琴音と鈴 ~心理学実験が目覚めさせたもう一人の私~

枢名ゆい

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二重の欲望

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## 第5章:二重の欲望

土曜日の昼過ぎ、私は直樹と渋谷でデートの約束をしていた。久しぶりの二人きりの時間だったが、いつものようなわくわくした感情が湧いてこない。

「琴音、最近何かあった?」
「ん?別に何もないけど、どうして?」
「いや、ほら、何か元気ないみたいだしさ」

映画を観た後のカフェで、直樹が心配そうに私を見つめていた。

「そう?いつも通りだと思うけど」
「講義もこないだ休んでたみたいだし、会ってもなんか上の空だし……何か悩みでもあるんじゃない?」

直樹の優しい眼差しが、かえって罪悪感を刺激する。でも、実験のことを話すわけにはいかない。別に後ろめたいからとかではない。単に実験結果について相談するまでもないからだし、実験結果について相談するなら直樹にではなく高瀬教授にするべきだ。

「ちょっと研究で忙しくて……」
「研究って、あの高瀬教授のやつ?」

その名前を聞いた瞬間、体の芯がじんと熱くなった。

「うん……社会心理学の実験で……」
「あの教授、なんか胡散臭くない?それに実験も琴音と一対一でやってるんでしょ?」
「そんなことない!」

思わず強い口調で反論してしまい、直樹が驚いたような顔をした。

「……ごめん。でも高瀬先生は立派な研究者だから」

なぜこんなに必死に擁護してしまうのか。でも、教授を悪く言われることが、我慢できなかった。

「そっか……でも無理しないでよ。俺、琴音のこと心配なんだ」

直樹が私の手を握る。恋人の温かい手のはずなのに、なぜか物足りなさを感じてしまう。教授の手の方が……

(何を考えてるの、私……)

その時、ポケットの中でスマートフォンが震えた。こっそり画面を確認すると、高瀬教授からのメッセージだった。

『今夜、実験室に来てください。重要な実験があります』

たったそれだけの文面なのに、まるで命令されることに、快感を覚えているかのように体の奥がきゅっと締まる。

「どうしたの?」
「え?あ、友達から。明日の講義の代返してくれない?だってさ」

咄嗟に噓をつく。直樹の顔を見ると、疑う様子はなかった。

「ははっ。まじめな琴音にも悪友がいるんだね」
「そうなのよ。そうそう聞いてよ」

本当は今すぐにでも実験室に行きたい衝動に駆られていた。でも、いくら実験の協力とはいえせっかくこうして時間を作ってくれた直樹を置いていくこともはばかられた。

「今日はもう遅いし、送っていくよ」
「ううん、大丈夫。一人で帰れるから」

駅で別れた後、私は自然と大学の方向へ足を向けていた。

(まだ時間があるし……少し研究室に寄るだけ……)

自分に言い訳をしながら、でも私の中で何かが疼いていた。教授の低い声が脳裏に響き、肌が熱を帯びていく。理性では抑えきれない衝動が、身体の奥底から湧き上がってくる。

夜の大学は静かで、人影もまばらだった。実験室のある建物に入ると、廊下の奥に明かりが見える。

扉をノックすると、すぐに教授の声が聞こえた。

「どうぞ」

その低い声が耳朶を撫でる瞬間、全身を電流のような感覚が駆け抜けた。まるで身体のスイッチが入ったかのように、呼吸が浅く速くなっていく。

「失礼します……」

実験室に入ると、いつもと雰囲気が違っていた。照明が少し落とされ、簡易ベッドが置かれている。

「鈴さん、来てくれてありがとうございます」

鈴……その名前で呼ばれた瞬間、私の中で何かが切り替わった。

「先生に呼ばれたら、来ないわけにはいきませんから」

自分でも驚くような甘い声が出る。

「今日は特別な実験です。あなたの限界を確認したいのです」
「私の限界……ですか?」
「はい。そのため講義も予定もない夜に呼び出させていただきました」

教授が私に近づいてくる。その歩みに合わせて、心臓の鼓動が速くなっていく。

「まず、リラックスしてください」

ベッドに座るよう促され、私は素直に従った。
この部屋で会話をしているだけでふわふわとしたいつもの感覚に包まれ、深呼吸すればするほど、深く落ちていく感覚に包まれていく。

「目を閉じて」

瞼を閉じると、他の感覚が研ぎ澄まされる。教授の息遣い、かすかな体温、そして何より、この声。いつものイヤホン越しではない声に全身が震わされ、脳の奥深くに直接響くような甘美な響きに包まれる。

