コミュ障なのにコミュ力MAXで困ってます

西東キリム

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第15話 肉食系女子のターゲット、コミュ障、困る

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 田中くんから、片思いの相手である藤原さんと三人で飲みに行くことになった、と告げられたサイトウは、その場で固まってしまった。三人? 俺と田中くんと藤原さん? なぜそうなるんだ? 自分が適当に「飲みに誘えば」と言っただけなのに、まさか自分まで巻き込まれるなんて。

 サイトウは、この事態をイズミに相談したかった。いつものように、イズミに「こんなことになったんだけど、どうすればいい?」と聞きたかった。イズミなら、きっと冷静に、そして少し皮肉を込めて、サイトウの能力が引き起こした事態を分析してくれるだろう。そして、何かアドバイスをくれるかもしれない。
 しかし、今回は、そういうわけにはいかなかった。イズミは、サイトウの「コミュ力」には気づいているが、プライベートな、特に恋愛絡みの三人飲み会に、イズミを巻き込むわけにはいかないと思ったのだ。それに、「三人」という時点で、イズミを誘うのはおかしい。

(イズミ……助けてくれ……)

 サイトウは、心の中でイズミに助けを求めたが、結局一人でこの難題に立ち向かわなければならなかった。

 飲み会当日。サイトウは朝から胃がキリキリと痛んでいた。会社に行くよりも緊張する。会社に行くのは仕事という明確な目的があるが、三人での飲み会、しかも後輩の恋愛を応援する(?)という、目的が曖昧な上に、自分自身のコミュ障が露呈する可能性しかない場所に行くのは、サイトウにとって苦痛でしかなかった。

 待ち合わせの居酒屋の前で、サイトウは田中くんと合流した。田中くんは、サイトウとの三人飲み会が実現したことに興奮しつつも、これから好きな人と会える緊張で、ソワソワしている。

「サイトウ先輩、今日はありがとうございます! まさか、サイトウ先輩に来ていただけるとは……!」

 田中くんはサイトウに深々と頭を下げた。

「いや、俺は、その……田中くんが、その……」

 サイトウは、自分がなぜここにいるのか、うまく説明できない。
 間もなくして、藤原さんが現れた。藤原さんは、田中くんと同じ課の女性社員だ。サイトウは、藤原さんの第一印象に、思わず目を丸くした。溌剌としていて、目が力強い。なんとなく、人を惹きつけるオーラを放っているような気がする。そして、田中くんが言っていた通り、かなりの美人だ。

「あ、サイトウさん! 田中くんからお話聞いてました! 今日はありがとうございます!」

 藤原さんは、サイトウを見るなり、明るい笑顔で話しかけてきた。その笑顔には、何か明確な意図が隠されているような……サイトウは、藤原さんの積極性に、少しだけ気圧された。田中くんが、藤原さんのことを「片思い」と言っていたが、藤原さんの方も、サイトウに対して何かしらの興味を持っているような雰囲気を感じる。サイトウの無自覚な「人たらし力」が、ここでも既に発動しているのかもしれない。

 店内に入り、三人でテーブル席に着いた。サイトウは、田中くんと藤原さんの間に挟まれるように座った。田中くんは、藤原さんの向かいに座れて嬉しそうだが、緊張でほとんど話せないでいる。サイトウも、何を話せばいいか分からず、とりあえずメニューに視線を落とした。
 飲み物が運ばれてきて、乾杯。ぎこちない会話が始まった。主に藤原さんが、田中くんやサイトウに話しかけてくる。田中くんは、緊張しながらも一生懸命応えようとするが、空回りしているように見える。サイトウは、二人の会話を聞きながら、どうすれば田中くんの恋がうまくいくか…なんて考えようとするが、やはり何も思いつかない。

 すると、藤原さんがサイトウの方に体を向けた。

「サイトウさん、あの、ナンデモフーズさんの件、田中くんから聞きました! 会社のピンチを救った英雄だって! すごいですね!」

 藤原さんは、目を輝かせながらサイトウに話しかけてきた。ナンデモフーズの件に始まり、社長とのゴルフの話など、会社で噂になっているサイトウの「英雄談」について質問してくる。サイトウは、自分がなぜそんなに「すごい」と言われているのか理解できないため、しどろもどろになりながら「いや、そんな、たいしたことじゃ……」と謙遜するしかない。
 藤原さんは、サイトウの謙遜を聞いても、さらに興味を持ったようだ。

「もう、サイトウさんってば、謙虚なんですね! そういうところも素敵!」

 そう言いながら、藤原さんがサイトウの腕に触れてきた。サイトウは、突然のボディタッチにビクッとした。どう反応していいか分からない。コミュ障のサイトウにとって、人との物理的な距離が縮まることは、とても苦手なことだ。

 その後も、藤原さんのサイトウへのアプローチは続いた。会話の中で、サイトウの趣味や休日の過ごし方などを積極的に聞いてくる。そして、その度に、さりげなく、しかし確実にボディタッチを織り交ぜてくる。肩に触れる、腕を掴む、身を乗り出してくる……。サイトウは、藤原さんの積極性と、慣れないボディタッチに、ただただ困惑するばかりだ。

(な、なんだこの人……!? なんでこんなにグイグイくるんだ!? ていうか、近い! 近いよ!)

サイトウは内心で絶叫していた。

(どうすればいいんだ? 断りたいけど、なんて言えばいいんだ? 田中くんもいるのに……)

 田中くんは、サイトウと藤原さんのやり取りを複雑な表情で見ている。好きな人が、自分の目の前で、サイトウ先輩に積極的にアプローチしている。その光景に、嬉しさよりも、焦りや、かすかな諦めを感じているのかもしれない。サイトウ先輩の「コミュ力」は、田中くんが思っていた以上に強力で、そして自分の恋の強力なライバルになっていることを、田中くんは肌で感じ取っているようだった。

 サイトウは、藤原さんの積極的なアプローチとボディタッチに困惑しながらも、彼女の話を、コミュ障なりに、そして無意識の能力(傾聴力、共感性)を発動させながら聞いていた。藤原さんはサイトウと話すうちに、ますますサイトウに惹かれていくのが、サイトウにはぼんやりと伝わってきた。彼女の心の中の「サイトウさん、素敵……」「彼氏にしたい……」という感情が、サイトウの中に流れ込んでくるような感覚。サイトウは、それが自分の「人たらし力」が恋愛感情を加速させている結果だとは知らず、ただ彼女の熱量に圧倒されていた。

「ねえ、サイトウさん。今度、二人で飲みに行きません?」

 藤原さんが、追い打ちをかけるようにサイトウに問いかけた。サイトウは、その言葉に、完全にフリーズした。二人で? 田中くんがいるのに? コミュ障の自分に、二人で飲みに行くなんて……!

 三人での飲み会は、サイトウにとって、予想以上の、そして最も過酷な試練となっていた。肉食系女子の積極的なアプローチに困惑し、どう対処していいか分からないサイトウ。そして、自分の適当なアドバイスが引き起こしたこの状況に、一人で立ち向かわなければならないという絶望感。
 コミュ障なのに、なぜかコミュ力MAXで、人の好意を引き寄せてしまうサイトウ。その能力が、ついに恋愛という最も厄介な領域で発動し、彼を新たな、そして特に複雑な困り事へと巻き込んでいくのだった。
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