悪役令嬢の復讐マリアージュ【完結】

よつば猫

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ドキドキ1

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 今日、私は結婚する。
隣で今、誓いますと告げた男と……

「新婦、橋元杏音はしもと あん
あなたは長尾楓ながお かえでを夫とし、健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しき時も、夫を愛し敬い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

「はい、誓います」


 続いて、指輪交換の儀式へと移り。
夫となる男と向かい合う。

 私を映すその瞳は……
長い睫毛とキリリとした二重で。
恐ろしいほどの色気と目力を携えていて。
その顔は欠点が見当たらないくらい整っていて……
きっと多くの女子社員が、彼の結婚を嘆いてる事だろう。

 なんて気を紛らすも。
とうとう、誓いのキスの儀式が行われる。

 さぁいよいよ、復讐の始まりよ!
紛れるどころかいっそう高まる緊張感に、そう喝を入れて。

 ベールを上げられた私は……
今にも爆発しそうなドキドキを閉じ込めるように。
そして、少しでも接触を防ぐように。
唇をキュッと結ぶと。

 夫になる男の……
楓くんの唇が、そうっと重なった。






「お嬢様は、3次会に参加されなくてよろしいのですか?」
運転手の重松が心配そうにうかがう。

 彼は私が幼い頃に雇われた、子供用の運転手で。
就職してからは個人的に雇ってる、私が唯一心を許せる人間だ。

「もう十分役目は果たしたでしょ。
楓くんも、私がいない方が楽しめるだろうし」
だから私は疲労を理由に、あとは楓くんに押し付ける形で帰路に着いてた。

「……でも実際、ずいぶんと気を張られてお疲れになったでしょう。
帰ったらゆっくりと休まれてくださいね」

「ありがとう。
重松も疲れてるだろうに、悪いわね」

「いえ私は元気発剌でごさいます。
お嬢様がずっと想われた方と結ばれて、もう嬉しくて嬉しくて」

「やめてよっ。
わかってるでしょ?これは契約結婚よっ?
私は彼を脅迫して、結婚に漕ぎ着けただけなんだから……」

 そう、この結婚は復讐のための契約でしかない。


 1年前の5月。
橋元フィルムの社長である父が、癌で他界した。

 そこで問題となったのが後継者だ。
私には、継母けいぼの連れ子である3つ下の弟がいて。
継母は当然、弟の琉司りゅうじを社長にしたがっていた。

 継母は目的のためなら、どんな卑劣な手段も辞さずに何でも奪う人間だ。
私もこれまで、さんざん居場所を奪われてきた。

 だけど、この会社だけは渡せない。

 だから私は、琉司より後継者に相応しいと認められるために……
少しでも多くの業務知識を身に付けたり、会社の内情を把握したり、従業員の力になって絆を築こうと考え。
高卒で入社して、大卒の資格を通信で取りながら、必死に努力してきた。

 父からしてみれば……
そうやって結果を残してきた私を、なにより血の繋がった娘を、後継者にしたかったんだと思うけど。
工業系の会社だから、男社長の方が有利な事や。
継母の手前、息子を選ばざるを得ない状況から……
最終的にその判断を、株主総会に託したのだった。

 遺言で、預貯金は継母が相続したものの。
父が保有していた自社株の60%は、私と琉司に30%ずつ承継される事となり。
社長になりたかったら、実力で勝ち取れとの事だった。

 それなら、全ての金銭が手に入る継母は異議を出せず。
より実力のある方が後継者に相応しいのは当然だから、その決め方にも文句のつけどころがないからだ。
そして決まるまでの間は、専務である叔父が代表取締役を任されていた。

 ただし……
琉司は当時大学留年中だったため、勝負は入社してからだった。
だけど血の繋がった父が亡き状況となれば、長引けば長引くほど不利になる。

 そこで私は、楓くんとの結婚を企てた。
そう、夫を社長に斡旋すれば、男社長が有利という問題を払拭出来る。
 それどころか。
老舗企業を始め多くの上場企業で、婿養子経営が功を成してるため。
名字を変えるだけの婿社長でも、歓迎されるに決まってた。

