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ドキドキ1
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今日、私は結婚する。
隣で今、誓いますと告げた男と……
「新婦、橋元杏音。
あなたは長尾楓を夫とし、健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しき時も、夫を愛し敬い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」
続いて、指輪交換の儀式へと移り。
夫となる男と向かい合う。
私を映すその瞳は……
長い睫毛とキリリとした二重で。
恐ろしいほどの色気と目力を携えていて。
その顔は欠点が見当たらないくらい整っていて……
きっと多くの女子社員が、彼の結婚を嘆いてる事だろう。
なんて気を紛らすも。
とうとう、誓いのキスの儀式が行われる。
さぁいよいよ、復讐の始まりよ!
紛れるどころかいっそう高まる緊張感に、そう喝を入れて。
ベールを上げられた私は……
今にも爆発しそうなドキドキを閉じ込めるように。
そして、少しでも接触を防ぐように。
唇をキュッと結ぶと。
夫になる男の……
楓くんの唇が、そうっと重なった。
◇
「お嬢様は、3次会に参加されなくてよろしいのですか?」
運転手の重松が心配そうにうかがう。
彼は私が幼い頃に雇われた、子供用の運転手で。
就職してからは個人的に雇ってる、私が唯一心を許せる人間だ。
「もう十分役目は果たしたでしょ。
楓くんも、私がいない方が楽しめるだろうし」
だから私は疲労を理由に、あとは楓くんに押し付ける形で帰路に着いてた。
「……でも実際、ずいぶんと気を張られてお疲れになったでしょう。
帰ったらゆっくりと休まれてくださいね」
「ありがとう。
重松も疲れてるだろうに、悪いわね」
「いえ私は元気発剌でごさいます。
お嬢様がずっと想われた方と結ばれて、もう嬉しくて嬉しくて」
「やめてよっ。
わかってるでしょ?これは契約結婚よっ?
私は彼を脅迫して、結婚に漕ぎ着けただけなんだから……」
そう、この結婚は復讐のための契約でしかない。
1年前の5月。
橋元フィルムの社長である父が、癌で他界した。
そこで問題となったのが後継者だ。
私には、継母の連れ子である3つ下の弟がいて。
継母は当然、弟の琉司を社長にしたがっていた。
継母は目的のためなら、どんな卑劣な手段も辞さずに何でも奪う人間だ。
私もこれまで、さんざん居場所を奪われてきた。
だけど、この会社だけは渡せない。
だから私は、琉司より後継者に相応しいと認められるために……
少しでも多くの業務知識を身に付けたり、会社の内情を把握したり、従業員の力になって絆を築こうと考え。
高卒で入社して、大卒の資格を通信で取りながら、必死に努力してきた。
父からしてみれば……
そうやって結果を残してきた私を、なにより血の繋がった娘を、後継者にしたかったんだと思うけど。
工業系の会社だから、男社長の方が有利な事や。
継母の手前、息子を選ばざるを得ない状況から……
最終的にその判断を、株主総会に託したのだった。
遺言で、預貯金は継母が相続したものの。
父が保有していた自社株の60%は、私と琉司に30%ずつ承継される事となり。
社長になりたかったら、実力で勝ち取れとの事だった。
それなら、全ての金銭が手に入る継母は異議を出せず。
より実力のある方が後継者に相応しいのは当然だから、その決め方にも文句のつけどころがないからだ。
そして決まるまでの間は、専務である叔父が代表取締役を任されていた。
ただし……
琉司は当時大学留年中だったため、勝負は入社してからだった。
だけど血の繋がった父が亡き状況となれば、長引けば長引くほど不利になる。
そこで私は、楓くんとの結婚を企てた。
そう、夫を社長に斡旋すれば、男社長が有利という問題を払拭出来る。
それどころか。
老舗企業を始め多くの上場企業で、婿養子経営が功を成してるため。
名字を変えるだけの婿社長でも、歓迎されるに決まってた。
なによりこの結婚は、私の計画に好都合だった。
楓くんは嫌だろうけど……
勝率を上げるには、復讐を成功させるには、一番の近道だと思った。
そうして……
*
*
*
楓くんを、私が部長を務める人事・総務部のセキュリティルームに呼び出すと。
結婚を言い渡された彼は、その強くて妖艶な瞳を大きく開いた。
不安と緊張で、胸を壊れそうなくらいドキドキさせながら……
淡々と理由を説明するも。
警戒した様子で、もっともな疑問がぶつけられる。
「……だからって、なんで俺と?
