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「うむ、それまで。
では左の間に進みなさい」
戸を引いた先には吟味の結果ふるいに掛けられた娘たちが一人残らず、背筋を正して座っていた。
オユリは其の最後尾につき、辺りを見回す。
「やっぱり、藩主様ともなるとお座敷も比べ物にならないくらい、豪勢なんだなぁ……
それでいて無駄に煌びやかでもないし、手が込んでいるっていうか……」
それまでの人生からは、見ることも想像することすらできなかった別天地に心が浮かぶオユリ。ふと、ジブンの肩をつつく者がいることで、オユリの心は現世に連れ戻された。
「や、オユリさんも通りましたか」
小声で語りかけるは、その場のみなより、頭一つ飛び出た座高のイオリであった。
「そんな……いくらイオリさんの女装がきれいだからって……」
「まぁ、そこはホラ、ネ?」
語尾を濁し、目を細めていると、次いでサヤも部屋に通されてきた。
「お、全員揃いましたね。この後は~……」
「どうなんでしょうね。みんな召し抱えていただけるのでしょうか?」
イオリ達だけではなく、他の娘たちも痺れを切らしてポツリポツリと小声でさえずり始めたころ、しずしずと戸が引かれ、老年の裃をつけた侍が部屋に入ってきた。
「皆の者、本日はセーカクにして、セーミツな吟味の上、そなたらを残した。そしてこれより、若様からお目通りをいただき、御自らお目にかなったものを召しかかえることとする。そこもとら、頭を下げてしばし、待つがよい」
一様はそこに伏し、若様を待つ格好となった。やがてその場に一人の男が現れたようであった。
――いらっしゃいましたか。
――あぁ、そのようだけど……
「苦しゅうない、面を上げい」
いかにもな言葉に従う形で娘たちはゆっくりと頭を上げる。若と呼ばれる藩主の息子はその顔からは心の内を読み取ることが出来ないほど、のっぺりとした無表情で、前を見ているのか、その目に何かが映っているものなのかと疑ってしまうほど、遠い何かを見ているようであった。
その表情に娘たちが戸惑いの色を浮かべはじめると、藩主の息子は眼の球だけをギュルリと動かした。鳥か何かのような人間離れした眼球の動きで娘を一人ずつ品定めしていたのであろうか。やがて、その目の動きが止まった。
「それとそれ、こやつと……、そうだな。そこの白髪も面白そうじゃ。後は捨ておけ」
唐突な物言いに、娘たちは言葉すら失う。藩主の息子は踵を返し屋敷の奥へと消えて行き、お付きの者が追随する。
戸が閉まると、先ほどの老齢の侍が口を開く。
「それでは、先ほど選ばれた者たち。そなたらは本日よりこのお屋敷のお抱えの者である。選に漏れたものらは速やかに帰るがよい」
そして侍もその場を後にした。
残った娘たち、あるものは歓喜に跳ね跳び、あるものは未練に涙していた。
「やりましたね!
私たち三人とも選ばれましたよ!」
「マッタク……、ボクの髪は白髪じゃなくて銀髪だ!」
怒りを隠そうともしないサヤであったが、オユリはコレをなだめる。
「でも、チョット怖いっていうか不気味な若様でしたね……」
「そうだねぇ。でもこれで刀を探しやすくなるはず。この屋敷のどこかにあるはずだからねぇ……、イオリ、どうした?」
ここでサヤとオユリの関心がイオリへと移る。
「あら、どうしました?
先ほどからどこか震えて……
寒いんですか?」
カチカチと歯を鳴らしながら、イオリは言葉を絞り出す。
「なんでもありませんよ……
ただ――ね。
サヤ、御神刀は、ジンは近いと思うよ」
「うん……
そうだね……」
では左の間に進みなさい」
戸を引いた先には吟味の結果ふるいに掛けられた娘たちが一人残らず、背筋を正して座っていた。
オユリは其の最後尾につき、辺りを見回す。
「やっぱり、藩主様ともなるとお座敷も比べ物にならないくらい、豪勢なんだなぁ……
それでいて無駄に煌びやかでもないし、手が込んでいるっていうか……」
それまでの人生からは、見ることも想像することすらできなかった別天地に心が浮かぶオユリ。ふと、ジブンの肩をつつく者がいることで、オユリの心は現世に連れ戻された。
「や、オユリさんも通りましたか」
小声で語りかけるは、その場のみなより、頭一つ飛び出た座高のイオリであった。
「そんな……いくらイオリさんの女装がきれいだからって……」
「まぁ、そこはホラ、ネ?」
語尾を濁し、目を細めていると、次いでサヤも部屋に通されてきた。
「お、全員揃いましたね。この後は~……」
「どうなんでしょうね。みんな召し抱えていただけるのでしょうか?」
イオリ達だけではなく、他の娘たちも痺れを切らしてポツリポツリと小声でさえずり始めたころ、しずしずと戸が引かれ、老年の裃をつけた侍が部屋に入ってきた。
「皆の者、本日はセーカクにして、セーミツな吟味の上、そなたらを残した。そしてこれより、若様からお目通りをいただき、御自らお目にかなったものを召しかかえることとする。そこもとら、頭を下げてしばし、待つがよい」
一様はそこに伏し、若様を待つ格好となった。やがてその場に一人の男が現れたようであった。
――いらっしゃいましたか。
――あぁ、そのようだけど……
「苦しゅうない、面を上げい」
いかにもな言葉に従う形で娘たちはゆっくりと頭を上げる。若と呼ばれる藩主の息子はその顔からは心の内を読み取ることが出来ないほど、のっぺりとした無表情で、前を見ているのか、その目に何かが映っているものなのかと疑ってしまうほど、遠い何かを見ているようであった。
その表情に娘たちが戸惑いの色を浮かべはじめると、藩主の息子は眼の球だけをギュルリと動かした。鳥か何かのような人間離れした眼球の動きで娘を一人ずつ品定めしていたのであろうか。やがて、その目の動きが止まった。
「それとそれ、こやつと……、そうだな。そこの白髪も面白そうじゃ。後は捨ておけ」
唐突な物言いに、娘たちは言葉すら失う。藩主の息子は踵を返し屋敷の奥へと消えて行き、お付きの者が追随する。
戸が閉まると、先ほどの老齢の侍が口を開く。
「それでは、先ほど選ばれた者たち。そなたらは本日よりこのお屋敷のお抱えの者である。選に漏れたものらは速やかに帰るがよい」
そして侍もその場を後にした。
残った娘たち、あるものは歓喜に跳ね跳び、あるものは未練に涙していた。
「やりましたね!
私たち三人とも選ばれましたよ!」
「マッタク……、ボクの髪は白髪じゃなくて銀髪だ!」
怒りを隠そうともしないサヤであったが、オユリはコレをなだめる。
「でも、チョット怖いっていうか不気味な若様でしたね……」
「そうだねぇ。でもこれで刀を探しやすくなるはず。この屋敷のどこかにあるはずだからねぇ……、イオリ、どうした?」
ここでサヤとオユリの関心がイオリへと移る。
「あら、どうしました?
先ほどからどこか震えて……
寒いんですか?」
カチカチと歯を鳴らしながら、イオリは言葉を絞り出す。
「なんでもありませんよ……
ただ――ね。
サヤ、御神刀は、ジンは近いと思うよ」
「うん……
そうだね……」
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