりに面倒を見てくださると、そういった話になっていた。
 それなのに、僕は本当に最低だ…――どうしよう、やっぱりケグリ氏の借金分を返してくれと言われたら。…とても僕の身一つでは、身を粉にして働いても…分割でも…返済に何年かかるかわからない、それどころか分割に応じてもらえるかさえ…――消費者金融に借りるなんてのも、今現在無職の僕に貸してくれるところなんかないだろう。
 
 ましてや当然のことだが、僕の身が彼の側になくして、僕の両親の金銭面を援助する義理など、ソンジュさんにはないのだ。
 どうしよう…二人が、これで生活に困ってしまったら……ならば僕がすぐにでも働いて、とは思うが、そうそうすぐに働き口が見つかるのか、というと。
 
「……、…、…」
 
 そうそう上手くゆくとも思えない。
 住み込み、寮のある風俗店を見つけられたらいいんだが、…まずはその店をどうやって見つける?
 僕は、ネットカフェを利用する小銭さえ持っていない、本当に無一文なのだ。……どうしよう…――。
 
「…ねえ、つか着いてきてるってことはさ、マジでイイんだよね? もう今更やっぱ嫌とかいわれても困るんだけど。ねえ、聞いてんの。――聞い、てん、のか。おい。…」
 
「…………」
 
 それに…ああして髪を梳かしてもらったあと、ソンジュさんに着けてもらったまま――このタンザナイトのチョーカーを着けたままで、逃げてきてしまった。
 
 これ、下手なダイヤモンドより高いものだったそうだ。
 とても素敵なチョーカー…貴方がくださったこのチョーカー、それに思えば、ルビーなんて貴石が嵌ったニップルピアスもそうか――それなのに、申し訳ない。
 
 せめてこれらだけは、置いてくるべきだった。
 
 自業自得なんだから、もう今更帰りたいなんて思ってはいない。…追いかけてきてくれないなんて酷いだ、本当は追いかけてきてほしいだ、…そんなことも本当に思っていない。
 思えるはずがないだろう、そんな身勝手なことは――知らない男に犯されるというのもまた一つ、自分勝手な僕への罰なのかもしれないと、それに関しても覚悟を決めている。
 甘んじて犯されようと思っている。――そんな馬鹿で勝手な自分は、どうなろうともはや何も構わない。
 
 
 でも…――ソンジュさんは…?
 彼は今、僕に裏切られて、泣いてやしないだろうか。
 もしまた会えるのなら、まずはきちんと謝りたい。
 
 僕の両親は…?
 僕のせいで生活に困ってしまうかもしれない。
 
 
「……チッ…ほんっと、マジで感じ悪……」
 
「……、…――。」
 
 いや…まあ、ソンジュさんに関しては心配要らない、だろうか。
 おそらくソンジュさんは、僕のことを追いかけてきているわけでも、探しているわけでもない。――案外あっさりと、諦められていることと思う。
 杞憂だ。――また会えたあとのシュミレーションなんて、それこそ不要に違いない。
 それよりは今後のことと、両親のことを考えないといけない。…やっぱり借金分を返せ、といわれた際にも、なんとかなるようにしなければならない。
 
 
 これでソンジュさんとは、お別れとなるのだろう。
 そのほうが僕も気楽だ。――これでよかったんだ。
 
 
 
 
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