虹色アゲハ【完結】

よつば猫

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トリバネアゲハ3

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「こんな環境で育ったからかな……
たぶん俺、なんか欠落してんだと思う。
正直さ、望以外どうでもいんだ。
望のためならなんだって出来るし。
それで誰が死のうが苦しもうが、なんとも思わない。
言ったろ?望が全てだって」

 そこまでの想いに驚くも……
胸がどうしょうもなく掴まれる。

「けどその望の気持ちですら、たぶん半分もわかってあげれないんだと思う。
だから再会した時もさ。
俺なんかと会いたくなかっただろうなとか、俺の事恨んでるだろうなとか思いながらも。
俺自身は望と視線が繋がっただけで、どうにかなりそうなくらい嬉しくなったり、めちゃくちゃドキドキしてたり……
散々苦しめといて、勝手だろ?」

 仁希のせいじゃないと、望は首を横に振る。

 そして、その時は何の機微も感じ取れなかったのにと、自分の洞察力に落胆しつつも。
ふと思い出す。

「ねぇ、その時さいしょから気づいてたって言ってたけど。
だったらなんで、揚羽が源氏名か聞いてきたの?
ほんとに私かどうかは、自信なかったわけ?」

「まさかっ。
気づかないわけないって言ったじゃん。
ただ、望の事は何でも知りたかったからさ。
なんでその源氏名にしたのか聞きたくて」

「それは……」

 真実を知った今となっては……
絶望から這い上がる思いで、という理由や。
仁希のせいで望の社会的存在が死んだから、という話は言いにくく。

「ホステスを夜の蝶っていうじゃない?
だからそれに因《ちな》んで。
あと蝶は死と再生の象徴らしいから、生まれ変わったつもりで頑張ろうって」
そうまとめると。

「生まれ変わったつもりで、か……
俺も生まれ変わりたいな、今度こそ普通の人生に」
悲しげに呟く仁希。

「出来るわよ。
逃げ切って、ちゃんと1から頑張れば」

「はは、出来ないよ。
一般人はいいよな。
どんな問題があっても、自分の覚悟次第でどうにでもなる。
逃げないだけで、逃げれないと思い込んでるだけで……
体裁や罪悪感、恐怖や責任感なんかに縛られてるだけだったり。
本気で逃げようとすれば、社会が守ってくれたり。
たとえ生き地獄でも、一時期の我慢だったり」

「……そんな簡単な事じゃないわ。
一般人でも、苦しくてどうにもならない人もいる」

「でも命を狙われる事はないだろっ?
自分の意思や不手際で、この世界に身を置いてるわけじゃないのに。
どう頑張っても、俺は死ぬまで逃げ続けるしかない。
そのせいで、唯一欲しいものにも手が出せないっ」

「出せばいいじゃない!
手に入るかもしれないのに、自ら放棄するなんてバカじゃない?
それが正解とは限らないのよっ?」

 すると仁希は「ごちそうさま」と手を合わせて。

「ほんとに旨かったよ。
今までで一番……
こんな料理が毎日食べられるなんて、結婚相手が羨ましいな」
そう言って食器を片付け始めた。

「いいわよそのままでっ」
すぐに手伝うと。

「相手はどんな人っ?
望の心を射止めるくらいだから、やっぱイケメンでエリート?」

「……別に、それで決めたわけじゃないわよ」

「あ、そっか。
愛される幸せに気付いたって言ってたっけ?
てことは、グイグイ攻められたんだっ?」

「仁希っ、その事はもう」
私の中で終わりにしたから、そう続けようとした矢先。

「やっぱ違うよな~」
と遮るようにして、ソファに座る仁希。

「きっとそいつ、愛されて育ったんだろうなっ。‬
そういう奴は自分に自信が持てるし、そのスペックなら尚更そうだし。‬
俺なんかがとか思いもせずに、そりゃあグイグイ攻めれるよ。‬
俺だって普通の人生だったら、何にでもなってみせるし。
俺に限らずだけど…‬…
愛する人を幸せに出来るなら、自ら放棄なんてするわけないよ」‬

