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カラスアゲハ2
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そうは思っても……
かつては騙す対象にしかなれなかった揚羽に、筋金入りの結婚詐欺師を落とす自信などなく。
その色恋勝負を隠れ蓑に、どう陥れようかと頭を悩ます。
そこでふと、鷹巨の力を借りれないかと思い付く。
そうつまり、証券による投資詐欺を考えたのだ。
大手証券会社のやり手営業マンである鷹巨の知識をもってすれば、さすがの久保井も太刀打ち出来ないだろうと。
そうして揚羽は、非通知で鷹巨を食事に誘い出した。
「それにしても、ほんとに連絡くれるなんて……
やっぱ聡子さんは信用出来るなっ」
「あのね……
たまたま用が出来ただけで、ほんとは連絡するつもりなんてなかったから」
相変わらずお人好しな鷹巨を前に、思わず事実を口走ると。
その本人がふっと吹き出す。
「ほら、そういうとこ。
全く嘘つかない人なんていないんだし、そうやって突き通さないとこが信じれるんだよ」
「あんたがバカすぎて、突き通すのがアホらしくなるからでしょ」
「ほらっ、弱者には優しい」
「あぁもいい加減にして!
やっぱり帰るわ」
席を立とうとした矢先。
「うわごめん!
嬉しくて調子乗りましたっ」
テーブルに両手をついて頭を下げる鷹巨。
「まったく……
そんなんじゃまた利用されるわよ?」
「だから、利用していいって言ってんのに」
そう返されて。
揚羽は今さらハッとする。
鷹巨に投資詐欺の協力を仰げば……
例のごとく、喜んで一肌も二肌も脱ぐだろうと。
それじゃやってる事が毒女と同じだと。
「そうだ、用ってなんだった?」
「……今してるわよ。
この店来たかったから、付き合ってほしかっただけ」
「え、俺にっ!?
うわどーしよう、すげぇ嬉しんだけどっ」
「いや、たまたまあんたしか捕まらなかっただけだから」
「それでも嬉しいよ!
一歩前進っ?」
「むしろ後退?」
「え、なんでっ!?」
一喜一憂する鷹巨が微笑ましくて、揚羽はふふっと笑いを零した。
久保井の件は難航しそうだけど、まぁいいか……
すると。
「可愛い」
鷹巨がそう揚羽の頭をぽんぽんした。
「……誰にやってんの?
今のでもっと後退ね」
「わあごめん!
あまりに笑顔が可愛いくてっ……
あ、そうだ!
あさって大阪に出張なんだけど、お土産何がいっ?
お詫びになんでも買ってくるよ」
「バカなの?
しれっと盗聴器仕掛けるヤツから受け取ると思う?」
「ああっ、そっか~!
じゃあ何なら受け取れる?」
「さぁね、マンションとか?
次は大阪住みたいし」
「マンション!?
いやそれは、さすがに……
遠距離になるし」
揚羽はガクッと気持ちがずり落ちて。
「いやソコじゃないでしょ!
あぁもバカすぎて……
なんかもう呆れるの通り越して、癒されるわ」
と力なく笑った。
「ほんとにっ!?
うわバカでよかったぁ~」
「……やっぱ呆れるわ」
「ええっ、振り回す……
いくら秋だからって、聡子さんの心秋空すぎだよ」
「あんたが予想の上行くバカだからでしょ」
「そんなにっ?
でも俺、今まで言われた事ないけど」
「気づかないほどバカだったんじゃない?」
「うわ、突き付ける~」
揚羽はふふっと吹き出しながら……
狡猾な久保井の後なだけに、その間抜けさにほっと癒されていた。
そんな次の日。
同伴出勤した揚羽が、バックヤードで席に着く準備をしていると……
「この卑怯者!」
いきなり柑愛から、顔面に生ビールをぶちまけられる。
痛った、目に入ったし……
それを我慢しながら、揚羽は冷ややかに嘲った。
「なんの言いがかり?」
「とぼけないでよっ!
彼に別れようって言われたわ。
だからもう、保険も解約しなくていいって。
あんな話されてすぐこうなるなんて、揚羽さんがなにか言ったとしか思えない!」
「推測でこんな事するわけ?
