コミュ障なのにコミュ力MAXで困ってます

第33話 サイトウ式仕事術（小西解釈ver）

　小西くんが部署に配属されて数日。小西くんは、やる気に満ち溢れており、新しい仕事にも積極的に取り組んでいた。そして、小西くんの最大の目標は、異動前に噂で聞いていた「すごい先輩」、サイトウの仕事のやり方を学ぶことだった。

「サイトウ先輩！　今後、先輩のお仕事に同行させていただき、色々と学ばせていただけたら嬉しいです！」

　小西くんは、目を輝かせながらサイトウに申し出た。サイトウは、小西くんのまっすぐな意気込みに少し圧倒されつつも、「あ、あ、いいよ……どうぞ……」とぎこちなく了承した。
　こうして、小西くんの「サイトウ式仕事術」の学びが始まった。小西くんは、サイトウのデスクの近くに座り、サイトウが電話対応する様子や、メールを作成する様子、他の部署の社員とやり取りする様子などを、真剣な眼差しで観察した。
　サイトウの仕事ぶりは、小西くんの想像とはずいぶん違っていた。電話で話す時は言葉に詰まることがあるし、他の社員と話す時は視線を逸らしがちだ。挨拶をする時も、どこかおどおどしているように見える。やはり、コミュ障なのだろうか。小西くんは、サイトウのコミュ障な言動を見て、少し戸惑っていた。

（システム開発部のイズミ先輩や他の先輩たちが言ってたサイトウ先輩とは、イメージが違うな……）

　しかし、サイトウが他の部署の人とやり取りする場面を見て、小西くんの中で「サイトウ式仕事術」の解釈が始まった。
　例えば、サイトウが他部署の吉田さん（経理部）に資料の提出を依頼する場面。吉田さんはかなり細かな性格の人で、周りからは少々気難しいと思われている人だ。サイトウは、吉田さんに話しかける際、少しどもりながら、「あの、すみません、吉田さん……資料、お願い、できますでしょうか……」と、控えめに、しかし一生懸命に頼んだ。小西くんは、サイトウのぎこちない頼み方を見て、（これは、相手に負担を感じさせないための、サイトウ先輩の配慮なのか……？）と思った。そして、吉田さんの反応を見て、小西くんは目を見張った。吉田さんは、サイトウの頼みを聞くなり、それまで忙しそうにしていたのに、サイトウに満面の笑顔を向けたのだ。

「サイトウさん！　もちろんですよ！　サイトウさんのお願いなら、喜んで！」

　吉田さんは、サイトウの肩を軽く叩き、サイトウに何か温かい飲み物まで勧めてきた。そして、資料の提出だけでなく、最近の仕事の悩みまでサイトウに打ち明け始めた。

「サイトウさんと話すと、なんか元気になるんですよね！」

　小西くんは、その光景を目の当たりにし、衝撃を受けた。

（な、なんだこれは……！？　あんなに控えめに頼んだだけなのに、吉田さんがこんなに……！？　これが、サイトウ先輩の『人たらし力』なのか……！？）

　小西くんは、サイトウのコミュ障な言動と、それによって周囲がサイトウに心を開き、好意的になるという結果の間のギャップを見て、「サイトウ式仕事術」の真髄を悟った（と勝手に思い込んだ）。

（なるほど……！　このどもり方、視線を逸らす様子……これは、相手に油断させ、心を開かせるための高度なコミュニケーション戦略なのか……！　サイトウ先輩の控えめな態度は、かえって相手の親切心を引き出す……！　そして、話を聞く時のサイトウ先輩の静かな佇まい……これは、相手に安心感を与え、本音を語らせるための、深遠な傾聴術……！）

　小西くんは、サイトウのコミュ障な言動の一つ一つを、サイトウの計算された「すごいやり方」だと解釈し始めた。サイトウが困って言葉に詰まっている様子も、「これは、相手に考える時間を与え、自分で答えを見つけさせるための、サイトウ先輩の深謀遠慮……！」と、ポジティブに解釈してしまう。
　サイトウ自身は、小西くんがなぜ自分の仕事ぶりを見てそんなに感心しているのか理解できず、困惑していた。自分が特別なことをしているわけでもないのに、小西くんは自分のデスクワークをノートにメモしたり、自分の言動を真剣な顔で観察したりしている。