今までほとんど話した事もないし。
そういう理由なら、俺みたいな一介のエンジニアじゃなくて、もっと権力がある幹部の方がいいと思うけど」
「どこが一介のエンジニア?
誰よりも多くの製品開発やコストダウンを実現してるし。
この前開発したものは、この業界を覆す主力商品になるわ」
入社から5年、27の若さでここまでの偉業を成し遂げるなんて……
「あなたはとても有能な、天才エンジニアよ」
そう、亡くなったお父様と同様に。
そう思うとまた涙が込み上げて、慌ててそれを引っ込める。
そんな私を知るよしもなく。
「あぁ、なるほど。
その特許権が欲しいからか」
と苦笑う楓くん。
というのも……
通常仕事上の発明は職務発明となり、規程を定めていれば特許権は会社が有する。
その場合、発明者には相当の利益を受ける権利が発生する。
逆に規定を定めていなければ特許権は発明者が有するけど、会社に譲渡すれば同様に利益権が発生する。
そのためうちの会社では規定を定めず、こちらに都合がいい利益内容で譲渡するよう協議していた。
だけど楓くんはどれだけ高額で交渉しても、特許権を譲らなかったのだ。
でも結婚すれば状況的に橋元のものになるわけだから、その相手に自分が選ばれたと思ったんだろう。
「いいえ、むしろ……
結婚に応じてくれなければ、特許権をいただくわ」
そう不敵な笑みを浮かべて、私はとある書類を提示した。
それは今話題に出た業界を覆す商品の、特許権を譲渡するといった書類で。
楓くんは信じられない様子で眉をしかめた。
「実施権(会社が発明したものを使用出来る権利)の書類と差し替えてたの。
今まで何度もしてきた手続きだから油断したわね」
私はそこに目を付けて……
楓くんがサインする下部を鉛筆で囲んだ、手続き書類一式をクリップでまとめ、簡略化を装って署名に至らせたのだった。
とはいえ、楓くんがそんな油断をするとは思えない。
つまり私が今言った事は嘘で、提示してる書類も偽造なのだ。
でもそれを立証するのは難しい。
しかもこういった状況下だと、人は自分の行動に100%の自信が持てなくなるものだ。
楓くんは「おや」と言いかけて、怒りを通り越したように冷笑した。
私は何を言おうとしたのか見当が付いて、胸が痛んだ。
だけど計画通りと切り替えて、再び不敵な笑みを作ってみせた。
「でも、悪い話じゃないでしょう?
私と結婚すれば、この譲渡書類は破棄するし。
この復讐が成功すれば、あなたは社長になれるのよ?」
だから腑に落ちないと思っても、断るはずがない。
とはいえ……
「復讐?」
やっぱりそこには食い付いた。
「そう、復讐。
私は今まで、継母と弟から色んなものを奪われてきた。
そのせいで辛い思いをたくさんしてきた。
だけど、ここからは私のターンよ。
奪った人間は、奪われるべきなの。
だから私は、2人が1番欲してる社長の座を奪って、復讐してやりたいの」
復讐を正当化するように言い放つと。
目の前の男から、溜息混じりに笑みがこぼれる。
「だからって、俺に婚約者とか彼女がいるとは考えなかったんだ?」
「いないのは調査済みよ」
「こわ」と吹き出す楓くん。
うっ、そうよ……
どうせ私は楓くんのストーカーよ!
