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第1話 かくしてサイトウは困っている
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社会人五年目、サイトウは今日もまた、会社という名の戦場で静かに息をひそめていた。周囲では、同僚たちが楽しげに談笑し、時に熱く意見を交わしている。サイトウは、その輪にどう加わればいいのか、そもそも加わりたいのかすら分からず、自分のデスクのパソコン画面をぼんやりと眺めていた。
「俺、コミュ障だしな……」
心の中でそっと呟く。小中高、そして大学と、友達と呼べる存在はほとんどできなかった。唯一、小学生から付き合いのある親友がいるだけだ。
休み時間に誰かと話すより一人で本を読んでいる方が楽だったし、皆で集まってワイワイ騒ぐのが苦手だった。
人との適切な距離感が分からない。何を話せば相手は喜ぶのか、どうすれば場が和むのか、まったくピンとこない。
典型的な、絵に描いたようなコミュ障。それはサイトウ自身が、誰よりも深く認識している自己評価だった。
会社に入ってからも、人付き合いは最小限に留めるように心がけていた。仕事は真面目にこなす。頼まれたことはきちんとやる。それ以上でもそれ以下でもなく、波風を立てずに一日を終えることが目標だった。
そんなサイトウを、時々予想外の出来事が襲う。
今日のお昼休み前、サイトウが給湯室でコーヒーを淹れていると、プロジェクトのことで悩んでいるらしい後輩の田中くんが、俯き加減で入ってきた。
サイトウは、得意ではないながらも「どうしたの?」と声をかけようか迷い、結局「……お疲れ」とだけ絞り出した。
田中くんは顔を上げ、「あ、サイトウ先輩、お疲れ様です」と力なく答えた。
それ以上の会話は続かず、気まずい沈黙が流れる。サイトウは「ああ、やっぱり俺はこういう時、気の利いた一言も言えないコミュ障なんだ」と内心で深くため息をついた。
コーヒーを淹れ終え、田中くんの隣を通り過ぎようとした、その時だった。
「サイトウ先輩、相談があるんです」
そう言うやいなや、田中くんが、まるで堰を切ったように話し始めたのだ。プロジェクトのプレッシャー、先輩との人間関係の難しさ、自信のなさ……抱え込んでいた悩みが、次々とサイトウにぶつけられた。
サイトウはただ、相槌を打ちながら、時に「へえ」「なるほど」と短く応じることしかできなかった。気の利いたアドバイスなんて何も思いつかない。ただ、彼の言葉を遮らず、ただただ聞いているだけだった。
田中くんが話し終えた後、長い沈黙があった。サイトウは「何か言わなきゃ」と焦ったが、何も言葉が出てこない。すると、田中くんがふっと顔を上げた。その表情は、来る時とは見違えるほど晴れやかだった。
「……サイトウ先輩。なんか、話してたらスッキリしました! ありがとうございます!」
深々と頭を下げる田中くんに、サイトウは目を丸くした。
「え? 俺、何もしてないけど……」
「いえ! サイトウ先輩が黙って聞いてくれただけで、なんかこう……心のもやもやが消えたっていうか、元気が出ました! 本当に感謝してます!」
キラキラした目で感謝されるサイトウは、狐につままれたような気分だった。自分はただそこに立って、相槌を打っていただけだ。
何も特別なことは言っていないし、気の利いた励ましもしていない。それなのに、なぜ田中くんは元気になったというのか?
そして、サイトウの体には、田中くんが話している間にはなかった、得体の知れない疲労感と、ほんの僅かなネガティブな感情の澱のようなものが残っていた。
こういうことが、最近頻繁に起こるのだ。
誰かの悩みを聞いていると、相手は不思議とスッキリして、サイトウに感謝する。
サイトウ自身は、何も解決策を提示していないし、心に響くような言葉もかけていないのに。そして、なぜかサイトウの方に、話していた相手の抱えていたはずの重苦しさが少しだけ移ったような、妙な疲労感が残るのだ。
極めつけは、先月、会社で受けたコミュニケーション能力に関する性格判断テストの結果だった。診断結果は、サイトウにとって全く理解不能なものだった。
『コミュニケーション能力:100%』
その数値を見たとき、サイトウは吹き出すのをこらえるのに必死だった。「俺が? 100%? 間違いだろ!」と、本気でシステムエラーを疑った。項目別に見ても、「傾聴力:Sランク」「共感性:Sランク」「対人影響力:Aランク」など、サイトウの自己認識とはかけ離れた評価が並んでいた。
システムエラーじゃないとしたら、これは一体どういうことなのだろう?