 それは、先程の望の意見に対する答えで……

「相手にとって何が一番幸せか、それは仁希が決める事じゃないわ」

「じゃあ望は、自分のせいで相手の人生がめちゃくちゃになっても平気なんだ?
愛する人を危険に晒しても、一緒に罪背負わせても平気なんだっ?」
そう返されて。

 何も言えなくなる望。
同じ理由で、自分も鷹巨から身を引こうとしたからだ。

 だけど、それならどうすればいいのかもわかっていて。
自分がしてもらったように……
仁希さえいればと、何もかも受け入れようとした時。

 仁希が上着のポケットから、ネックレスを取り出した。

「これ、なんだかわかる?」

「……ブラックオパール?」

「の、パチもん。
虹色みたいだからさ、一目惚れして買ったんだ。
虹は希望の象徴なんだろ?
そんで俺らの名前がくっつくと、希望になるから。
ずっと一緒にいられるようにって……
あの日、渡すつもりだったんだ」
そう見つめられて。

 望はまたもや涙に襲われる。
そんな話、覚えててくれたんだ…

「ずっと捨てれなくてさ……
ホームに着いたら、すぐに冷え切った身体を抱きしめて、2人で笑い合うはずだったのにって。
あの電車に乗れば、ずっと一緒にいられるはずだったのにって。
何度も、何度も、狂いそうなほど思ってきた」

 そうなり得た過去と、その時の仁希の気持ちを想って……
涙が次から次へと溢れ出す。

「今だって……
望の隣にいるのは、俺だったはずなのにって。
その心も身体も、俺だけのものだったはずなのにって!」

 ネックレスをぎゅううと握り、悔しそうに声を震わす仁希を……
望はたまらず抱きしめた。

「じゃあ今度こそ、一緒に逃げようっ?」

 だけど仁希は首を横に振って、そっと望を引き離した。

「望にはもう、他に愛してる奴がいるだろ?
自覚はしてないだろうけど」

「だからっ、結婚相手の事ならもういいの。
今こうしてる時点で、とっくに仁希を選んでるっ」

「だから気付いてないだけでっ……
間違ってるよ」

 そう言って仁希は、手の中から再びネックレスを露呈した。

「これ、大粒で子供っぽいだろ?
当時は上納金で手一杯だったから、こんな物しか買えなかったけど……
結局俺が与えられる幸せなんて、粗悪な偽物なんだよ。
望にはちゃんと、幸せになってほしいんだ」

「だったら!
どうしてあの時は一緒に逃げようとしたのっ?」

「あの時はなんとかなると思ったから!
でも結局捕まったし、今はもっと分が悪いんだ」

「何で、」
訊きかけてすぐ、望はハッと息を飲む。

「そう。
透析が必要な以上、そこから足がつくんだ」

 透析は1回4時間、週3回というのが一般的で。
組織絡みの医師から、その治療を受けていたため。
少しでも不審な動きや変化があれば、すぐにバレる仕組みになっていた。

 今後は一般の病院で他人に成りすまして受けるそうだが……
新規透析患者を足掛かりに、バレるのは時間の問題との事だった。

 もちろん秘密裏に治療してくれる、いわゆる闇医者ならバレにくいそうだが……
事前に根回しされている可能性が高く。
そうじゃなくても、この業界に蔓延る以上。
大きな組織を敵に回してまで、隠してくれる事などないという。

「だからこいつを抱えてる限り、一緒に逃げるつもりはない」
そう腎臓を指差した仕草に……

 刺された場所が重なって、即座に望は青ざめる。

「ねぇ、もしかして……
腎臓が悪くなったのは、あの時そこを刺されたから?」

 一瞬ためらった仁希だったが……
すぐにその出来事を笑い飛ばす。

「そっ。
さすがだよな~。
事後処理を怠って腎不全にすれば、もう逃げれないからね」

 その事実に、望の胸は激しく抉られる。

「ごめっ、なさ……
私の、せっで……」
涙が溢れて、言葉にならずに謝ると。

「だから望のせいじゃないって。
強いて言うなら親のせいだし。
あとは、組織を侮ってた自分のせいだから」
そう言って、望の頭をよしよしと撫でた。

 とはいえ、望のために危険を冒したのは紛れもなくて……
そのせいで逃げ道を失っていた事に。
もうじき12年にも及ぶ不自由な生活や、それが一生続く事に。
だからどんなに狂いそうな思いをしても、放棄するしかなかった事に。
それなのに、優しく慰めてくれる事に……
望は心臓を鷲掴まれて、息も出来ないくらい潰される。
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