そんなだから捨てられるのよ」
その瞬間。
怒りが頂点に達した柑愛は、揚羽に掴みかかろうとしたが……
駆けつけたボーイによって取り押さえられる。
「離してっ……
あんたなんかっ、いつか地獄に落ちればいい!」
「バカね、もうとっくに落ちてるわ」
揚羽は不敵にそう笑って。
「あんたも落ちたくなかったら、少しは頭冷やすのね」
ドスをきかせて冷たく言い放つと。
ボーイからおしぼりを受け取って、洗面所に向かった。
ところが……
髪も化粧もドレスも、あまりにビールとその匂いで酷く。
目も充血していたため。
ママの判断とお客様の厚意により、その日は退勤する事になった。
そうして、ビル下でタクシーを止めると。
周囲から「あっ!」と声がしたが……
お客さんに今の状態を訊かれるのが面倒だった揚羽は、そのままタクシーに乗り込んだ。
それから少しすると。
出勤したばっかりでもう帰路に着いている状況を、不審に思った倫太郎から……
〈なんかあったのか〉とメッセージが入り。
揚羽はすぐに電話をかけた。
「別に大した事じゃないわ。
逆上した柑愛にお酒かけられて、早くシャワー浴びたかったから帰ってるだけ」
『はっ!?
っんだよそいつ……
そんな女助けてやる必要ねぇだろっ』
「仕方ないわよ。
相手は凄腕の結婚詐欺師だからね。
周りが見えなくなるくらい、骨抜きにされてんでしょ」
『だからって!立派な暴行罪だろっ。
そんなヤツ訴えろよ』
「バカね、子供がいるのよ?
その子に罪はないのに、こんな事でなんらかの悪影響を与えるわけにはいかないでしょ」
その言葉に、倫太郎は胸を締め付けられる。
自分も、そう思ってくれる家族が欲しかったと……
そして、そんな目に遭っても相手の状況を思い遣ってる揚羽を。
にもかかわらず、1人で悪者になってる揚羽を。
抱き締めたくてたまらなかったが……
出来るわけもなく。
せめて気の利いた言葉で慰めたかったが……
なんて言ったらいいのか、上手く言葉に出来ず。
2人の間に沈黙が流れる。
揚羽もまた、倫太郎に甘えたくて電話を切れずにいたが……
心配もかけたくなかったため。
「……じゃあ切るわね」
「おい!」と引き止める倫太郎をスルーして、電話を終えた。
そうして、自宅マンション手前のダミーマンションに着くと。
「聡子さん、大丈夫っ!?」
なぜか鷹巨が駆け寄ってきた。
「あんた、なんでいんの?」
「例の鳥カフェの友達から、聡子さんがびしょ濡れっぽい感じで帰ってたって連絡がきて」
そこで揚羽は、タクシーに乗り込む時の声がその男だったと合点がいく。
「そう。
だからって、ここには2度と来るなって言ったはずだけど」
「ごめん。
けどそれどころじゃなくて……
聡子さんが大変な時に、呑気にそんな言いつけ守ってられないよ」
そう言いながら鷹巨は、紙袋からバスタオルを取り出して。
それを揚羽にふわりと掛けた。
「バカなの?
エレベーター昇れば自分ちなんだから、バスタオルで足止めされるより、さっさとシャワー浴びた方がいいに決まってるでしょ」
「そうなんだけど……
そういうのって、被害を受けてるのは身体だけじゃないと思うから」
そう言って鷹巨は、揚羽をそっと抱きしめた。
「……バカなの?
