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第2章 城塞都市グラードバッハ編

37. 別れの挨拶

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『ふぁ~久しぶりに夢みたな……また、勇者リクトの夢だったけど……』

 俺は、久しぶりの夢の記憶を思い出す。
 なんかよく分からん夢だった。
 勇者一行が、ハーフ魔族の隠れ里に泊まる夢。相変わらずシリカ姫とアレクサンダーは糞だったけど、勇者リクトは人格者であるように思えた。

 まあ、ビッチシリカとアレクサンダーが糞で、勇者リクトが人格者と分かった事だけでも良しとしよう。
 これで心置き無く、勇者の敵討ちが出来るしね。勇者リクトが糞野郎なら、ちょっと敵討ちする必要があるのか考えちゃう所だし。

 そんな夢を見つつ、常宿にしてたミノタウロスの力こぶ亭で朝食を食べた後、勇者リクトの敵討ちをする為に宿を出る。

 見送りには、宿の女将とグラードバッハ冒険者ギルド長も、わざわざ駆け付けてくれた。
 後、酔っ払いの冒険者達が数人……タダ酒だと思って、ミノタウロスの力こぶ亭で朝方まで飲んでたらしい。店の中には飲み過ぎてゾンビみたいになってる冒険者達や大いびきをかいて熟睡してる者達で溢れかえってたし。
 朝まで飲んで、クロメと俺と別れの挨拶をしようとしてたらしいが、完全に作戦失敗である。

 まあ、数人だけでも生き残って、見送ってくれただけでも良しとしよう。
 無理して見送りに出てきて、ゲロ吐かれたら嫌だしね。

「卍様、クロメちゃん! いつでもミノタウロスの力こぶ亭に帰ってきなよ! ここがアンタ達の家なんだから! いつでも好きな時に帰ってきな! その時は、クロメちゃんの部屋に、誰かが泊まってたとしても叩き出してあげるから、安心して帰ってくるんだよ!」

 いつも俺とクロメが泊まってた部屋を空けて待っててくれるかと思ったんだけど……俺達が居ない時は、しっかり違う客を泊めるらしい……まあ、拝金主義の女将と言えば、女将だけど。
 だけれども、ミノタウロスの力こぶ亭が、俺達の家だと言ってくれるのは嬉しい。
 帰ってくる場所があると思うだけで、心にゆとりができるしね。

「女将ーー!!」

 何故か、クロメが感動して、女将のたわわな胸に抱きつき号泣してる。

 まあ、クロメの場合、あまり人に優しくされた事ないので、優しくされちゃうと感動しちゃうのだな。
 幼少時代に家を追い出された過去があるから、自分の帰る家がある事が嬉しくてしょうがないのだろう。

 だったら、イカレジジイの家を燃やさなければ良かったと思うのだが、あの頃のクロメは、まだ俺に完全には心を開いてなくて、強がって、家を燃やしてしまったのかもしれない。
 それか、巨大な力を手に入れたばかりで、ハイテンションになってたとも考えられるけど。

「サツキちゃんが、クロメの事を家族のように思ってるなら、私にとっても、クロメは孫のようなものじゃな」

 ギルド長も、女将に追随する。
 クロメは、一瞬だけ嬉しそうな顔をしたが、すぐに心を持ち直したのか、不敵に笑い出す。

「クックックックックッ。私のことを孫だと?私は、地獄の帝王であらせられる卍様の贄となり下僕になった時点で、この世のしがらみや、親兄妹の情など、とうに捨てている!
 唯一、私の親と言えるのは、我が主である卍様のみ!異世界の大魔王であり、地獄の帝王であり、近い将来、この世界の覇者になる卍様だけなのだー!! クワッハッハッハッハッハッ!」

 本当は、ギルド長に孫と言われて嬉しかった癖に、中二病が炸裂してしまったようだ。

 まあ、ギルド長って、クロメとそれほど関わりないから、感情の高まりが足りなかったのだろう。女将の場合は毎日会ってるし、食いしん坊のクロメは完全に餌付けされてたからね。

 しかも、ウェートレスのバイトも、「黒耳族は、どんな依頼でも完璧にこなすのだ!」とか言いつつも、母親のお手伝いをしてる気分だったのか、とても嬉しそうにバイトしてたし。


 そんな感じで、お別れの挨拶をワチャワチャやってると、旅の仲間となるマリアと、それから父親のグラードバッハ辺境伯もやって来た。

「卍様! クロメちゃん! お待たせしました!」

 マリアは元気に挨拶してくる。

「矮小なる人の子、マ……マリアおはよう……」

 クロメは、ちゃんと初めての友達であるマリアに挨拶できた。
 まあ、何度も言うが、勝手にクロメが友達と思い込んでるだけで、マリアがクロメの事を友達と思ってるかは分からないけど。

「卍様、クロメちゃん。娘を宜しくお願い致します」

 グラードバッハ辺境伯が、慇懃に頭を下げてくる。
 それにしても、グラードバッハ辺境伯は、娘を死地に送り込むような真似をして平気なのか?
 それ以上に、勇者リクトに対して懺悔の気持ちがあるのかもしれない。

 命の恩人を、今まで大罪人と信じてた訳だしね。ビッチシリカに、記憶を改ざんされてたとしても、自分自身が許せないのだろう。
 今でも、俺を見る目が申し訳なさそうだし。眼帯越しでも、俺は勇者リクトの目だった訳で、申し訳なさが溢れてしまったのか涙目になってるし。

『クロメよ。マリアも来た事だし、そろそろ行くか?』

 俺は、なんかグラードバッハ辺境伯に見つめられてると、逃げ出したい気分になって来てしまう。
 俺自身は、勇者リクトでも何でもないのに、そんなに申し訳なさそうに見つめられると、何だかむず痒くて落ち着かないのだ。

「承知!」

 クロメは、俺に片膝をついて返事をすると、何やら呪文を唱えだす。

「ゲヘナゲヘナゲヘナヘル~あぁぁぁ~ゲヘナゲヘナゲヘナヘル……」

 この呪文は、まさか……

 別れの挨拶に訪れていた、女将やギルド長、それからグラードバッハ辺境伯や冒険者達も、クロメのおどろおどろしい魔法の詠唱に色めきたつ。
 実際、グラードバッハ城塞都市では、誰も、クロメが魔法を使うところを見た事がある人間が居ないのだ。
 まあ、途中の詠唱までは見られた事はあるのだが、この魔法も地獄門は誰にも見られてないしね。
 だから、クロメは、お別れの最後に、自分の凄さをアピールする気満々なのだ。

「ゲヘナゲヘナゲヘナヘル。地獄の門よ開け! そして、屍肉を喰らいし地獄の番犬を呼び醒ませ!我が主、卍様の名において命ずる。召喚!地獄の番犬ケルベロス!!」
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