ざまぁ?的な物語?かも?

荒谷創

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とある料理人の場合

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この辺境にある城の厨房で料理を作る様になって、随分経った。
十数年。
驚きだ。よくもまあ、こんなに長いこと勤められたもんだと、我ながら感心する。
なんせ、今では厨房の最古参だ。
俺の前に居た人間は、もう全員死んだ。
俺と同期の人間も、全員、死んでいる。
俺の後に来た人間で三年生きていたのは、たったの二人だけだ。


まあ、俺が生きていられるのには、理由がある。
毒を盛らなかったからだ。
国中どころか近隣諸国に隠れもなき、残虐将軍。
いと猛々しき『死神』こと、ボータクス公爵子息アレクセイ。
五十万の領兵と、二十万の敵兵の首を狩り、もっと多くの領民を殺して回り、文字通り屍山血河を築き上げ、実の兄貴と弟と、奥方と、息子をついでにくびり殺した鬼畜生。
公爵の子息であり、将軍でありながら、殺しすぎる為に爵位を剥奪され、隣国の抑えにと辺境に封じられた戦狂い。
封じた中央はいいさ。
あの野郎は、中央なんかに興味は無い。
頭の中は戦、戦、戦、戦。
付き従っている騎士団も、まともな奴なんか一人も居ない。
日々、隣国や、隣領に狩りに行って獲物人間をかっ拐って来る外道共だ。
かっ拐われた方は、堪ったもんじゃない。
だから、料理人として厨房に入れられると、毒を盛っちまう。
だけど、奴は戦狂いだが、馬鹿じゃねえ。
どんな料理もまず、作った奴に食べさせてみるんだ。
酒を注いだら、味見させる。
酒に毒を仕込んだ奴は、ここで死ぬ。
料理を出したら、味見させる。
料理に毒を仕込んだ奴が、これで死ぬ。
酒と料理に仕込んだ奴は、まず先に出したもんで死に、残りの料理は適当に選んだ厨房で働かされている料理人奴隷に食わせる。
毒を盛っていなかった奴も、これで死ぬ。
だから、ま、俺が生きているのは、運みたいなもんでもある。
だから、俺は新しく入れられた奴に教えてやるのさ。
毒を入れるな!
ってな。

ある日、放り込まれてきた新入り。
散々、弄ばれて、ボロ切れみたいになった女。
仕事なんか、出来る訳がねぇ。
こういう奴はしばらくなら休ませても、文句は言われ無い。
休ませて具合が良くなりゃ、またいたぶれるからだ。
この城の兵士は、上から下まで親分そっくりだ。
……

「…お前、ハンナ…なの…か?」
「…お父さん…なの…?」
「ドルト村の、バランだ。」
「…なんで…今まで…」
「同じだ。俺も突然捕まって、連れてこられた…」
「………そう。お母さんが、言った通り…だったのね…連れて行かれたって…」
「セリア…母さんは?」
「村で…お父さんの事、待ってる…」
「…そうか………すまん…」
「…………お父さんは悪くないわ!みんな、あいつらが、悪いのよ!」
「…とにかく、今日は寝なさい。」
「うん…」

ボータクス公爵の使いが来た?
今夜、歓迎の晩餐?
一人、一品じゃ済まねえな。
よし。
俺が作る。
全部、俺が作るから、お前ら俺を見張っとけ。
酒?
使わねぇよ。
あの白豚が来た日は、特別だ。
秘蔵のワインを開けるんだ。
だから、下手な安酒を使った料理はまかりならんってこった。
宴会場の外の連中?
メニューは同じだ。飲む酒はいつものだがな。
年に三回だけ、こうやる。
死ななきゃ、覚えとけ。
ああ、お前らの分も酒が出るが、手をつけるなよ?後で殴られるからな。
………

それは、宴も酣。
いつもの様に毒味を済ませ、死神も、白豚の様な使者も、騎士団の大部分も等しく酔っぱらいと成り、夜回り警備の者も下働き奴隷共から取り上げた酒と料理をちょいちょいやりながら、ブラブラと弛んで歩いていた。
ふらり。
ふらり。
ふら……
城壁の上から、見回りの姿が消えた。

宴会場の外で呑んでいた騎士が、ふと、隣で呑んでいた同僚がバタリと倒れた事に気が付いた。
「おい、だらしない…ぞ?」
力が抜ける。
ガタンと、椅子から転げ落ちて…

「…バカ…な………」
「不思議か? まあ、そうだろう。」
倒れた自分を見下ろすのは、料理を作った料理人奴隷
とるに足らない、どうでも良い弱者家畜
「…安心しろ、死にはしない。」
そう言う男の声は、氷のように冷たい。
「単に、一生動けなくなるだけだ。」
一生、動けない…だと?
「精々、頑張ってくれ。俺には、お前らを殺してやる程の慈悲が、もう無いんでな。」
ま、待て!待ってくれ!!
「そろそろ声も出ねぇか。今までの分の給金と、娘の慰謝料は勝手に貰っていくぜ?文句は、無ぇよな?」
待て!治せ!オレは、偉大な将軍アレクセイだぞ!
「…お前らが、復讐したいなら、止めんよ。俺の気は済んだからな…」
宴会場を出ていく男と入れ替わりに、入って来たのは…奴隷家畜共…
待て、止めろ!おい!
ぎゃ!?
痛い!!
やめ…!
やめて!助けて!いた!いたい!いたい!!

ぎゃあぁあぁあぁああああ!!

荷馬車は進む。
懐かしき村へ。
産まれたばかりだった子は、もう立派な年頃の娘に育っていた。
記憶に焼き付いている妻そっくりに。
だから、やれたのだろう。
今までだって、チャンスはあったのだから。

一定の量を食べなければ、大丈夫な物。
加熱して、冷めない内に食えば大丈夫な物。
食った後で、酒を飲むと毒になる物。
連中がまず口をつけない、野菜と一緒に食べないと毒になる物。

医師だった俺には、いつでも切り札があったんだ。
だが、医師としてのつまらない矜持が、手を止めていた。
いや、単に自分の手を汚したくないと言う怯懦故か。
だが、娘の為なら、出来るもんだな。
あそこで転がっていた内、まだ生きているのが何人居るかはわからんが、何れ餓死するか、ネズミにでも食われるだろう。



まあ、もう知った事じゃ無ぇやな。
荷馬車は進む。
懐かしき村へ。
懐かしき、愛しい妻の元へ。
やっと。














    
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