悪役令嬢の復讐マリアージュ【完結】

よつば猫

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ジンジン3

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「そう思うなら、たまには旦那誘って早く帰りな?」
と、私の頭を優しくぽんぽんする大貴。

「仕事が忙しいのはわかる。
けどもっと周りに甘えたり、抜くとか抜かなきゃ潰れるぞ?
それで不備が発生しても、意外となんとかなるもんだし。
みんなでフォローし合って、新たな絆が生まれたりすんだよ」

「どしたの大貴……
すごくカッコいんだけど」

「いや元からですけどっ!?」

「あははっ、ごめんごめん!」
と笑ったところで。
目を疑う人物が現れる。

 ええっ、楓くん!?
なんでここにっ……

「お疲れぇす!」
前回同様、すかさず大貴が声かける。

「お疲れ様です。
あと、遅くなったけど。
結婚祝い、ありがとうございました」
一見、にこやかに告げる楓くん。
だけど……

「あ、いや、大したもんじゃないんで」
大貴がそう戸惑うのも、無理はない。

 楓くんの目は笑ってないだけじゃなく、凍りつくように冷やかで……

 いやお礼になってないし!
なにか怒ってるっ?

「っそういえば、まだ紹介してなかったけど」
思い付いた事で、場を取り持とうとすると。
「あぁ」と名刺を取り出しながら、こっちに来る楓くん。
 同じく大貴も「あ、ほんとだ」とそれを出しながら、場を取り持とうとしたのか……
「すいません、この前はこいつが洩れそ、」と。
前回の出来なかった言い訳を、明るく口にしかけたもんだから。

「わああ!」
慌てて遮って、その口を手で塞いだ。
「ちょっ、余計な事はいいから!」

 途端。
その手首が楓くんに掴まれて、グイと引き離される。

 えっ、と驚いて顔を向けると。
無言で、訴えるように見つめられて……

 なにっ?なんなのっ!?
内心テンパると。

 スッと顔を背けながら、掴む手をほどく楓くん。
そして何事もなかったように、自己紹介を始めた。
「改めて、橋元楓です。
妻が、いつもお世話になってます」

 うわ、夫婦っぽいセリフ!
くぅ~、と秘かに噛み締める。

「あ、山下大貴っす。
こちらこそ、お世話させてもらってます」

「っ、はああっ?
そこはなってますじゃないのお!?」
思わず突っ込むと。

「いやだって俺、(お世話に)なってるか?
いつもこっちが、あんな事とかぁ?こんな事とかっ?お世話してると思うんすけど」
とセリフに合わせて、カミナリやトイレの方を指さした。

 言われてみればっ……
これじゃ親友どころか、ただのお荷物じゃない!
口に手を当て驚愕する。

「大げさかっ」

「だって、ごめんっ……
私、大貴に甘えすぎてた」

「つか今さらですおじょーさま。
だからこれからも、遠慮なくパシっちゃってください」

「言い方!」

「いやマジで。
特にこないだみたく危害を加えられたりしたら、警備員として立場ないんで、絶対呼びつける事」

 それは約束出来ないけど……
戸惑いがちに「ありがとう」と場を収めると。

「じゃっ、俺は戻りまーす」
大貴は楓くんにペコリとして、去って行った。


「それで?
あなたは何の用なの?」
後回しになってしまって申し訳ない気持ちで、仕切り直すと。

「ていうか、突っ込みどころ満載なんだけど」
そう苦笑いながら、片手で頭を抱える楓くん。

「……何が言いたいの?」
尋ねながらも、どこがおかしかったのかと脳内でスピード再生する。

「いや、ありすぎて……
とにかく、1つ訊くけど。
危害を加えられた、ってどういう事?」

「あぁ、ちょっとした姉弟きょうだい喧嘩よ。
あなたが気にする事じゃないわ。
そんな事より琉司に勝つ事だけ考えて」

 すると、切なげに眉をひそめる楓くん。

 え、そんなに営業つらいのっ?
もしかして私、また追い込んでる!?
焦ったところで。

「ごめん、もう1つ。
浮気はほどほどにって言ったけど、訂正する。
やっぱり浮気は許さないから」

 許さないいい!?
ただの契約関係なのにっ?
それでも、プライドが許さないって事?
だからさっき、怒ってる感じだったのっ?
いや、浮気なんかするわけないし!
勘違いで、大貴にあんな態度をされるのも困る。
でも浮気妻って思われてるのは、気持ちを隠すにも悪役にも、色々と都合がよくて……

