地仙、異世界を掘る

荒谷創

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18.地仙、推測する

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蛇乱が眠っていた半月の間に、変わった事が何も無かったかと言うと、そうでも無い。
「襲撃か。」
【はい。南側の海岸から上陸しました。】
【おっきなカニだったよ~】
几帳面で懲り性な玉鱗と、天真爛漫で飽きっぽい性格な竺転。
性格だけでなく、巳精と子精という、組み合わせとしては突っ込みが入りそうな二人だが、意外や非常に仲が良い。
蝕夜と馬駘、檳榔と小鯨。馬明と鯨牙もそれぞれ親交が厚く、これに稀華とコルノの組み合わせで、見事に蛇乱がボッチになる。
それはともかく、海から上がってきた蟹の様なモノは、まっすぐに清鱗洞を目指して進んで来たのだと言う。
竺転と蝕夜で対処してバラバラにしてから、檳榔が持ち帰り、玉鱗が解体して調査した。
【タコ型のモノと同じ技術で作られていました。】
二百二十二枚の水晶板で作られた、例の擬似賢者の石も搭載されていた事からも、同じ相手が送り込んで来たのだと判る。
「残骸は?」
【倉庫に。】
件のカニとやらを見てみれば、なるほど、外見は見事に大きな蟹である。
甲羅の差し渡しは最大で20m程にもなろうか。左右の鋏の大きさは均等で、爪は8mに及ぶ。
口の部分は顎脚と大顎が大きく開く。これは口腔内にある砲門から高圧の水流で攻撃する為だ。有効射程が30m程だったというから、かなり強力であったのだろう。わざわざ海水をエラから吸い上げて発射するだけでは無く、空気中の水分を集めて撃つ事も出来たらしい。
巨大な鋏は意外な程自由度が高く、厄介だったとは、竺転の言だ。                            
見た目としては全身にフジツボや海草どころか、珊瑚の類いまで着いており、この蟹が昨日今日造られたモノでは無い事を示していた。
「かなりの年月、海底にあったんだなぁ。」
前回のが、タコ。
今回はカニ。
単に迷宮主が魚介類デザインが好きな可能性も無い訳では無いが、モノが海底に長くあったなら、可能性は高いと思える。即ち…
「敵は海の中か。」

冬。
それは何時もならば死と隣り合わせの厳しい季節だ。
このシンハ王国は。西方において、いや、この世界で一番貧しいのだから。
「…まさか、こんなに不安が無い冬があるなんてなぁ…」
「本当ね。薪も、食べ物もたっぷり配られて、雪かきくらいしかやることが無いなんて…」
シンハ王国は、冬となるとやたらと冷たい風が吹き荒れる土地だ。雪の量は少ないが、薪が高い為に毎年隙間風でかなりの人間が死ぬ。
食糧も乏しく、 一冬分の備蓄などがある家庭は極僅か。金の無い庶民は一日の食事を一食にするどころか、三日に一度薄い麦粥を啜るのが当たり前なのだ。ところが、である。
今年は国から薪と食糧と、綿と毛皮が配られた。
節約すれば、冬どころか夏まで保つ程の量の食糧。麦に干した野菜、干し魚に肉もある。毎日料理が出来る冬なんて、生まれて初めての経験だ。一日中、暖炉の火が消える事も無い。配られた綿と毛皮で作った服は暖かく、沸かしたお湯を飲めばお腹の中から温まる。
まだやんちゃな息子はずいぶん退屈そうだが、去年までの生きるか死ぬかの冬を忘れた訳でもないだろう。暖炉の横でゴロゴロしている限り、凍えて死ぬ事は無いから安心だ。
「…ん?」
「あら、あんた。誰か来たわよ?」
誰かがドアを叩いていた。
これが夜なら、女房もこんな呑気な声では無いし、息子も隠さねばならないが今は昼だ。
「誰だ!」
「すまん、ここは宿屋か!?」
「冬はやってねぇよ!」
街道が閉ざされる冬は宿屋がやっている筈もない。商隊が一冬泊まり続ける場合もあるが、そういうのは商隊と関係が深い宿屋が専属の契約を結んでいる時だけだ。こんな小さな宿で冬に客を泊めるなど聞いた事もない。
「すまない、金は払えるんだ。何とかならないか!?」
「あんた、泊めてあげようよ。」
「…そうだな。よし…ボロ宿で良いなら、泊めてやるよ。」
人が良いとも、不用心とも言われるかも知れないが、冬の辛さを知ればこそ無下にも出来なかった。冬に助け合わなければ、生きていく事は出来ないのだ。
「すまない、助かった。」
「いらっしゃい。断っておくが、たいしたもてなしは出来ねぇよ?」
「いや、風をしのげれば十分さ。」
入ってきた旅装の男は年の頃三十歳くらいか。身の丈は大柄な親父より、更に頭一つは高い。この辺りでは、いや、西方では珍しい黒髪に黒い瞳。携えるのは朱塗り長槍だ。
「あんた、東側の人かい。珍しいな。」
「ははは。何、親父がガリュウの出なだけさ。俺はソーンの出だ。」
ガリュウは東側の列強国、ソーンはゼニアの南の小国だ。特産の豆は、西側諸国ではかなりの範囲で煮て食べられている。シンハでも、少し裕福な家庭なら、食べられない程では無い値段で売っている程だ。
「雇ってくれてる旦那がゼニアで足止めされてね。」
ゼニアはシンハより遥かに雪が多い。今年はシンハとの街道が、いつもの年より十日も早く閉ざされた。
先んじてシンハ王都の取引先まで来ていた一部が、そのままシンハに残る事になったのだと言う。
「王都の取引先に全員で世話にはなれないって事になってね。特に俺のような護衛の下っぱは、春になるまで好きにしろってなってな。」
荷が動く訳でも無いのに、護衛だけ居ても仕方ないという事らしい、と男は笑った。まあ、それでも春まで宿に泊まれるだけの金はくれたと。
「ここに名前を。字は書けるかい?」
「あまり上手くないけどな。」
「東側の字じゃないか。流石にそれじゃ困るよ。」
宿帳を見て、親父は顔をしかめた。東側と西側では言葉は同じでも字が違う。カクカクと角張った字は、親父には読めなかった。
「リュウグウだよ。リュウグウ・イチノセ。すまんが、春まで厄介になる。」

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