和習冒険活劇 少女サヤの想い人

花山オリヴィエ

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「ハイ、お待ちどう様です」

 湿った着物のままオユリが持ってきた膳(ぜん)には汁物に漬物、ご飯に野菜の煮つけと串焼きが3本並んでいた。

「本当は、串焼きのほうは別料金をいただくんですけど、今回は私の気持ちです。それにしても、サヤさんの分は本当にいいんですか?」

 先ほど、未遂に終わったとはいえのイオリの覗きを止めようとしていたオユリ。にもかかわらず、イオリへ向けられた湯での抵抗に巻き込まれた。そして、着物を乾かす間もなく番頭によばれ仕事に移り、これまで同様、パタパタとイオリの遅い夕食を運んできたのだった。
 サヤに投げ付けられた苦無が刺さったのか、それとも、そのあとに素手による暴行を受けたのか、生傷の痛々しい顔のまま、皿にのった鳥の肉を使った串焼きを頬張りながら、イオリはカラカラと質問に答える。

「まぁ、いいんですよ。サヤはそうそうお腹は空きませんしね」

 そうなんですか、と怪訝な顔をしながらお茶の用意をするオユリ。当のサヤは、先ほどの珍事にムクれているのか、ひと振りの刀をしきりに眺めている。刃こぼれは無いか、刀の波紋はどうだ? 等々。まるで子供がお菓子の吟味をするかのように刀をもてあそんでいる。
 そんな中、思い出したようにイオリに情報収集の結果を問う。相変わらず眼は刀に向けられたまま。

「そうですねぇ…… 聞いたところによると、この街で辻斬りが出ることがあるそうです。なんでも、大菅屋っていう置屋の芸者さんが、お座敷に呼ばれた帰り道にバッサリ――
 そんなことがここ半年ほどで三回も起きてるらしいです」

 ハモハモと茶碗の飯を咀嚼そしゃくしながら縄のれん、竹川屋で得た情報の伝達を行う。

「ふぅ~ん、じゃあ、キミのご飯が終わったらだね。その大菅屋とやらを見に行こうじゃないの。ほら、さっさと食べる!」

 サヤの気の短さと、イオリに対するこの扱い。彼もこれをいつものことと承知した様子。
 汁椀の中の液体で残りの飯をかっ込むと、ここでオユリの異変に気がつく。それまで血色のよかった肌からは血の気が引き、正座をしたままうつむいている。手にはイオリに渡すはずだった湯のみがそのままの状態で留まっていた。

「どうしました?」

 イオリの問いかけに我に返り湯のみをその場に落としてしまった。中に入っていた熱いお茶はみるみる畳と座布団に染み込んでいく。

「あ、スミマセン! 
 今、代わりのお茶を――その前にこぼしたお茶を拭かなきゃ……」

 実に分かりやすい動揺の仕方である。
 この一連の騒動を横目で見ていたサヤ。

「んじゃ、私たちは大菅屋とやらのほうを見てくるから。あとはヨロシク」

 そう言い残し、イオリを引っ張ってさっさと出て行ってしまった。
 残されたオユリ。
 彼女はその場に取り残されたまま硬い笑顔で二人を見送った。

「ふぁ~~……」

 なんとも間の抜けた声を漏らしたのは、サヤであった。
 見た目十三~四の小娘の眼を虜にするのに、彼女の見た光景は十分であったようだ。
 寂れた宿場町とはいえ、その場に現れた芸子さんのきらびやかな髪飾りや着物がとりわけサヤの目に付いた。
 一人称が「ボク」だなどという男勝りではあったが、そこはやはり女の子であろうか。サヤが目を奪われて、かなりの時が流れた。
 ふと、お座敷に呼ばれたのか、お供の者を引き連れてシャナリと歩く芸子さんと、それまで彼女を見つめていたサヤの眼があった。
 それなりにお年を召しておられるのか、白粉の上からでも目じりや口元のしわが目立つ。芸子さんは、その年齢を感じさせる紅をさした眼でサヤににっこりと笑いかける。
 サヤの意識はこれによりさらなる高みへ到達したようであった。
 彼女の後ろでこれを見ていたイオリが何かに気がつき、サヤの肩を叩いて声を掛ける。

「モシモシ? 
 モシモーシ?
 サヤさーん、こっちに戻っておいで~」

 華美な世界の虜になっていたサヤの意識が、三度目の催促に答えるために覚醒かくせいした。夢うつつで、半ば口が半開きになり、そこからヨダレも垂れていたかと思うほどの没頭振りを自覚し、慌てて口元を拭う。

「――ッ!
 な、なんだよ。いいじゃんか!」
「いや、ほら、お楽しみ中のところ申し訳ないんですが……
 今、芸者さんが出て行ったみたいですよ?
 後を追わなくていいんですか?」
「……」

 自分が何をすべきかを思い出し、羨望せんぼうから赤面、そして覚醒へとサヤの表情が目まぐるしく変わる。

 ――コロコロとよく顔が変わるものだ。

 イオリは感動すら覚えていた。

「さぁ、さっさと行きますよ」

 意識を覚醒させたサヤを連れ、イオリは夜道を進んでいった。
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