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 舌をペロリと覗かせる彼女は、それまで経験したことのない不自由さえも楽しんでいるようであった。
 彼女に心と目を奪われたままの青少年は、コンコンと何かで頭を小突かれる感覚で意識を現世に取り戻す。見ると、横からツクモが棒状の何かで自分の頭を叩扉(こうひ)していた。

「ん」

 と、渡されたそれは大小の拵え、いわゆる日本刀と脇差であった。

「な、なんですか、コレ?」
「竹光だよ。イイカ?
 ワキミズ、オメーはこれから武士になりきって屋内での作法を代表して体験してもらうんダヨ。先ずは大小の内、大刀を右手に持って……」

 竹光(たけみつ)。いわゆる竹を加工して作った偽物の刀であるが、その重みを帯びることによって得られる高揚感を、小さな人間(ワキミズ)は感じていた。
 そうこうするうちに、隣の部屋、本日の茶の湯の席から声がかかる。まず、ツクモが。次いでワキミズという順に入り口で『主』に向かって一礼し、シズシズと入っていく。ゆっくりと、おごそかに、その場の空気を一歩ずつ踏みしめる様に。場の雰囲気に呑まれたのか、ワキミズの心中はこうだった。

 ――もう、この場から茶の席ははじまって……

「おーい、ワキミズ。ヘリを踏むな。畳のヘリを」

 叱咤の声はユキシロから発せられた。

 ――ハ!?
 エ?
 ……?

 当惑する少年に言葉はつながる。

「アレだ。畳のヘリってのは踏むもんじゃないのよ。踏むと痛んじまうってのもあるんだが、それとは別に…… まぁ、命が惜しかったら、踏まないように気をつけることだ。ほら、エミィは言われなくても出来てるゼイ?」

 見れば慣れない着物によって狭められてる歩幅でもキッチリと縁だけは踏まないように歩く少女。ゴホン、という部長の咳払いに促され、恥ずかしさを抱いたまま席に着く少年。
 主宰である部長が茶道具に向かい、更に招かれた客であるワキミズ達は90度の角度で向かい一列に座り、ユキシロが口を開く。

「えー、この並びの時に大事なのは『正客』だ。つまり、一番茶道の知識を持った客がやるものなんだが、これはスゴーク面倒なのさ。今日は私がやるが、一年共、勧められても絶対にやるもんじゃねぇぞ?」

 これに対してエミィは不思議そうに首をかしげる。

「何故ですか?
 勧められたのなら任せてもらえばいいじゃないですか。
 ワタシならやってみたいのですが……」
「まぁ、そこで断るのが日本の美学って奴なのよ。
 上座下座ってのもあるし、エミィにはチト理解に苦しむところがあるかも知れんがね」

 ハァ……と、いまだ飲みこみきれないエミィに、隣に座るメィリオが取り繕う。

「お、お嬢様。それがジャパンの『ワビ、サビィ』というものなんですよ」

 それならば。と、彼女は東洋の文化に納得したようだ。

 まずは一礼。
 正客であるユキシロに続いてワキミズ達もその場で頭を下げる。
 そして一言。

 ――本日はお茶の席にご招待いただきアリガトウゴザイマス。

 お礼を述べると、主宰である部長がシャワシャワと竹製の泡だて器のようなもの、茶筅によって、茶をたてはじめ、ワキミズもテレビか何かで見た様な風景が繰り広げられる。
 茶は骨董品としての重厚な光沢を放つ茶碗にたてられ、ユキシロの手前に差し出された。 彼はその茶碗をくるりと回してみせる。

「アレ、良く映像なんかで見ますけど、ホントにくるくる回すんですねぇ……」

 隣に座るエミィより耳打ちされ、ホントダ。と感心するワキミズ。

「ケッコウナオテマエデ」

 そうこうするうちに謎の言葉とともに、横にスライドする形で同じようにワキミズの番が回ってきた。
 背筋を伸ばし、先ほど先輩がやった工程を真似てみる。

「あー、チガウチガウ。何でもかんでも回せばいいってもんじゃないのよ」

 さも嬉しそうに、その先輩は口を挟む。

「イイか?
 まず、茶碗の柄をみるのよ。自分の方へ向けて出されるからだな。
 それから、くるっと少し回して、その柄の付いていないところから口を付けるわけだ」
「ハァー……こ、こうですか?」
「ん、そんで飲み終わったら口を付けた部分を……そうそう。紙で拭いて……と」

 そうこうして一同が茶を堪能し、正客が再度、主催に礼を述べたところで。

「んまぁ、こんなもんだな。まぁ、このあと、帰るまでが席なんだがな……」

 ちらりと正客がわきを見ると、ワキミズ、エミィ、メィリオの一年三名がみな、苦痛に顔を歪ませている。
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