ぼくはきみの目をふさぎたい

🫎藤月 こじか 春雷🦌

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夢と目合う ※ ※モブユン

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 俺が自分の胸の前、両手でユンファさんの片手を包み込んだまま「“あの場所”へ共に行こう」と誘うも、俺を見る彼の表情は「YES」というように晴れ晴れとはしなかった。――曇った蒼白い表情をしているユンファさんの瞳は今、こと力なく緩んだ切れ長のまぶたの下でかげりを帯び、その翳りによって憂いた群青色となっている彼の瞳は、俺の目を見ながらもカタカタと小刻みに震えている。
 
 貴方の今の瞳は、今にも凍えてしまいそうだ――お可哀想に、なんて寒そうなんだろう……。
 ましてや、俺の耳に聞こえてくるユンファさんの鼓動は――目一杯張り詰め、今かなり緊張している彼の胸の鼓動は――「この目で見たい」という胸が張り裂けそうなほどの健気けなげな期待と、「しかしとてもおそれ多い」という痛ましいほどのとがによる畏怖に激しく揺さぶられて、まるで、猛吹雪が叩き付けられている雨戸かのように荒れた模様の激しい調子なのである。
 ……要するに、ユンファさんは今もなおうろうろと右往左往をするように、内心かなり葛藤をし、激しく迷っているのである。本音でいえば「あの場所」の前には行きたい、ぜひ――しかし、あまりにも「罪深い今の自分」ではなお「あの場所」の前に立つことなどとてもできない、そうするべきではない、
 
 それほどに彼は、「あの場所」に強く惹き付けられている――しかし彼は、それほどに「あの場所」の前に立つことを恐れてもいる。…恐れ……いや、今は「畏れ」である。
 
 俺は目を伏せた。
 そして己の胸の前で包み込むユンファさんの片手、柔らかく曲がっているその白く長い指の背を、親指の腹ですり…すりとゆっくり撫でる――骨っぽく硬い、それに、俺のぬくい両手の中にいても未だなおひんやりとして冷たい、ただし、その指の背の生白い皮膚は薄く、しっとりとして柔らかい――。
 そうして俺は、この両手で包み込んでいるユンファさんの指の背を撫でつつ、長年この胸のうちに秘めていた、切ないほどの彼への想いをいよいよ今に打ち明けるような心持ち――そのように慎重ながらも甘い心持ち――で、それによって甘くしっとりとしながらも、厳かなる静かな声で彼にこう告げる。
 
「…俺はね…この素敵なお部屋の中でも特に、“あれ”を一番貴方に見せたかったんだ…。…だから俺はこのお部屋を選んだのです…何よりも貴方に喜んでほしくて…、まあ勿論このお部屋には、その他にも素敵なところは沢山あるけれど…――中でも貴方は特に、“あれ”に一番喜んでくださるような気がしてね……」
 
 伏せていた目をふと上げて、チラリと俺が横目に一瞥した「あれ」――俺の目はまたおもむろに、目の前のユンファさんへと吸い寄せられる…ゆっくりとこの“アクアマリン水色の瞳”だけを動かして…見遣る――今にも泣き出しそうなユンファさんの、その美しく青褪めた憂い顔を。
 
 ――何故貴方はそんなにも畏れるの…?
 貴方は何も悪くない。罪深いのは――貴方ではない。
 …だというのに、何故貴方は誰かのとがを、そうしてあたかもご自分の咎であるかのように、全て一人で背負ってしまわれるの――?
 
 悲しくなっちゃうな……でもね、ユンファさん。
 ――だから俺は、
 
「だから俺は、どうしても貴方に“あれ”を見てほしいんだ…――さあ行こう、のままに……」
 
 俺はユンファさんの片手を手放そうと両手を緩めた。再び「あの場所」へ向けて動き出そうとしたのである。
 しかし俺のその挙動によって、俺のを敏感に察したユンファさんは、いまだ荒波の葛藤の中で泣きそうな顔をふるふると横に振りながら、「…いえでも、…」と軽く背中を後ろへ引かせ、逃げようとした。
 だが俺は逃さない。すぐさま俺はまた、彼のその逃げようとする片手を両手で包み込む。俺は一度ユンファさんの手を手放そうとはしたが、彼が「逃げよう」とするのならばまた話は違ってくる。
 