恥ずかしくて居た堪れなくなる。
「と、とにかく!
いても別に構わないわっ。
結婚って言っても形だけの、契約関係でしかないんだから。
その代わり、周りには絶対バレないようにして。
評価が悪くなるから」
「なんか、結婚する方向で話が進んでない?」
しまった!動揺してっ……
なに先走ってるのっ?
なにその気になってんの~~。
「だ、駄目なのかしらっ?」
精いっぱい虚勢を張ってみるも。
バレバレなのか、グーの手を口に当ててクックと笑われる。
ますます居た堪れなくなってると……
「薬指のサイズは?」
「……え、9号だけど」
思わぬ問いに戸惑う。
「了解。
じゃあ結婚指輪、用意しとく」
「ええっ、ほんとにっ!?」
断らないと思ってても、こうもあっさりOKされるとは思わなくて、思わず素が出る。
そんな私を、またクックと笑う楓くん。
しまった!と、慌てて咳払いをして切り替える。
「まぁそれが賢い選択ねっ。
でも指輪は結構よ。
あなたの金銭感覚で選ぶような指輪じゃ、恥ずかしくて付けられないもの。
こっちで用意するから、あなたのサイズを教えなさい」
だって、楓くんにそんな負担させられない。
「……じゃあ遠慮なく」
*
*
*
そう、この結婚に愛はない。
それどころか私は嫌われている。
汚いやり方で脅迫して、利用して戸籍を汚した、1コ下なのに小生意気な社長令嬢だから……
だから私の事で出費させられないし。
一緒にいるのも嫌だろうから、新居も二世帯マンションにした。
となると、ハネムーンなんかもってのほかに決まってて。
今週の株主総会を理由に、表向きは延期にしていた。
そして当然、キスだってしたくなかったに違いないから……
可能な限り防いだものの、そこはごめん。
契約結婚を疑われないようにするためには、誓いのキスを省略するわけにはいかなかったのだ。
ていうか私、楓くんとキスしたんだ……
口元に手を当てながら、思い返して今さら身体が熱くなる。
ヤバいヤバい、どうしよう!
両手で顔をバチンと覆うと。
話の流れから落ち込んでると思ったのか、重松が慰めの言葉をかけてきた。
「まぁきっかけはなんであれ。
お嬢様と一緒に過ごしていくうちに、きっと愛が芽生えると思いますよ」
「そんな事絶っ対、あるわけないじゃない。
第一、愛なんて復讐の邪魔になるだけよ。
芽生えたら困る」
だから私は悪役でいい。
嫌われてるままでいい。
それに……
ちゃんとしたキスじゃなかったけど、私はもうそれだけで十分だから。
再び口元に手を当てて、楓くんの温もりを心にぎゅっと閉じ込めた。
でもそのせいで……
翌日。
「おはよう」と、私のところにやって来た楓くんを見るなり。
唇に目がいって、顔を合わせられなくなる。
「な、なにか用かしらっ?」
しかも部屋着姿の破壊力!
「うん、昨日は寝てたみたいだから声かけなかったんだけど。
体調、大丈夫?」
ああ、優しい……
こんな私になんて優しいのっ。
「平気よ。
面倒くさかったから、疲れた事にして帰っただけ」
しかも寝たふりだったし。
「ならいいけど。
こんな朝早くからどっか出掛けんの?」
「仕事に決まってるでしょ」
「え、有給入れとけって言ってなかったっけ?」
「言ったけど、私はあなたと違って忙しいの。
あなたは昨日遅かったんだから、ゆっくりしてれば?」
身体を休ませるために有給取らせたんだから。
すると、柔らかく吹き出す楓くん。
「なに?」
何か変な事言っちゃった!?
「や、ありがと」
「っ、はああっ?