（俺、そんなに特別なことしてるかな……？　ただ、いつも通り仕事してるだけなんだけど……小西くん、なんか勘違いしてるんじゃないかな……？）

　サイトウは、小西くんの過剰な評価に、戸惑うばかりだ。
　小西くんは、サイトウの仕事ぶりを学ぶにつれて、当初抱いていた「サイトウ先輩を超えてやる！」という意気込みは、「自分はサイトウ先輩には到底敵わない……！」という尊敬と、ある種の畏敬の念に変わっていった。サイトウの無自覚な「コミュ力」と、それを「深遠なサイトウ式仕事術」だと誤解した小西くんは、サイトウの凄さに完全に「完敗だ」と感じたのだ。

「サイトウ先輩……！　俺、先輩の仕事ぶりを見て、本当に圧倒されました…！」

　小西くんは、サイトウに真剣な顔で言った。「先輩の『あの』やり方…俺には真似できません……！　まさに、人間を惹きつける、究極の仕事術です……！」

（あのやり方……？　究極の仕事術……？）

　サイトウは、小西くんの言葉の意味が分からず、首を傾げるばかりだ。自分が特別な仕事術を持っているなんて、考えたこともない。

「サイトウ先輩！　これからは、先輩を超えることではなく、先輩の『あの』仕事術を、少しでも見習わせていただけたらと思います！」

　小西くんは、サイトウに向かって深々と頭を下げた。
　サイトウは、小西くんの真剣な態度に、どう反応していいか分からず、ただ「あ、あ、うん……頑張って……」と答えることしかできなかった。

　その日の夜、サイトウはイズミに、小西くんの今日の具体的な勘違いぶりについて愚痴った。
「……でさ、イズミ！　小西くん、今日一日俺の仕事について回ってたんだけどさ！　なんか、俺の仕事ぶりを見て、すごい勘違いしてるみたいなんだよ！」

　サイトウは、日中の小西くんの様子をイズミに話した。

「俺が、ちょっとどもったり、視線逸らしたりするのを、『あれは相手に油断させる高等テクニックだ！』とか、黙って話聞いてるのを『深遠な傾聴術だ！』とか言い出してさ！　俺がただのコミュ障なだけなのに、『サイトウ式仕事術』の真髄を見た、とか言ってるんだぞ！？」

　サイトウは、小西くんの勘違いの具体的な内容をイズミにぶつけた。イズミは、サイトウの言葉を聞いて、腹を抱えて笑った。

「ハハハハ！　なるほどね！　お前のコミュ障なところが、小西の中では『深遠なサイトウ式仕事術』として解釈されたわけか！」

　イズミは、涙を拭きながら言った。

「小西、真面目だからな。お前という難解な存在を、あいつなりに真剣に分析した結果がそれか。哀れな奴だ」

　イズミは、小西くんがサイトウの能力の影響を受けていることに加え、イズミ自身が広めたサイトウの「武勇伝」と、小西くん自身の「サイトウ超え」という意気込みが組み合わさって、小西くんの中で独自の「サイトウ式仕事術」という誤解が生まれていることを理解していた。元同僚である小西くんが、サイトウ教の新たな信者（？）になっていく過程を見て、イズミは内心面白くて仕方なかった。

「お前、ついに後輩に新しい解釈をされ始めたな」

　イズミは、笑いを収め、サイトウに言った。

「どんどんサイトウ教の教義が増えていくな」

　サイトウは、イズミの言葉の意味は完全には理解できないが、自分がまたしても、自分の意図しないところで、新しい後輩である小西くんの人間関係に影響を与えてしまっているらしい、ということは分かった。そして、その影響が、小西くんの中で「サイトウ先輩は奥が深い」「サイトウ先輩はすごい」という、サイトウ自身にとっては恐ろしいほどの誤解を生み、小西くんをサイトウに心酔させてしまう可能性を示唆していた。そして、その誤解は、サイトウのコミュ障な言動を、サイトウ自身の知らないところで「凄い仕事術」として再定義しているらしい。

　サイトウの、コミュ障なのにコミュ力MAXで困っている日常に、やる気のある新後輩という新たな要素が加わった。小西くんがサイトウ教の信者と化す日は近いのかもしれない。そして、その小西くんが、サイトウの「あの」やり方を真似しようと奮闘するが、サイトウの能力がないためうまくいかず、新たなドタバタ劇が始まる予感が漂っていた。