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この、語尾を強調するしか能のない男の意見に他の男たちも同調し、手にした得物をギラつかせる。
「ナンダッテ……?」
しかし、その手にした得物以上に、怪しく危険な光を宿したサヤの炯眼を前に山賊たちはたじろぐ形となった。
それまでサヤにいいように殴られていたイオリは、相変わらずコハルの太ももに目を向けたままノホホンと山賊たちに声をかける。
「あのぉ~……
悪いことは言いませんから、さっさと逃げたほうがいいですよ?」
この言葉がそれまで、サヤに対して二の足を踏んでいた彼らの粗暴でちっぽけな自尊心をぐさりと抉った。
男たちは各々手にした得物を振り上げ、サヤに襲いかかった。
一人目は刀身に錆の浮いた刀で――
二人目は刃こぼれの酷い手斧で――
三人目は柄のボロボロな手槍で――
彼らは一斉に振りおろしたその先に目をやった。
しかし、彼らが脳裏に思い浮かべた刃に切り刻まれているであろう凄惨な少女の死体はそこには存在していなかった。
「――!?
どこに消えやがった!?」
山賊たちが疑念の声を上げるやいないや、頭上から声がする。
「――バァカ、ここだよッッ!」
野人たちが声のするほうに顔を向ける。空には太陽を背負う形でサヤが飛翔していた。
彼らがお天道様に目を細めると少女が身をくるりと翻す。すると次の瞬間には、山賊たちは手首から血を滴らせていた。
サヤは軽やかに着地すると片手だけでも苦無を四本、指の間にはさむ形で構え、次の投擲に備えている。
「さぁ、針山になりたい奴はかかってきな!」
威勢のいいサヤの啖呵に山賊たちは戦意を喪失。
「――お、覚えてやがれぇッ!」
彼らはお決まりの捨て台詞と小汚い刀や斧をその場に残して、土煙を立てるかのように逃げて行った。
その場に座り込む形で残されたコハルは、まだ口をぽかんと開けてこのやり取りを見て届けた。
「だいじょうぶですか? お名前は?」
眼鏡を拭き拭き、イオリはコハルにやさしい言葉を掛ける。
その言葉によって我に返り、地べたに座り込んでいた自分を恥じらいだのか、立ち上がろうと試みる少女。
が、コハルはそれまでの恐怖から腰が抜けたのか、一向に頭の位置を上昇させることができない。
「ア、アハ、アハハ――」
コハルが乾いた笑い声で間を持たせようとしている間にイオリは笑顔で、無言しゃがみ、彼女を負ぶさった。
イオリの目には親切心だけではない、何か怪しい光が帯びていた。
スッくと立ち上がったイオリの背からは、コハルの身長では生涯見ることはないであろう高さの世界が目の前に広がっていた。
「あ、あの、わたし、重いですから……
ダイジョウブですから……」
もじもじと恥じらう乙女の嘆願に対して、イオリはキッパリとこれを拒んだ。
「大丈夫なわけないじゃないですか。あんな目にあって無事ではないでしょう。」
キリリとした彼の横顔は、コハルの安堵の感情を抱かせるには十分だった。
これに対し、うんざりした表情なのはイオリの連れ、サヤであった。
彼女は山賊たちが置いて行った得物を拾い集め、小脇に抱えてコハルに問うた。
「ハイハイ。
んで、どこまで送ればいいんだい?」
コハルはイオリに背負われたまま、自分の名前と峠のお茶屋までの道のりを説明した。
「なんてことはないんですよ、この先へしばらく道なりに歩いて峠を越えたあたりなんです。」
「そうかい、お使いの途中でねぇ~。あんな風に山賊の方が出るなんて、この辺りはそんなに物騒なところなのかい?」
先ほど山賊を追い払い、イオリに鉄拳をくらわせた少女、サヤはさっぱりとした物言いでイオリに背負われているコハルに話しかける。
「そうなんです。でも、あんな風に山賊が出始めたのは最近の話なんですよ。
それまでは街と街を結ぶ街道として人の行き来が多い道だったんです。
でも、最近、このあたりを治めてらっしゃる南の街の宿場自体が寂れてきたのか、このあたりの治安も悪くなってきて……
いまではこのありさまです。」
「そうかい、南の宿場ネェ……
イオリ、次はそこに行ってみるか?」
「……」
「おい、イオリ。イオリってば!」
「――はい?