別にっ、あなたを気遣ったわけじゃなくて……
休んだ分、しっかり役に立ってもらうからっ」
そう言い捨てて、逃げるように家を出た。
あぁ私、こんな調子で上手くやっていけるのかな……
隣で今、誓いますと告げた男と……
「新婦、橋元杏音。
あなたは長尾楓を夫とし、健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しき時も、夫を愛し敬い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」
続いて、指輪交換の儀式へと移り。
夫となる男と向かい合う。
私を映すその瞳は……
長い睫毛とキリリとした二重で。
恐ろしいほどの色気と目力を携えていて。
その顔は欠点が見当たらないくらい整っていて……
きっと多くの女子社員が、彼の結婚を嘆いてる事だろう。
なんて気を紛らすも。
とうとう、誓いのキスの儀式が行われる。
さぁいよいよ、復讐の始まりよ!
紛れるどころかいっそう高まる緊張感に、そう喝を入れて。
ベールを上げられた私は……
今にも爆発しそうなドキドキを閉じ込めるように。
そして、少しでも接触を防ぐように。
唇をキュッと結ぶと。
夫になる男の……
楓くんの唇が、そうっと重なった。
◇
「お嬢様は、3次会に参加されなくてよろしいのですか?」
運転手の重松が心配そうにうかがう。
彼は私が幼い頃に雇われた、子供用の運転手で。
就職してからは個人的に雇ってる、私が唯一心を許せる人間だ。
「もう十分役目は果たしたでしょ。
楓くんも、私がいない方が楽しめるだろうし」
だから私は疲労を理由に、あとは楓くんに押し付ける形で帰路に着いてた。
「……でも実際、ずいぶんと気を張られてお疲れになったでしょう。
帰ったらゆっくりと休まれてくださいね」
「ありがとう。
重松も疲れてるだろうに、悪いわね」
「いえ私は元気発剌でごさいます。
お嬢様がずっと想われた方と結ばれて、もう嬉しくて嬉しくて」
「やめてよっ。
わかってるでしょ?これは契約結婚よっ?
私は彼を脅迫して、結婚に漕ぎ着けただけなんだから……」
そう、この結婚は復讐のための契約でしかない。
1年前の5月。
橋元フィルムの社長である父が、癌で他界した。
そこで問題となったのが後継者だ。
私には、継母の連れ子である3つ下の弟がいて。
継母は当然、弟の琉司を社長にしたがっていた。
継母は目的のためなら、どんな卑劣な手段も辞さずに何でも奪う人間だ。
私もこれまで、さんざん居場所を奪われてきた。
だけど、この会社だけは渡せない。
だから私は、琉司より後継者に相応しいと認められるために……
少しでも多くの業務知識を身に付けたり、会社の内情を把握したり、従業員の力になって絆を築こうと考え。
高卒で入社して、大卒の資格を通信で取りながら、必死に努力してきた。
父からしてみれば……
そうやって結果を残してきた私を、なにより血の繋がった娘を、後継者にしたかったんだと思うけど。
工業系の会社だから、男社長の方が有利な事や。
継母の手前、息子を選ばざるを得ない状況から……
最終的にその判断を、株主総会に託したのだった。
遺言で、預貯金は継母が相続したものの。
父が保有していた自社株の60%は、私と琉司に30%ずつ承継される事となり。
社長になりたかったら、実力で勝ち取れとの事だった。
それなら、全ての金銭が手に入る継母は異議を出せず。
より実力のある方が後継者に相応しいのは当然だから、その決め方にも文句のつけどころがないからだ。
そして決まるまでの間は、専務である叔父が代表取締役を任されていた。
ただし……
琉司は当時大学留年中だったため、勝負は入社してからだった。
だけど血の繋がった父が亡き状況となれば、長引けば長引くほど不利になる。
そこで私は、楓くんとの結婚を企てた。
そう、夫を社長に斡旋すれば、男社長が有利という問題を払拭出来る。
それどころか。
老舗企業を始め多くの上場企業で、婿養子経営が功を成してるため。
名字を変えるだけの婿社長でも、歓迎されるに決まってた。
なによりこの結婚は、私の計画に好都合だった。
楓くんは嫌だろうけど……
勝率を上げるには、復讐を成功させるには、一番の近道だと思った。
そうして……
*
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*
楓くんを、私が部長を務める人事・総務部のセキュリティルームに呼び出すと。
結婚を言い渡された彼は、その強くて妖艶な瞳を大きく開いた。
不安と緊張で、胸を壊れそうなくらいドキドキさせながら……
淡々と理由を説明するも。
警戒した様子で、もっともな疑問がぶつけられる。
「……だからって、なんで俺と?