「そんな偉そうな口を利くのは、目的を達成してからにするのね」

「……わかった。
じゃあその時は、俺だけのものになってもらうから」

 今なん、てええっ!?
耳を疑いながら、パチクリした目をぶつけると。

「それよりこれっ、営業先でもらったんだけど」と照れくさそうに話を変えられた。

「杏音も小腹減ってるかなと思って。
一緒にどう?」
手に提げてた袋から、お菓子の小箱が取り出される。

 それでここに来たの!?
待って、泣きそう……
だって仕事中に、しかもこんな時間まで残業するほど忙しい最中、私の事を考えてくれたなんて。
それどころか、まだいるかも分からないのに、差し入れに来てくれたなんて。
たまらずぎゅっと唇を結ぶと。

「あ、フォンダンショコラ嫌いだった?」

「フォンダンショコラっ?」
そんなの大っ好きに決まってる!

「うん、それが美味しいって話で盛り上がったら、わざわざオススメのものを取り寄せてくれて」

 さすが楓くん……
その相手は絶対女性だろうと確信する。

「そう。
まぁ嫌いじゃないけど、こういう事はもうしないで。
ここに来る暇があったら、少しでも早く帰った方が身のためよ」
そう、私なんかに貴重な時間を使わなくていい。

「身のためって」
ふいにクックと笑われて。

 言い方間違えたっ?と恥ずかしくなった私は、「コーヒー淹れてくるわっ」とそそくさ逃げた。


 ともあれ、いただいたフォンダンショコラはあまりに絶品で……
ああ~!頬が緩みそうっ。

 そこでふと気づく。
「ネクタイ、緩めたら?」

「や、杏音に結ばれたままでいたい」

 なにその意味深な発言!
どうしたの楓くんっ……
なに企んでるのっ?
この差し入れといい、さっきの発言といい……
ー「俺だけのものになってもらうから」ー
ぎゃああ!と、思い返して今さら身悶える。

 おおお落ち着いて?
よく考えたら、浮気を許さないって事は、楓くんだけのものになるのと同じだし。
浮気されたら、その相手に社長候補を奪われるかもって不安になるだろうし。
だからそんな甘い言葉で、自分に気を惹きつけようと企んでるのかも!

 色々と気を煩わせて、ごめんね……
でもこの会社はあなたのものよ。
私が絶対、そうさせてみせる。
そのために残業して、全ての業務を把握して、会社や従業員のために出来る限りを尽くして、ここまで上り詰めたんだし。
そうやって少しでも楓くんの力になれるように、頑張ってきたんだから。

「ごちそうさま。
お礼に、何か出来る事があったら手伝うわ。
社長を任せられるのは、あなたしかいないのに。
こうも遅くまで残業されて、身体を壊されたら困るもの」と。
お礼を口実に、不安を拭いながら追い込んでる状況の改善を試みる。

 すると楓くんは、情けなさそうに微笑んで。
「ありがとう。
じゃあさっそく、手伝ってもらっていい?」
と、私のすぐ傍までやって来た。

「え、PC使うなら待って」
自分の作業を中断しようとした矢先。
いきなり迫ってきた楓くんの顔が、キス寸前のところで止まって。
私の心臓も身動きも止まる。

「キスしてくれたら、疲れも吹き飛ぶし、仕事も捗るんだけど……
そのためなら出来そう?」

「かっ……
会社で出来るわけないでしょうっ!」
なんとか顔を背けて、金縛りならぬ楓縛りから逃れたものの。

「って事は、家では解禁なんだ?」

「えっ……
いやそういうわけじゃっ、」

「とりあえず、それを楽しみに頑張るよ」
と私の言葉を遮って、去って行った楓くん。

 どうしようっ、と困惑するも……


 どうやらまた、からかわれたようで。
それ以降その話が持ち出される事はなかったし。
自らその話を浮上させるわけにもいかなかったから、残業に口出す事も出来なかった。




 そうして忙しい12月は、あっという間に仕事納めを迎え……
楓くんの、2度目の営業成績が算出された。

 残念ながら、今回も琉司を超えられなかったものの。
負けないという宣言通り、同順位まで追い付いていて。
全体ではなんと、上位20%まで駆け上がっていたのだ。

 これはとんでもない事で……
基本順位というものは、上位になるほどスコア等の差が開いて上昇しにくい。
さらにある法則では、上位20%の営業マンが全体売上の80%を生み出してるそうで。
つまりそれほどの売上を達成した事になる。

 いくら種まき営業が反映されたとはいえ、全てが今月に実を結ぶはずもなく。
研究しつくされた種まきと、その多さと、先月以上の努力を物語っていた。

 遅くまで残業になるわけだ……
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