コミュ障なのにコミュ力MAXで困ってます

第73話 誤解が紡ぐ、新たな絆

　イズミの無自覚なイライラをよそに、サイトウと宮内さんとの仕事上の交流は、日を追うごとに増えていった。地域活性化プロジェクトは本格的に動き出し、サイトウは宮内さんと共に、市内の商店街やNPO団体との打ち合わせに顔を出す機会が増えていた。

「サイトウさん、今日は商店街の会長さんとの打ち合わせです。少し癖のある方ですが、サイトウさんの『飾らないお人柄』なら、きっと大丈夫です」

　宮内さんは、いつもサイトウのコミュ障ゆえのぎこちなさを「謙虚さ」や「誠実さ」と解釈し、サイトウを励ました。サイトウは、そのたびに内心で「いや、俺はただ緊張してるだけなんです……」と叫びたくなったが、口から出るのは「は、はい……」という小さな返事だけだった。

　商店街の会長は、確かに一筋縄ではいかない人物だった。地域の活性化には賛成だが、新しいことには懐疑的で、なかなか話が進まない。サイトウは、会長の威圧感に気圧され、ますます言葉が出なくなってしまう。

（どうしよう……何も話せない……）

　サイトウが冷や汗をかいていると、宮内さんがサイトウの隣で、会長の言葉に丁寧に耳を傾け、的確な質問を投げかけていた。その姿は、まさに仕事のできるキャリアウーマンそのものだった。

「会長のおっしゃる通り、新しい取り組みには慎重になるべき点もございます。しかし、サイトウさんのような、地域を心から愛する方が中心となって進めれば、きっと皆さんのご理解も得られるはずです」

　宮内さんは、サイトウの言葉の少なさを「地域への深い思い」と解釈し、会長に語りかけた。会長は、宮内さんの言葉に納得したように頷き、サイトウをじっと見つめた。

「ふむ……サイトウくんか。確かに、あんたの目は、まっすぐで嘘がない。宮内さんがそこまで言うなら、一つ、協力してみるか」

　サイトウは、何もしていないのに話がまとまっていく状況に、ただただ呆然とするばかりだった。

　打ち合わせ後、宮内さんはサイトウに笑顔を向けた。

「サイトウさんのおかげです。本当に助かりました」
「い、いえ……俺は、何も……」

　サイトウがどもると、宮内さんはまたくすりと笑った。

「そういうところが、サイトウさんの魅力ですよ。私、サイトウさんと一緒に仕事をしていると、なんだか癒されるんです」

　宮内さんは、普段、仕事では常に気を張り、完璧であろうと努めてきた。しかし、サイトウの前では、不思議と肩の力が抜けるのを感じていた。彼のぎこちなさや、言葉の少なさが、宮内さんには「包容力」のように感じられたのだ。

　サイトウは、宮内さんの言葉に、複雑な感情を抱いた。仕事ができる宮内さんを尊敬し、彼女の隣で仕事ができることを嬉しく思う。しかし、彼女が自分に抱いているイメージと、実際の自分とのギャップに、いつも戸惑いを隠せないでいた。

（癒されるって……俺、何もしてないのに……）

　二人の仕事上のパートナーシップは、宮内さんのサイトウへの「誤解」と、サイトウのコミュ障ゆえの「無言の肯定」によって、着実に深まっていった。

　その日の夜、サイトウは家のリビングでイズミと、そしてなぜか最近よく家に遊びに来る小西くんに、今日の出来事を話した。

「へぇ、サイトウのコミュ力、商店街の会長まで落としたのか。すげぇな」

　イズミは、相変わらずサイトウをからかうが、その表情にはどこか複雑なものがあった。小西くんは、サイトウの「仕事術」に感銘を受けているようだった。

「サイトウ先輩、素晴らしいです！　僕もサイトウ先輩を見習って、もっと営業力を磨きます！」

　サイトウは、二人の言葉にうんざりしながらも、宮内さんの笑顔を思い出した。彼女が自分に抱く期待に応えたい、という気持ちが、サイトウの中に芽生え始めていた。それは、コミュ障の彼にとって、新たな一歩になるかもしれない、淡い予感だった。