 なによりこの結婚は、私の計画に好都合だった。
楓くんは嫌だろうけど……
勝率を上げるには、復讐を成功させるには、一番の近道だと思った。

 そうして……






 楓くんを、私が部長を務める人事・総務部のセキュリティルームに呼び出すと。
結婚を言い渡された彼は、その強くて妖艶な瞳を大きく開いた。

 不安と緊張で、胸を壊れそうなくらいドキドキさせながら……
淡々と理由を説明するも。
警戒した様子で、もっともな疑問がぶつけられる。

「……だからって、なんで俺と?
今までほとんど話した事もないし。
そういう理由なら、俺みたいな一介のエンジニアじゃなくて、もっと権力がある幹部の方がいいと思うけど」

「どこが一介のエンジニア?
誰よりも多くの製品開発やコストダウンを実現してるし。
この前開発したものは、この業界を覆す主力商品になるわ」

 入社から5年、27の若さでここまでの偉業を成し遂げるなんて……

「あなたはとても有能な、天才エンジニアよ」
そう、亡くなったお父様と同様に。

 そう思うとまた涙が込み上げて、慌ててそれを引っ込める。
そんな私を知るよしもなく。

「あぁ、なるほど。
その特許権が欲しいからか」
と苦笑う楓くん。

 というのも……
通常仕事上の発明は職務発明となり、規程を定めていれば特許権は会社が有する。
その場合、発明者には相当の利益を受ける権利が発生する。
 逆に規定を定めていなければ特許権は発明者が有するけど、会社に譲渡すれば同様に利益権が発生する。
そのためうちの会社では規定を定めず、こちらに都合がいい利益内容で譲渡するよう協議し言いくるめていた。

 だけど楓くんはどれだけ高額で交渉しても、特許権を譲らなかったのだ。
 でも結婚すれば状況的に橋元のものになるわけだから、その相手に自分が選ばれたと思ったんだろう。

「いいえ、むしろ……
結婚に応じてくれなければ、特許権をいただくわ」
そう不敵な笑みを浮かべて、私はとある書類を提示した。

 それは今話題に出た業界を覆す商品の、特許権を譲渡するといった書類で。
楓くんは信じられない様子で眉をしかめた。

「実施権(会社が発明したものを使用出来る権利)の書類と差し替えてたの。
今まで何度もしてきた手続きだから油断したわね」

 私はそこに目を付けて……
楓くんがサインする下部を鉛筆で囲んだ、手続き書類一式をクリップでまとめ、簡略化を装って署名に至らせたのだった。

 とはいえ、楓くんがそんな油断をするとは思えない。
つまり私が今言った事は嘘で、提示してる書類も偽造なのだ。
 でもそれを立証するのは難しい。
しかもこういった状況下だと、人は自分の行動に100%の自信が持てなくなるものだ。

 楓くんは「おや」と言いかけて、怒りを通り越したように冷笑した。

 私は何を言おうとしたのか見当が付いて、胸が痛んだ。
だけど計画通りと切り替えて、再び不敵な笑みを作ってみせた。

「でも、悪い話じゃないでしょう?
私と結婚すれば、この譲渡書類は破棄するし。
この復讐が成功すれば、あなたは社長になれるのよ?」

 だから腑に落ちないと思っても、断るはずがない。
とはいえ……

「復讐?」

 やっぱりそこには食い付いた。

「そう、復讐。
私は今まで、継母と弟から色んなものを奪われてきた。
そのせいで辛い思いをたくさんしてきた。
だけど、ここからは私のターンよ。
奪った人間は、奪われるべきなの。
だから私は、2人が1番欲してる社長の座を奪って、復讐してやりたいの」
復讐を正当化するように言い放つと。

 目の前の男から、溜息混じりに笑みがこぼれる。

「だからって、俺に婚約者とか彼女がいるとは考えなかったんだ?」

「いないのは調査済みよ」

「こわ」と吹き出す楓くん。

 うっ、そうよ……
どうせ私は楓くんのストーカーよ!
恥ずかしくて居た堪れなくなる。

「と、とにかく!
いても別に構わないわっ。
結婚って言っても形だけの、契約関係でしかないんだから。
その代わり、周りには絶対バレないようにして。
評価が悪くなるから」