今までほとんど話した事もないし。
そういう理由なら、俺みたいな一介のエンジニアじゃなくて、もっと権力がある幹部の方がいいと思うけど」
「どこが一介のエンジニア?
誰よりも多くの製品開発やコストダウンを実現してるし。
この前開発したものは、この業界を覆す主力商品になるわ」
入社から5年、27の若さでここまでの偉業を成し遂げるなんて……
「あなたはとても有能な、天才エンジニアよ」
そう、亡くなったお父様と同様に。
そう思うとまた涙が込み上げて、慌ててそれを引っ込める。
そんな私を知るよしもなく。
「あぁ、なるほど。
その特許権が欲しいからか」
と苦笑う楓くん。
というのも……
通常仕事上の発明は職務発明となり、規程を定めていれば特許権は会社が有する。
その場合、発明者には相当の利益を受ける権利が発生する。
逆に規定を定めていなければ特許権は発明者が有するけど、会社に譲渡すれば同様に利益権が発生する。
そのためうちの会社では規定を定めず、こちらに都合がいい利益内容で譲渡するよう協議していた。
だけど楓くんはどれだけ高額で交渉しても、特許権を譲らなかったのだ。
でも結婚すれば状況的に橋元のものになるわけだから、その相手に自分が選ばれたと思ったんだろう。
「いいえ、むしろ……
結婚に応じてくれなければ、特許権をいただくわ」
そう不敵な笑みを浮かべて、私はとある書類を提示した。
それは今話題に出た業界を覆す商品の、特許権を譲渡するといった書類で。
楓くんは信じられない様子で眉をしかめた。
「実施権(会社が発明したものを使用出来る権利)の書類と差し替えてたの。
今まで何度もしてきた手続きだから油断したわね」
私はそこに目を付けて……
楓くんがサインする下部を鉛筆で囲んだ、手続き書類一式をクリップでまとめ、簡略化を装って署名に至らせたのだった。
とはいえ、楓くんがそんな油断をするとは思えない。
つまり私が今言った事は嘘で、提示してる書類も偽造なのだ。
でもそれを立証するのは難しい。
しかもこういった状況下だと、人は自分の行動に100%の自信が持てなくなるものだ。
楓くんは「おや」と言いかけて、怒りを通り越したように冷笑した。
私は何を言おうとしたのか見当が付いて、胸が痛んだ。
だけど計画通りと切り替えて、再び不敵な笑みを作ってみせた。
「でも、悪い話じゃないでしょう?
私と結婚すれば、この譲渡書類は破棄するし。
この復讐が成功すれば、あなたは社長になれるのよ?」
だから腑に落ちないと思っても、断るはずがない。
とはいえ……
「復讐?」
やっぱりそこには食い付いた。
「そう、復讐。
私は今まで、継母と弟から色んなものを奪われてきた。
そのせいで辛い思いをたくさんしてきた。
だけど、ここからは私のターンよ。
奪った人間は、奪われるべきなの。
だから私は、2人が1番欲してる社長の座を奪って、復讐してやりたいの」
復讐を正当化するように言い放つと。
目の前の男から、溜息混じりに笑みがこぼれる。
「だからって、俺に婚約者とか彼女がいるとは考えなかったんだ?」
「いないのは調査済みよ」
「こわ」と吹き出す楓くん。
うっ、そうよ……
どうせ私は楓くんのストーカーよ!