「あなたの身体は、私の言葉で興奮を覚えます」

耳元で囁かれた瞬間、背筋がぞくりと粟立った。

「はい」
「そして、前回は私の声だけで強く感じました」
「はい」
「今日はどこまで感じることができるかの実験です」
「はい」

教授の低く優しい声が脳内に響くたび、頭の芯が蕩けていく。

教授の手が、私の頬に触れる。
指先が頬に触れた瞬間、全身の細胞が一斉に目覚めたような感覚に襲われる。肌が粟立ち、背筋を甘い痺れが這い上がっていく。

「これからもっと感じることをしていきます。いいですね?鈴さん」
「実験……ですもんね……」

頬が熱くなる。心臓が破裂しそうに高鳴っている。

「そうです。あなたは被験者なんです。それに……」

突然、唇を塞がれた。教授の舌が口内に侵入してくる。ぬらぬらと蠢く舌の動きに翻弄され、頭の中が真っ白になる。

「鈴さんはもう、私なしでは満足できない体になっています」
「はい……」

その言葉が胸の奥深くに突き刺さる。直樹の優しい笑顔を思い浮かべても、すぐに教授の鋭い眼差しに塗り替えられてしまう。

唇が離れると、息が上がり、全身が酸素を求めていた。

「素晴らしい反応です」

その賞賛の言葉に、胸の奥が甘く疼く。承認欲求と性的な欲望が混ざり合い、全身が火照っていく。教授に認められることが、この上ない快楽に感じられる。

教授の手が、ブラウスのボタンに触れる。

「脱がせてもいいですか?」
「……はい」

拒否する選択肢など、最初から存在しなかった。

一枚ずつ、丁寧に服を脱がされていく。まるで大切な贈り物を開けるような手つきに、自分が特別な存在だと錯覚してしまう。

「美しい……」

下着姿になった私を見て、教授が呟く。その視線だけで、肌が粟立つ。

「もう濡れていますね」

羞恥と興奮が入り混じり、顔から首筋まで熱くなっていく。薄い布地越しにも分かるほど、秘部は既に蜜を溢れさせていた。

「前回も申し上げた通り恥ずかしがることはありません。これは正常な反応です」

教授の指が、下着の上から秘部に触れる。

軽く触れられただけなのに、今まで感じたことがないほど大きな反応が体を駆け巡る。

「わかりますか?私の言葉に、あなたの体が反応しています」
「やっ……」
「これは実験の成果です。あなたの意識が変化している証拠なのです」

教授の言葉が、鼓膜を通じて脳を揺らす。それすらも快感に変換されてしまう。

「それに、以前の実験でも絶頂していますよね?」
「そ、それは……」

恥ずかしい事実を指摘され、顔が真っ赤に染まる。

(やっぱりばれてたんだ……)

先日の実験で乳首を愛撫された時のことを思い出す。あの時の、頭が蕩けるような感覚が忘れられない。

「あれはあなたが望んだことです。私が誘導したのは事実ですが、あなた自身がそれを望んでいたのです」
「そんな……」
「これからあなたはより一層私に対して性的興奮を感じるようになります。私の言葉に反応するようになってしまうでしょう」

身体がぶるっと震える。その瞬間、頭の中でぱちんと火花が散ったように視界が白くなった。下腹部の奥から熱いものがこみ上げてくる。

「あっ、あっ、ああぁっ!!」

次の瞬間、全身に痙攣が走る。つま先から頭頂部まで、全身余すところなく雷に打たれたかのような衝撃に襲われた。

「声だけで感じるようになっているのです。直接触られたらどうなるかわかりますね」

教授が私の股間に触れるか触れないかの距離に指を置く。それだけで身体中がゾクゾクと震え上がる。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

息が上がる。期待と不安が入り交じり、心臓の音がうるさいくらいに耳に響いてくる。

「触って欲しいですか?」
「はいっ、お願いしますっ……!」

思わず懇願するような声が出てしまう。体の内から湧き出す欲情を抑えることができなくなってしまっている。

「はぁっ、ああんっ!!」

布越しに触れただけの刺激だというのに、腰が跳ね上がった。
先端を軽く撫でられるだけで、あまりの快感に身をよじってしまう。声が抑えられず、口から勝手に漏れ出していく。

「感度が上がっていますね。このままこするとどうなりますか?」
「はぁっ、だめぇっ!おかしくなっちゃうっ!!」

答えを聞く前に、指が動く。

「ーーーーーーーっ!?!?」

脳内で閃光が弾け、思考回路が焼き切れる。身体が激しく痙攣し、呼吸が止まる。腰が跳ねあがり、背中が大きく仰け反る。
意識が飛ぶほどの絶頂が全身を襲い、何も考えられなくなり、意識が一瞬途切れた。
気がつくと、糸が切れた人形のように脱力していた。

「大丈夫ですか?」
「だいじょぶ……れす……」

呂律の回らない舌で返事をする。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔はきっとひどい有様だろう。
教授がハンカチで涙を拭ってくれる。

