コミュ障なのにコミュ力MAXで困ってます

西東キリム

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第8話　ゴルフという名の試練

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　社長室から解放されたサイトウは、どっと疲れ果てていた。手の中には金一封が入った封筒。頭の中は、社長とのゴルフのことでいっぱいだ。早く家に帰って、イズミに相談したい。

　玄関ドアを開けると、美味しそうな匂いが漂ってきた。リビングでは、イズミが夕食の準備をしていた。サイトウは、会社でのあの居たたまれない雰囲気と、社長とのゴルフという重圧から解放され、一気に気が緩んだ。

「ただいま……」

　力なく声をかける。イズミが振り返る。

「お、おかえり。早いな……って、なんだその顔？」

　イズミはサイトウの顔を見て、眉をひそめた。サイトウの顔には、「疲労」と「困惑」、そして「絶望」が貼り付いていた。

「イズミ……大変なんだ……」

　サイトウは、会社の社長室で起きたことをイズミに話した。社長に労われたこと、金一封をもらったこと、そして……ゴルフに誘われたこと。

「……でさ、俺、ゴルフなんてしたことないし、ああいう目上の人と一日中一緒にいるとか、考えただけで胃が痛くなるっていうか……どうしよう、イズミ！」

　サイトウは、ソファに崩れ落ちながらイズミに詰め寄った。社長からの誘いを断れなかった自分にも腹が立つし、これから訪れるゴルフという未知の、そして恐ろしいイベントにも怯えている。

　イズミは、サイトウの話を冷静に聞いていた。料理の手を止め、サイトウに向き直る。

「社長とゴルフか。まあ、お前の『コミュ力』が、会社のトップにも気に入られたってことだろ。大したもんだな」
「だから、コミュ力とかじゃないって！　ていうか、大したもんとかじゃなくて、困ってるんだよ！　社長とゴルフなんて、どうすればいいんだよ！」

　サイトウはジタバタした。イズミはそんなサイトウを見て、呆れたような、しかし少し面白がるような目で言った。

「普通にしてればいいんだよ。社長だって人間だろ。それに、お前の『コミュ力』なら、向こうが勝手に気持ちよくなってくれるだろ」
「普通って言われても、普通が分かんないのがコミュ障なんだって！　それに、ゴルフなんてやったことないし、ルールも知らないし、何が必要なのかも分からないし……ああ、どうしよう！　絶対失敗する！」

　サイトウは頭を抱えた。イズミのアドバイスは、サイトウにとっては全く役に立たない。そもそも、「普通にしていれば大丈夫」が通用しないから困っているのだ。

　イズミは、心底困り果てているサイトウの様子を見て、ため息をついた。そして、何かを考えるように顎に手を当てた。サイトウの「コミュ力」が、今度は社長にまで影響を及ぼし、プライベートな付き合いにまで発展してしまった。サイトウの能力は、彼の意図しないところで、着実に人間関係を広げ、彼を新たな困り事の中心へと押しやっている。

「……仕方ないな」

　イズミはポツリと言った。

「え？」
「俺もゴルフ、付き合ってやるよ」
「……ええええっ！？」

　サイトウは、イズミの言葉に目を丸くした。親友が、あの社長とのゴルフに付き合ってくれる？

「だって、お前、一人じゃ何もできないだろ。ゴルフウェアもクラブも持ってないくせに、どうやって行くんだよ」

　イズミは冷静に理由を並べたてた。

「それに、お前の『コミュ力』が社長相手にどう作用するのか、ちょっと興味あるし。万が一、お前の能力が暴走して、社長に土下座でもさせたら大変だしな」

　最後の理由は冗談だろうが、イズミが来てくれるという事実だけで、サイトウの心は一気に軽くなった。絶望的な気持ちで固まっていた体が、少しずつ溶けていくようだ。

「ほんとに！？　イズミ、来てくれるの！？」
「ああ。ただし、当日、お前の『コミュ力』で社長を感涙させて、会社の株価が暴騰したら、その利益の半分は俺によこせよ」

　イズミはそう言ってニヤリと笑った。サイトウは、イズミの冗談に少しだけ笑顔になり、心底ホッとした。イズミが一緒なら、社長とのゴルフも、なんとか乗り切れるかもしれない。

「ありがとう、イズミ！　ほんとにありがとう！」

　サイトウは、感謝の気持ちを込めて言った。イズミは肩をすくめる。

「礼はゴルフ場で思う存分、社長の心を掴んでから言え。あ、その前に、ゴルフの打ちっぱなしにでも行くか？　少しは練習しとかないと、さすがにお前、社長相手に恥かくだろ」

　イズミの提案に、サイトウは「う……」と再び怯んだが、イズミが一緒に来てくれるなら、と覚悟を決めた。

　こうして、コミュ障なのにコミュ力MAXで困っているサイトウの、社長とのゴルフという新たな試練に、親友イズミも巻き込まれることになったのだった。ゴルフ当日、サイトウの無自覚なコミュ力は、会社のトップにどう作用するのだろうか。そして、イズミはその一部始終をどう見守るのだろうか。二人の、そして社長の、波乱含みのゴルフが、今、始まろうとしていた。

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