自分では人との関わり方が分からない、常にコミュ障だと思い悩んでいる。それなのに、なぜか周囲からは感謝され、時には尊敬の眼差しを向けられることすらある。そして、得体の知れない疲労感が残る、今のこの状態。
サイトウは、一人になったデスクでそっと頭を抱えた。
「コミュ障なのに、なぜかコミュ力MAXらしい。……一体どうすりゃいいんだ、これ?」
社会人五年目のサイトウは、文字通り「コミュ障なのにコミュ力MAX」であることに、本気で困っていた。
「俺、コミュ障だしな……」
心の中でそっと呟く。小中高、そして大学と、友達と呼べる存在はほとんどできなかった。唯一、小学生から付き合いのある親友がいるだけだ。
休み時間に誰かと話すより一人で本を読んでいる方が楽だったし、皆で集まってワイワイ騒ぐのが苦手だった。
人との適切な距離感が分からない。何を話せば相手は喜ぶのか、どうすれば場が和むのか、まったくピンとこない。
典型的な、絵に描いたようなコミュ障。それはサイトウ自身が、誰よりも深く認識している自己評価だった。
会社に入ってからも、人付き合いは最小限に留めるように心がけていた。仕事は真面目にこなす。頼まれたことはきちんとやる。それ以上でもそれ以下でもなく、波風を立てずに一日を終えることが目標だった。
そんなサイトウを、時々予想外の出来事が襲う。
今日のお昼休み前、サイトウが給湯室でコーヒーを淹れていると、プロジェクトのことで悩んでいるらしい後輩の田中くんが、俯き加減で入ってきた。
サイトウは、得意ではないながらも「どうしたの?」と声をかけようか迷い、結局「……お疲れ」とだけ絞り出した。
田中くんは顔を上げ、「あ、サイトウ先輩、お疲れ様です」と力なく答えた。
それ以上の会話は続かず、気まずい沈黙が流れる。サイトウは「ああ、やっぱり俺はこういう時、気の利いた一言も言えないコミュ障なんだ」と内心で深くため息をついた。
コーヒーを淹れ終え、田中くんの隣を通り過ぎようとした、その時だった。
「サイトウ先輩、相談があるんです」
そう言うやいなや、田中くんが、まるで堰を切ったように話し始めたのだ。プロジェクトのプレッシャー、先輩との人間関係の難しさ、自信のなさ……抱え込んでいた悩みが、次々とサイトウにぶつけられた。
サイトウはただ、相槌を打ちながら、時に「へえ」「なるほど」と短く応じることしかできなかった。気の利いたアドバイスなんて何も思いつかない。ただ、彼の言葉を遮らず、ただただ聞いているだけだった。
田中くんが話し終えた後、長い沈黙があった。サイトウは「何か言わなきゃ」と焦ったが、何も言葉が出てこない。すると、田中くんがふっと顔を上げた。その表情は、来る時とは見違えるほど晴れやかだった。
「……サイトウ先輩。なんか、話してたらスッキリしました! ありがとうございます!」
深々と頭を下げる田中くんに、サイトウは目を丸くした。
「え? 俺、何もしてないけど……」
「いえ! サイトウ先輩が黙って聞いてくれただけで、なんかこう……心のもやもやが消えたっていうか、元気が出ました! 本当に感謝してます!」
キラキラした目で感謝されるサイトウは、狐につままれたような気分だった。自分はただそこに立って、相槌を打っていただけだ。
何も特別なことは言っていないし、気の利いた励ましもしていない。それなのに、なぜ田中くんは元気になったというのか?
そして、サイトウの体には、田中くんが話している間にはなかった、得体の知れない疲労感と、ほんの僅かなネガティブな感情の澱のようなものが残っていた。
こういうことが、最近頻繁に起こるのだ。
誰かの悩みを聞いていると、相手は不思議とスッキリして、サイトウに感謝する。
サイトウ自身は、何も解決策を提示していないし、心に響くような言葉もかけていないのに。そして、なぜかサイトウの方に、話していた相手の抱えていたはずの重苦しさが少しだけ移ったような、妙な疲労感が残るのだ。
極めつけは、先月、会社で受けたコミュニケーション能力に関する性格判断テストの結果だった。診断結果は、サイトウにとって全く理解不能なものだった。
『コミュニケーション能力:100%』
その数値を見たとき、サイトウは吹き出すのをこらえるのに必死だった。「俺が? 100%? 間違いだろ!」と、本気でシステムエラーを疑った。項目別に見ても、「傾聴力:Sランク」「共感性:Sランク」「対人影響力:Aランク」など、サイトウの自己認識とはかけ離れた評価が並んでいた。
システムエラーじゃないとしたら、これは一体どういうことなのだろう?
自分では人との関わり方が分からない、常にコミュ障だと思い悩んでいる。それなのに、なぜか周囲からは感謝され、時には尊敬の眼差しを向けられることすらある。そして、得体の知れない疲労感が残る、今のこの状態。
サイトウは、一人になったデスクでそっと頭を抱えた。
「コミュ障なのに、なぜかコミュ力MAXらしい。……一体どうすりゃいいんだ、これ?」
社会人五年目のサイトウは、文字通り「コミュ障なのにコミュ力MAX」であることに、本気で困っていた。
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