あんたも汚れるわよ?」
「うん、ちょっとでも俺がもらえたらなって」
抱きしめたまま、揚羽の頭を優しく撫でる。
それは、少しでも心の負担を減らしたいといった趣旨で……
本当はやり切れない気持ちを抱えていた揚羽は、思わず抱き返してしまう。
「ほんとバカね……
そんな事したって、今だけ利用されて終わりよ?」
「だから、利用していいって言ってるし。
終わったらまた始めればいいよ」
「ふふ、そんなんじゃ永遠に始まらないかもね」
「ええっ、俺永遠にストーカー人生っ?」
「それか、永遠に利用される人生?」
「うわ、この際インコでも飼って慰めてもらおうかな」
「あんたの場合、インコにもバカにされてたけどね」
「ほんとだ!」と間抜けな鷹巨に、揚羽はふふっと吹き出しながら……
その優しいバカさにまた、じんわり癒されていた。
かつては騙す対象にしかなれなかった揚羽に、筋金入りの結婚詐欺師を落とす自信などなく。
その色恋勝負を隠れ蓑に、どう陥れようかと頭を悩ます。
そこでふと、鷹巨の力を借りれないかと思い付く。
そうつまり、証券による投資詐欺を考えたのだ。
大手証券会社のやり手営業マンである鷹巨の知識をもってすれば、さすがの久保井も太刀打ち出来ないだろうと。
そうして揚羽は、非通知で鷹巨を食事に誘い出した。
「それにしても、ほんとに連絡くれるなんて……
やっぱ聡子さんは信用出来るなっ」
「あのね……
たまたま用が出来ただけで、ほんとは連絡するつもりなんてなかったから」
相変わらずお人好しな鷹巨を前に、思わず事実を口走ると。
その本人がふっと吹き出す。
「ほら、そういうとこ。
全く嘘つかない人なんていないんだし、そうやって突き通さないとこが信じれるんだよ」
「あんたがバカすぎて、突き通すのがアホらしくなるからでしょ」
「ほらっ、弱者には優しい」
「あぁもいい加減にして!
やっぱり帰るわ」
席を立とうとした矢先。
「うわごめん!
嬉しくて調子乗りましたっ」
テーブルに両手をついて頭を下げる鷹巨。
「まったく……
そんなんじゃまた利用されるわよ?」
「だから、利用していいって言ってんのに」
そう返されて。
揚羽は今さらハッとする。
鷹巨に投資詐欺の協力を仰げば……
例のごとく、喜んで一肌も二肌も脱ぐだろうと。
それじゃやってる事が毒女と同じだと。
「そうだ、用ってなんだった?」
「……今してるわよ。
この店来たかったから、付き合ってほしかっただけ」
「え、俺にっ!?
うわどーしよう、すげぇ嬉しんだけどっ」
「いや、たまたまあんたしか捕まらなかっただけだから」
「それでも嬉しいよ!
一歩前進っ?」
「むしろ後退?」
「え、なんでっ!?」
一喜一憂する鷹巨が微笑ましくて、揚羽はふふっと笑いを零した。
久保井の件は難航しそうだけど、まぁいいか……
すると。
「可愛い」
鷹巨がそう揚羽の頭をぽんぽんした。
「……誰にやってんの?
今のでもっと後退ね」
「わあごめん!
あまりに笑顔が可愛いくてっ……
あ、そうだ!
あさって大阪に出張なんだけど、お土産何がいっ?
お詫びになんでも買ってくるよ」
「バカなの?
しれっと盗聴器仕掛けるヤツから受け取ると思う?」
「ああっ、そっか~!
じゃあ何なら受け取れる?」
「さぁね、マンションとか?
次は大阪住みたいし」
「マンション!?
いやそれは、さすがに……
遠距離になるし」
揚羽はガクッと気持ちがずり落ちて。
「いやソコじゃないでしょ!
あぁもバカすぎて……
なんかもう呆れるの通り越して、癒されるわ」
と力なく笑った。
「ほんとにっ!?
うわバカでよかったぁ~」
「……やっぱ呆れるわ」
「ええっ、振り回す……
いくら秋だからって、聡子さんの心秋空すぎだよ」
「あんたが予想の上行くバカだからでしょ」
「そんなにっ?
でも俺、今まで言われた事ないけど」
「気づかないほどバカだったんじゃない?」
「うわ、突き付ける~」
揚羽はふふっと吹き出しながら……
狡猾な久保井の後なだけに、その間抜けさにほっと癒されていた。
そんな次の日。
同伴出勤した揚羽が、バックヤードで席に着く準備をしていると……
「この卑怯者!」
いきなり柑愛から、顔面に生ビールをぶちまけられる。
痛った、目に入ったし……
それを我慢しながら、揚羽は冷ややかに嘲った。
「なんの言いがかり?」
「とぼけないでよっ!
彼に別れようって言われたわ。
だからもう、保険も解約しなくていいって。
あんな話されてすぐこうなるなんて、揚羽さんがなにか言ったとしか思えない!」
「推測でこんな事するわけ?
