地仙、異世界を掘る

荒谷創

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17.地仙、起床する

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蛇乱が目覚めたのは、眠りに入ってから半月後だった。
無論、師匠達は帰っている。そろそろ目が覚める頃だ、と言って帰って行くのは如何なものか。
「ヒイィィィ!」
「いや、ちょっと待て、酷くないか?」
客間に足を運んだ途端、あがる絶叫。倒れる女仙。
顔面蒼白でひきつけを起こした稀華をジロリと睨めば、心臓が止まった。
「ひでぇ…」
スルスルと腕に巻き付いたコルノを一撫でしつつ、稀華を蘇生させる。
とりあえず客用の寝室に寝かせておけば、後は精達にお任せだ。
「なあ、コルノ。ひどいと思わん?」
「シュ。」
思わなかったらしい。起き抜けの蛇乱に味方は居なかった。
実は無理からぬ事でもある。
暫く眠っている間に、蛇乱の内包する力が増していた。
力が増せば、存在感が増す。すなわち、凶眼もまた存在感というか、迫力を増してしまっているのである。
ただでさえ、一度稀華の心臓を止めた実績持ちの凶眼がパワーアップしたのだ。シンハ国の調査隊あたりが見たら、死ぬどころか塩の柱にでも変わるかも知れない。
今までは、周りに他人が居ないのが普通だったし、居たとしても凶眼など何処吹く風の師匠だけだったから、指摘すらされて居なかった訳だが。
「今は、私もコルノも精達も居るのよ!?判る?判ってないでしょ。貴方のその目付きは凶器通り越して殺戮兵器なの。特に睨んでなくても、人くらい簡単に抹殺しちゃえるくらい怖いの。むしろ死なない人間が居たら会ってみたい程なの。大体…」
これ、もしかしたら終わらないんじゃ…
蛇乱はそう思ったが、賢明にも口にはしなかった。

目を覚ました稀華の、実に半日に渡る説教を聞き流した後、闘技場を使って竺転、蝕夜、馬駘相手に体の慣らしを行う。
「体が軽いな。」
術の威力も上がっている。元から構築スピードが尋常でない蛇乱だが、構築速度も上がり、竺転の術と馬駘の矢を術だけで防いでいた。
手数の多い蝕夜の、無数とも思える攻撃を体術でいなしながらである。
「よっと、なかなか、厳しい、なっと。」
「それで済むのが、おかしいのよ。」
「シュ~…」
何とも目まぐるしい攻防に呆れながら、稀華とコルノも術を練る。
ここに来て、稀華は長い間忘れていた術を研鑽する楽しさというものを、思い出していた。
強い力を秘めた宝貝も、勿論魅力なのだが、自ら研鑽した術を絡めて使うと、今までより遥かに力を引き出す事が出来ると気付いたのである。
幸いと言おうか、月の巳精である檳榔は術に優れており、教師としても実に優秀だった。コルノも吸収が早く、一緒に研鑽を積む相手として申し分無い。
「…それにしても、凄いわね。」
【大仙様が、何かされたのですわ。】
蛇乱が眠りについてから、その寝室に入ったのは師匠の『百万畳の』大仙だけである。
恐らく、眠っている姿を見られたく無いと蛇乱が思っていた為か、稀華、コルノはもとより、精達の誰も寝室に近付く事も出来なかったのだ。蛇乱の様子を見に寝室に向かったはずなのに、寝室に近付くに連れて目的そのものが思い出せなくなり、引き返してしまうのである。
流石に大仙は何事も無い様に寝室に入った訳だが。それからだ。寝室で眠る蛇乱の力が日に日に強くなり、住処の何処にいても感じ取れる程になっていったのは。
「何でも良いわ。元気なら。ね?」
「シュ~」

冬となり、ゼニアと旧ヒメリア国境に雪が降り始めた。間もなく、街道も間道も全てが雪に閉ざされる。
そうなって、初めてゼニア王ラーケンは執務室を離れる事が出来る。この10年、ラーケンは一年の大半を執務室で過ごしている。寝るのも、食事をするのも執務室だ。
旧ヒメリアを呑み込んだ外道、狂人ペドロスが君臨するガド戦王国が何時なんどき攻めて来ないとも限らないと、自ら課した事である。
まあ、執務室に居ても家族と会えるし、特に不自由は無いのだが。10年掛けて作り替えた執務室、いや城はまさに要塞と言える程になっていた。
執務室を離れると言っても、表向きのドアから出ていく訳ではない。居留守役の従弟、宰相であるバロウルに後を任せると、ラーケンは隠し扉から壁の中に歩を進める。王族の為の脱出路を改装した秘密の通路である。
定められた道順で進む。ラーケンという王は、臆病と揶揄される程慎重な王であった。この秘密の通路の先に、隠さねばならないものが在る。
程なくして、ラーケンは秘密の屋敷に辿り着く。要塞と化したこの城の、最も秘匿されている屋敷へと。
今日は、良い話が出来るだろう。
あと、五年。いや、二年で西方は大きく変わる。その時こそ、報われなくてはいけないのだ。
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