恥ずかしくて居た堪れなくなる。
「と、とにかく!
いても別に構わないわっ。
結婚って言っても形だけの、契約関係でしかないんだから。
その代わり、周りには絶対バレないようにして。
評価が悪くなるから」
「なんか、結婚する方向で話が進んでない?」
しまった!動揺してっ……
なに先走ってるのっ?
なにその気になってんの~~。
「だ、駄目なのかしらっ?」
精いっぱい虚勢を張ってみるも。
バレバレなのか、グーの手を口に当ててクックと笑われる。
ますます居た堪れなくなってると……
「薬指のサイズは?」
「……え、9号だけど」
思わぬ問いに戸惑う。
「了解。
じゃあ結婚指輪、用意しとく」
「ええっ、ほんとにっ!?」
断らないと思ってても、こうもあっさりOKされるとは思わなくて、思わず素が出る。
そんな私を、またクックと笑う楓くん。
しまった!と、慌てて咳払いをして切り替える。
「まぁそれが賢い選択ねっ。
でも指輪は結構よ。
あなたの金銭感覚で選ぶような指輪じゃ、恥ずかしくて付けられないもの。
こっちで用意するから、あなたのサイズを教えなさい」
だって、楓くんにそんな負担させられない。
「……じゃあ遠慮なく」
*
*
*
そう、この結婚に愛はない。
それどころか私は嫌われている。
汚いやり方で脅迫して、利用して戸籍を汚した、1コ下なのに小生意気な社長令嬢だから……
だから私の事で出費させられないし。
一緒にいるのも嫌だろうから、新居も二世帯マンションにした。
となると、ハネムーンなんかもってのほかに決まってて。
今週の株主総会を理由に、表向きは延期にしていた。
そして当然、キスだってしたくなかったに違いないから……
可能な限り防いだものの、そこはごめん。
契約結婚を疑われないようにするためには、誓いのキスを省略するわけにはいかなかったのだ。
ていうか私、楓くんとキスしたんだ……
口元に手を当てながら、思い返して今さら身体が熱くなる。
ヤバいヤバい、どうしよう!
両手で顔をバチンと覆うと。
話の流れから落ち込んでると思ったのか、重松が慰めの言葉をかけてきた。
「まぁきっかけはなんであれ。
お嬢様と一緒に過ごしていくうちに、きっと愛が芽生えると思いますよ」
「そんな事絶っ対、あるわけないじゃない。
第一、愛なんて復讐の邪魔になるだけよ。
芽生えたら困る」
だから私は悪役でいい。
嫌われてるままでいい。
それに……
ちゃんとしたキスじゃなかったけど、私はもうそれだけで十分だから。
再び口元に手を当てて、楓くんの温もりを心にぎゅっと閉じ込めた。
でもそのせいで……
翌日。
「おはよう」と、私のところにやって来た楓くんを見るなり。
唇に目がいって、顔を合わせられなくなる。
「な、なにか用かしらっ?」
しかも部屋着姿の破壊力!
「うん、昨日は寝てたみたいだから声かけなかったんだけど。
体調、大丈夫?」
ああ、優しい……
こんな私になんて優しいのっ。
「平気よ。
面倒くさかったから、疲れた事にして帰っただけ」
しかも寝たふりだったし。
「ならいいけど。
こんな朝早くからどっか出掛けんの?」
「仕事に決まってるでしょ」
「え、有給入れとけって言ってなかったっけ?」
「言ったけど、私はあなたと違って忙しいの。
あなたは昨日遅かったんだから、ゆっくりしてれば?」
身体を休ませるために有給取らせたんだから。
すると、柔らかく吹き出す楓くん。
「なに?」
何か変な事言っちゃった!?
「や、ありがと」
「っ、はああっ?
別にっ、あなたを気遣ったわけじゃなくて……
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