「神に逆らうおつもりですか」
 
「……ッ! ……、…、…」
 
 すると、受けたショックにハッと言葉を失ったユンファさんは思い留まった。ビクッとした彼は深く俯きながら、後ろへ逃げようとした体をやや前に、元の姿勢に戻り、うなだれながらもその場に留ったのだ。
 もちろん彼の片手もまた、未だなお俺のこの手中に収まったままである。ただし俺は何も、。――ユンファさんは逃げようと思えば、今だって、いつだって逃げられるし、先ほどだって、彼がそのつもりならば逃げることはできた。…すなわち、俺はユンファさんの片手を包むこの両手に、今も先ほどもそれほどの、かなりゆるい圧力をしかかけていないのである。
 
 ユンファさんを今ここに留めさせているものとは、俺などではなく――彼自身である。
 ユンファさんをここに踏みとどまらせたものというのは、およそ外的な「力」よりもよほど強力なる――彼自身の、「精神的な咎め」であった。
 
 『神に逆らうおつもりですか』――俺のこのたった一言が、ユンファさんとっては何よりも厳しい一言であったため、彼はここに留まらざるを得なかったのである。
 ……そして今もなおうなだれているユンファさんは、ほんの一拍のちにやっとたじろぐだけの余裕が出てきたらしく、彼は畏れのあまりにカタカタとその全身を震わせながら、伏せているままの顔――ほとんど泣いているような必死な顔――を何度も、何度も横にふるふると振る。
 
「いえそ、そんな、…そんな、…そんなまさか…! た、ただ僕、…い、今はとても、こんな、今は僕、とても…!」
 
「じゃあ俺と一緒に観てくれる…?」
 
 俺はユンファさんの儚く震えた畏怖それを優しく遮った。
 じゃあ「鑑賞」ということにしよう。――貴方が「あの場所」の前に自分など立ってはならない、と強く思われるほど、今はなおご自分が「罪深い」と思えて堪らない「理由」は、俺にもよくわかってはいる……だけれど、
 
 貴方は俺から――いや……貴方は「神」から、逃げてはならない。
 
 俺は、しかし無意識のうちの自己防衛本能から、なおも少しずつ後ろへ逃げようしているユンファさんの片手をぐっと掴み、引き寄せ、また自分の胸の前で包み込みなおした――あたたかく柔らかい光で優しい抱擁をするように、その凍えそうに冷えきって震える片手を光で包み込み、外側からじんわりと少しずつあたためるように。
 そして俺は仮面越しながらもこの目で微笑みかける、「畏れ」に今にも泣き出しそうな顔をしている彼に――少しでも貴方の中の、そのこんがらがった葛藤という「鎖」がほどけますように、少しでも貴方を安心させてあげられますように、と、祈りを込めて。
 
「…あぁ申し訳無いな…。俺の趣味に付き合わせてしまって本当に申し訳無いのだけれど、実は俺、これでも美術鑑賞が趣味なものでね…――俺も一度じっくりと、とても美しい“あれ”を鑑賞しておきたいと思っていたんだ……だから、どうかな…、悪いけれど、に付き合ってくださいませんか…?」
 
「……、…、…」
 
 するとユンファさんはチラリと俺の目を一瞥したのち、また目を伏せた。しかし彼は、もうこれ以上固辞をしようと食い下がるようなことはしなかった。――それからユンファさんはその伏し目で、少しだけ「YES」の向きに考えはじめた。

 それは彼が、俺の「個人的な趣味に付き合ってほしい」という言葉に、少しの安堵を覚えてくれてのことである。
 だろうか? どうやら俺なんかの祈りでも、神は聞き届けてくれたらしい――ユンファさんは、なかば俺が自分に気を遣ってくれているのだと気が付いてはいながらも、むしろそうであるからこそ、俺の優しさが有り難かったからこそ、決断はおろか正しい道の見極めがつかない「迷い」というもやは晴れないまでも、俺の優しさには少しだけ、張り詰めていた気持ちが緩んだ。
 