あぁ、南の宿場ね。イインジャナイデスカ?」
あからさまに話を聞かずに何か、別のことに集中していたイオリの挙動にサヤの直感が働いた。
「キミィ、やけにコハルを負ぶさろうと必死になっていたが……
まさかコハルにいやらしい思いを抱いてたんじゃないだろうね!?」
「えぇ、コハルさんの胸の感触を背中で必死に感じておりましたよ。」
これに対してイオリは精悍な表情で答えた。
「ナンダッテ……?」
しかし、その手にした得物以上に、怪しく危険な光を宿したサヤの炯眼を前に山賊たちはたじろぐ形となった。
それまでサヤにいいように殴られていたイオリは、相変わらずコハルの太ももに目を向けたままノホホンと山賊たちに声をかける。
「あのぉ~……
悪いことは言いませんから、さっさと逃げたほうがいいですよ?」
この言葉がそれまで、サヤに対して二の足を踏んでいた彼らの粗暴でちっぽけな自尊心をぐさりと抉った。
男たちは各々手にした得物を振り上げ、サヤに襲いかかった。
一人目は刀身に錆の浮いた刀で――
二人目は刃こぼれの酷い手斧で――
三人目は柄のボロボロな手槍で――
彼らは一斉に振りおろしたその先に目をやった。
しかし、彼らが脳裏に思い浮かべた刃に切り刻まれているであろう凄惨な少女の死体はそこには存在していなかった。
「――!?
どこに消えやがった!?」
山賊たちが疑念の声を上げるやいないや、頭上から声がする。
「――バァカ、ここだよッッ!」
野人たちが声のするほうに顔を向ける。空には太陽を背負う形でサヤが飛翔していた。
彼らがお天道様に目を細めると少女が身をくるりと翻す。すると次の瞬間には、山賊たちは手首から血を滴らせていた。
サヤは軽やかに着地すると片手だけでも苦無を四本、指の間にはさむ形で構え、次の投擲に備えている。
「さぁ、針山になりたい奴はかかってきな!」
威勢のいいサヤの啖呵に山賊たちは戦意を喪失。
「――お、覚えてやがれぇッ!」
彼らはお決まりの捨て台詞と小汚い刀や斧をその場に残して、土煙を立てるかのように逃げて行った。
その場に座り込む形で残されたコハルは、まだ口をぽかんと開けてこのやり取りを見て届けた。
「だいじょうぶですか? お名前は?」
眼鏡を拭き拭き、イオリはコハルにやさしい言葉を掛ける。
その言葉によって我に返り、地べたに座り込んでいた自分を恥じらいだのか、立ち上がろうと試みる少女。
が、コハルはそれまでの恐怖から腰が抜けたのか、一向に頭の位置を上昇させることができない。
「ア、アハ、アハハ――」
コハルが乾いた笑い声で間を持たせようとしている間にイオリは笑顔で、無言しゃがみ、彼女を負ぶさった。
イオリの目には親切心だけではない、何か怪しい光が帯びていた。
スッくと立ち上がったイオリの背からは、コハルの身長では生涯見ることはないであろう高さの世界が目の前に広がっていた。
「あ、あの、わたし、重いですから……
ダイジョウブですから……」
もじもじと恥じらう乙女の嘆願に対して、イオリはキッパリとこれを拒んだ。
「大丈夫なわけないじゃないですか。あんな目にあって無事ではないでしょう。」
キリリとした彼の横顔は、コハルの安堵の感情を抱かせるには十分だった。
これに対し、うんざりした表情なのはイオリの連れ、サヤであった。
彼女は山賊たちが置いて行った得物を拾い集め、小脇に抱えてコハルに問うた。
「ハイハイ。
んで、どこまで送ればいいんだい?」
コハルはイオリに背負われたまま、自分の名前と峠のお茶屋までの道のりを説明した。
「なんてことはないんですよ、この先へしばらく道なりに歩いて峠を越えたあたりなんです。」
「そうかい、お使いの途中でねぇ~。あんな風に山賊の方が出るなんて、この辺りはそんなに物騒なところなのかい?」
先ほど山賊を追い払い、イオリに鉄拳をくらわせた少女、サヤはさっぱりとした物言いでイオリに背負われているコハルに話しかける。
「そうなんです。でも、あんな風に山賊が出始めたのは最近の話なんですよ。
それまでは街と街を結ぶ街道として人の行き来が多い道だったんです。
でも、最近、このあたりを治めてらっしゃる南の街の宿場自体が寂れてきたのか、このあたりの治安も悪くなってきて……
いまではこのありさまです。」
「そうかい、南の宿場ネェ……
イオリ、次はそこに行ってみるか?」
「……」
「おい、イオリ。イオリってば!」
「――はい?
あぁ、南の宿場ね。イインジャナイデスカ?」
あからさまに話を聞かずに何か、別のことに集中していたイオリの挙動にサヤの直感が働いた。
「キミィ、やけにコハルを負ぶさろうと必死になっていたが……
まさかコハルにいやらしい思いを抱いてたんじゃないだろうね!?」
「えぇ、コハルさんの胸の感触を背中で必死に感じておりましたよ。」
これに対してイオリは精悍な表情で答えた。
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