「なんか、結婚する方向で話が進んでない?」

 しまった!動揺してっ……
なに先走ってるのっ?
なにその気になってんの~~。

「だ、駄目なのかしらっ?」
精いっぱい虚勢を張ってみるも。

 バレバレなのか、グーの手を口に当ててクックと笑われる。

 ますます居た堪れなくなってると……

「薬指のサイズは?」

「……え、9号だけど」
思わぬ問いに戸惑う。

「了解。
じゃあ結婚指輪、用意しとく」

「ええっ、ほんとにっ!?」
断らないと思ってても、こうもあっさりOKされるとは思わなくて、思わず素が出る。

 そんな私を、またクックと笑う楓くん。
しまった!と、慌てて咳払いをして切り替える。

「まぁそれが賢い選択ねっ。
でも指輪は結構よ。
あなたの金銭感覚で選ぶような指輪じゃ、恥ずかしくて付けられないもの。
こっちで用意するから、あなたのサイズを教えなさい」
だって、楓くんにそんな負担させられない。

「……じゃあ遠慮なく」






 そう、この結婚に愛はない。
それどころか私は嫌われている。
汚いやり方で脅迫して、利用して戸籍を汚した、1コ下なのに小生意気な社長令嬢・・・・だから……

 だから私の事で出費させられないし。
一緒にいるのも嫌だろうから、新居も二世帯マンションにした。
 となると、ハネムーンなんかもってのほかに決まってて。
今週の株主総会を理由に、表向きは延期にしていた。

 そして当然、キスだってしたくなかったに違いないから……
可能な限り防いだものの、そこはごめん。
契約結婚を疑われないようにするためには、誓いのキスを省略するわけにはいかなかったのだ。

 ていうか私、楓くんとキスしたんだ……
口元に手を当てながら、思い返して今さら身体が熱くなる。

 ヤバいヤバい、どうしよう!
両手で顔をバチンと覆うと。

 話の流れから落ち込んでると思ったのか、重松が慰めの言葉をかけてきた。

「まぁきっかけはなんであれ。
お嬢様と一緒に過ごしていくうちに、きっと愛が芽生えると思いますよ」

「そんな事絶っ対、あるわけないじゃない。
第一、愛なんて復讐の邪魔になるだけよ。
芽生えたら困る」

 だから私は悪役でいい。
嫌われてるままでいい。

 それに……
ちゃんとしたキスじゃなかったけど、私はもうそれだけで十分だから。
再び口元に手を当てて、楓くんの温もりを心にぎゅっと閉じ込めた。




 でもそのせいで……
翌日。

「おはよう」と、私のところにやって来た楓くんを見るなり。
唇に目がいって、顔を合わせられなくなる。

「な、なにか用かしらっ?」
しかも部屋着姿の破壊力!

「うん、昨日は寝てたみたいだから声かけなかったんだけど。
体調、大丈夫?」

 ああ、優しい……
こんな私になんて優しいのっ。

「平気よ。
面倒くさかったから、疲れた事にして帰っただけ」
しかも寝たふりだったし。

「ならいいけど。
こんな朝早くからどっか出掛けんの?」

「仕事に決まってるでしょ」

「え、有給入れとけって言ってなかったっけ?」

「言ったけど、私はあなたと違って忙しいの。
あなたは昨日遅かったんだから、ゆっくりしてれば?」
身体を休ませるために有給取らせたんだから。

 すると、柔らかく吹き出す楓くん。

「なに?」
何か変な事言っちゃった!?

「や、ありがと」

「っ、はああっ?
別にっ、あなたを気遣ったわけじゃなくて……
休んだ分、しっかり役に立ってもらうからっ」
そう言い捨てて、逃げるように家を出た。

 あぁ私、こんな調子で上手くやっていけるのかな……


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