 すなわち、ほんのマッチの灯火ほどの小ささであろうとも、やっと彼の胸の中にあたたかな「許し」の光がわずかに灯った、ということである。――『なんて優しい人なんだろう…。まるで彼、僕の気持ちを――本音でいえば、かなり“あそこ”に行ってみたい、本当は、という僕の気持ち――を見透かしているみたいだ……いや、優しい彼は、僕のその気持ちを察している上で、だからこそ、僕にああして気を遣ってくれたんだろう……』
 
 
「……、…、…」
 
 ややあって、目を伏せたままにユンファさんはコクコクと浅く頷きながら、口の中で声もなく「わかりました」と言った。――それは今のユンファさんにとっての精一杯である。…いまだユンファさんの中には、あのケグリがあたかも「彼の咎」として彼に背負わせた迷いや葛藤、「鎖」と、そして「首輪」――本来なら決してユンファさんが背負うべきではない、決してユンファさんの咎ではない、ただただひたすらに彼を苦しめるだけのその邪魔な「ケグリの咎」が、しかし今もなお、あたかも彼自身の「罪」となって、ユンファさんのことを縛り付けてはいる。
 
 つまりいまだユンファさんは、「あの場所」に行くことにおいての「罪悪感」を晴らしてなどいない。
 彼は今もなお、どうしようもなく自身を怯えさせてしまうその「罪悪感」を、その背に負ったままなのである。
 ――しかしその一方で、俺の優しい心遣いを無下にするわけにはいかない…と、ユンファさんは今、にわかにそう思い直したのである。
 
 もちろんあの俺の祈りが込められた気遣い――俺の優しさというのは我ながら、極小さな、小さな小さな優しさだったと、俺はそのように思っている。
 マッチ売りの少女が凍えながら擦った「魔法のマッチ」ですらない。いうなれば六箱で百円のマッチ一本、俺のあのセリフはその程度の優しさであったはずである。――あの程度のちょっとした気遣いを含めたセリフくらい、それこそ心ある人ならば誰であっても思い付くような、何ら捻りも何もないものであったはずだろう、と。
 俺はそう思うが、しかし今、あたたかい光のような「優しさ」に飢えているユンファさんの凍えた心には、およそ「救い」にさえ思えるほどあたたかく、明るく、その小さな火が心に沁みるほどに有り難い「優しさ」であったようなのだ。
 
 であるからこそ、その上でユンファさんは、なおも「僕は“あの場所”には行けません」とこれ以上固辞をするわけにはいかない…とそう、、少しは「あの場所」に行くことを前向きに考えられたようだ。
 
 が、――それだけでは駄目なんだ。
 
「……、…」
 
「……、ねえユエさん…」
 
 ましてやどうもユンファさんはその伏し目で内心、『とはいえ、あまりのめり込まないようにしないと…さらっと見るだけに…』などと、自分で「自分の目」を戒めようと決め込んでいるようである。

 しかし、それではのだ――今の貴方には、どうしても「自由ゆるし」が必要なのだから。
 
 
「…我儘を言ってすみませんでした。やはりやめましょうか」
 
 ゆくりなく俺は、「あの場所」へユンファさんと共に行くことを諦めようという向きの態度を、目を伏せているユンファさんへ示した。――ただし俺はこれによって、あえて彼の関心を引き付けようとしているのである。
 
「……え…?」
 
 ユンファさんは一転して俺が「(“あの場所”へ行くのは)やめましょうか」と引いたことを訝り、はたと目を上げて驚きながら俺を見た。当然である。今彼は「わかりました(僕も一緒に“あの場所”へ行きます)」と頷いたばかりなのである。
 
 
 
 上手くいっちゃった……俺は哀れっぽく目を伏せる。
 
 
 
「…正直、これ以上お辛そうな貴方はとても見ていられない…。貴方は“あの場所”の話になった途端、とてもお辛そうだ……そのようにお辛そうな貴方を無理やり、強引にも“あの場所”へ連れて行ってしまっては…あるいは貴方が、余計にお辛い思いをされるのではないかと思い直したのです…――ですから、やっぱりやめましょう。…結果として貴方を追い詰めてしまうようなことになるのは、決して俺の本望ではありませんから……」
 
 
 
 さあ、、俺はもう諦めようか――?
 
 
 
 
 
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