「すみません。実験を優先して少しやりすぎましたね」

謝る口調とは裏腹に、その目は輝いていた。

「いいえ……協力できて嬉しい……です……」

本心から出た言葉だった。教授が本気で私のことを気にかけてくれているような気がした。

「順調に進んでいるようですね」
「はへ……?」
「今日は鈴さんの意識の変化を確かめると言いましたよね?」

教授の言葉に、自分の状態を確認する。体は完全に教授の支配下にあった。

「ところで女性が一番感じるのはどういった瞬間だと思いますか?」
「一番……?」
「そうです」
「すみません……分かりません……」
「今の快感はいわば疑似的な快感です」

教授の手が伸びてきて、私の頬に触れる。それだけで全身が震えるほどの反応を示した。

「本当の快感は、もっと深いところにあります」
「深いところ……」
「どうしますか?」

教授が言っている事を理解してしまった。そして、その想定を私の心も体も望んでいた。

「琴音さんに彼氏さんが居るのは初日に伺っています。しかし、今は鈴さんです。鈴さんなら何も問題ありませんよね?」
「……あ」
「それに性に興味津々で、快感に貪欲でな鈴さんがこんな状況で我慢できるわけがありません」

目の前に現れた教授の肉体に、息を呑む。引き締まった体、そして既に硬く勃起した男性器。

「あ、あ……」
「そうでしょう?」

視線が吸い寄せられ、釘付けになってしまう。
教授の言葉はまさに図星だった。そもそも性欲旺盛な私が目の前に最高の男根を見せつけられたらどうなるか、そんなのーーーー。

「さぁ、琴音さん。どうしますか?」

教授が私の耳元に顔を寄せる。

口から唾液が流れ出る。無意識のうちに首を縦に振ってしまった。

「それに、そもそも被験者のあなたに拒否権はないはずです」

そう言うと、教授は再び唇を重ねてきた。今度は舌を絡め合う大人のキス。脳髄までも蕩けてしまいそうな濃厚なディープキスを堪能しているうちに、思考能力が奪われていく。

「あなたはこれを求めていたはずです」

その言葉が、私の中に潜んでいた欲望を白日の下に晒す。毎晩ベッドの中で教授の声を聴きながら想像していた光景、教授の腕に抱かれる自分の姿が、今まさに現実になろうとしている。

「おねがい……します……っ。入れてください…………実験……早く……」

息も絶え絶えに懇願する。教授が生唾を飲み込む音が聞こえた気がした。

「いいでしょう。目を覚ましたらそのまま家に帰ってくださいね。琴音さんはいつも通りです」
「はいっっ!んっくっ、はひっ!」

朦朧とする意識の中で、私はただ頷くことしかできなかった。


***

(あれ……?)

目覚めると、天井が見えた。

(私の……家……?)

ベッドから起き上がると、身体に違和感を感じた。いつもより重い。特に体の奥が疼いているような感覚がある。

(ふーっ……)

昨夜の実験の記憶が断片的によみがえる。教授の手、声、そして……

「うわ……体……だるっ……」

とりあえずお風呂に入ろう。汗もかいているし、すっきりしたい。

ぶーん、ぶーん。

スマホが鳴った。確認すると直樹からだった。
しばらくなり続けるスマホを眺め、しばらくすると切れた。履歴を確認すると何件も着信があった。
一応『どうしたの?』と連絡するとすぐにまた電話がかかってきた。

「もしもし?どうしたの?」
『どうしたのじゃないよ。朝の連絡もないし、何かあったんじゃないかって心配したんだから』

朝?そう思いながら外を見ると、もう太陽はずいぶんと高く昇っていた。時計を見ると、もうお昼近い時刻になっている。

「あーごめん。直樹が言う通り体調悪かったみたいでさ。寝ちゃってた」
『え、本当!?大丈夫?何か買っていこうか?』
「大丈夫、大丈夫。ちょっと寝たらもう元気になったから」
『それならいいけど……』
「ごめんね。次はちゃんと連絡するから」

そんなに時間経ってたんだ。直樹に返事をしながら、心拍数が高まっていくのを感じた。昨日教授のところに行ったのは20時前、そこからの記憶があまり残っていない。

『そっか……やっぱり高瀬教授に相談してみたら?』
「何を?」
『琴音がそんなに疲れるまで実験につき合わせてるだろ?まったく人使い荒いよな』
「そんなことないよ」

思った以上に冷たい声が飛び出した。

「実験だってそんなに数多くないし、質問に行くと適切な指導をしてくださってるだけだよ」
『そうなのか?でも……』
「というか私が高瀬教授に時間もらってるんだから。実験なんて関係ないよ」

確かに昨日は色々とあった。実験の結果今も若干体がだるい。でも、あくまで実験に協力しているに過ぎない。そんなこといちいち言う必要はないし、直樹にそんなこといちいち口をはさんでほしくなかった。

『まあ、琴音がそう言うんならそれでいいけどさ』
「そうだよ。直樹が心配するようなことじゃないから」

じゃ、また連絡するね、そう言って話を切り上げた。通話を終了してからため息をつく。
まぁいいか。そんなことよりシャワー浴びたい。
教授とのやりとりを思い出しながら私は浴室に向かった。
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