そんなだから捨てられるのよ」
その瞬間。
怒りが頂点に達した柑愛は、揚羽に掴みかかろうとしたが……
駆けつけたボーイによって取り押さえられる。
「離してっ……
あんたなんかっ、いつか地獄に落ちればいい!」
「バカね、もうとっくに落ちてるわ」
揚羽は不敵にそう笑って。
「あんたも落ちたくなかったら、少しは頭冷やすのね」
ドスをきかせて冷たく言い放つと。
ボーイからおしぼりを受け取って、洗面所に向かった。
ところが……
髪も化粧もドレスも、あまりにビールとその匂いで酷く。
目も充血していたため。
ママの判断とお客様の厚意により、その日は退勤する事になった。
そうして、ビル下でタクシーを止めると。
周囲から「あっ!」と声がしたが……
お客さんに今の状態を訊かれるのが面倒だった揚羽は、そのままタクシーに乗り込んだ。
それから少しすると。
出勤したばっかりでもう帰路に着いている状況を、不審に思った倫太郎から……
〈なんかあったのか〉とメッセージが入り。
揚羽はすぐに電話をかけた。
「別に大した事じゃないわ。
逆上した柑愛にお酒かけられて、早くシャワー浴びたかったから帰ってるだけ」
『はっ!?
っんだよそいつ……
そんな女助けてやる必要ねぇだろっ』
「仕方ないわよ。
相手は凄腕の結婚詐欺師だからね。
周りが見えなくなるくらい、骨抜きにされてんでしょ」
『だからって!立派な暴行罪だろっ。
そんなヤツ訴えろよ』
「バカね、子供がいるのよ?
その子に罪はないのに、こんな事でなんらかの悪影響を与えるわけにはいかないでしょ」
その言葉に、倫太郎は胸を締め付けられる。
自分も、そう思ってくれる家族が欲しかったと……
そして、そんな目に遭っても相手の状況を思い遣ってる揚羽を。
にもかかわらず、1人で悪者になってる揚羽を。
抱き締めたくてたまらなかったが……
出来るわけもなく。
せめて気の利いた言葉で慰めたかったが……
なんて言ったらいいのか、上手く言葉に出来ず。
2人の間に沈黙が流れる。
揚羽もまた、倫太郎に甘えたくて電話を切れずにいたが……
心配もかけたくなかったため。
「……じゃあ切るわね」
「おい!」と引き止める倫太郎をスルーして、電話を終えた。
そうして、自宅マンション手前のダミーマンションに着くと。
「聡子さん、大丈夫っ!?」
なぜか鷹巨が駆け寄ってきた。
「あんた、なんでいんの?」
「例の鳥カフェの友達から、聡子さんがびしょ濡れっぽい感じで帰ってたって連絡がきて」
そこで揚羽は、タクシーに乗り込む時の声がその男だったと合点がいく。
「そう。
だからって、ここには2度と来るなって言ったはずだけど」
「ごめん。
けどそれどころじゃなくて……
聡子さんが大変な時に、呑気にそんな言いつけ守ってられないよ」
そう言いながら鷹巨は、紙袋からバスタオルを取り出して。
それを揚羽にふわりと掛けた。
「バカなの?
エレベーター昇れば自分ちなんだから、バスタオルで足止めされるより、さっさとシャワー浴びた方がいいに決まってるでしょ」
「そうなんだけど……
そういうのって、被害を受けてるのは身体だけじゃないと思うから」
そう言って鷹巨は、揚羽をそっと抱きしめた。
「……バカなの?
あんたも汚れるわよ?」
「うん、ちょっとでも俺がもらえたらなって」
抱きしめたまま、揚羽の頭を優しく撫でる。
それは、少しでも心の負担を減らしたいといった趣旨で……
本当はやり切れない気持ちを抱えていた揚羽は、思わず抱き返してしまう。
「ほんとバカね……
そんな事したって、今だけ利用されて終わりよ?」
「だから、利用していいって言ってるし。
終わったらまた始めればいいよ」
「ふふ、そんなんじゃ永遠に始まらないかもね」
「ええっ、俺永遠にストーカー人生っ?」
「それか、永遠に利用される人生?」
「うわ、この際インコでも飼って慰めてもらおうかな」
「あんたの場合、インコにもバカにされてたけどね」
「ほんとだ!」と間抜けな鷹巨に、揚羽はふふっと吹き出しながら……
その優しいバカさにまた、じんわり癒されていた。
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