悪役令嬢の復讐マリアージュ【完結】

よつば猫

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ボロボロ3

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 負けて離婚する事になっても、他の手段で社長の座を勝ち取らせてみせるし。
今はまだ、どうすればいいかわからないけど、必ずその手段を見つけてみせる。
それがどんなに遠回りでも、時間がかかっても、成し遂げるまで何だってする。
だから楓くんにも、何度でも立ち向かって欲しかった。

 でもそれを悪役らしく伝えるには、どう言えばいいかと思ったところで。

「ごめん」
傍に来た楓くんに、そう抱き包まれる。

「っ、どうしてあなたが謝るのっ?」
むしろ、こっちが申し訳ない立場なのに……
無理やり籍を奪った挙句、勝手にその籍を賭けて、負けたら捨てようとしてる状況なんだから。

「守れなくてごめん。
異変を感じたら駆け付けられるように、なるべく近くにいたんだけど……
間に合わなくて、ごめん」

 うそ、守ろうとしてくれてたのっ?
復讐対象なのに?
琉司との関係も話してないのに?
確かに以前、危害を加えられた話は出たけど……
ちょっとした姉弟喧嘩としか言ってないのに?

 なのに、心配して警戒してくれて……
ー「これからは触れるのすら許さない」ー
その発言もきっと、守るための牽制だったんだろう。

 しかも、琉司を殴ってまで助けてくれるなんて……
暴力沙汰を起こしたら、社長になれなくなるかもしれないのに。
頭のいい楓くんなら、そんな事わかってるはずなのに。
どこまで優しい人なんだろう!
ぐわりと涙が込み上げて、慌ててそれを飲み込んだ。

「っいいえ。
むしろ、助けてくれてありがとう……
そうだ、手は大丈夫なのっ?」
殴った方にもダメージがあるんじゃ?と、それを診るためにその腕から抜けようとすると。

「俺の事はいいよ!
杏音の方が大丈夫じゃないだろっ」
いっそうぎゅっと抱きしめられる。

「私っ?は平気よ?
別に、怪我もしてないし」

「でも怖かっただろっ?
それに、辛かっただろうし……」

 その瞬間。
抑え込んでた怖い気持ちが、掬い出されて。
押し殺してた辛い気持ちが、救い出されて。
ずっと独りで抱えてきたそんな気持ちを、一緒に持ってもらえたようで……
飲み込んでた涙と合わさって、ボロボロとそれが溢れ出す。

 うそ、どうしよう!
絶対泣きたくなかったのに……
泣くわけにはいかないのにっ……

 せめてバレないようにと、唇を噛んで息を潜めるも。
否定せずに黙ってるという事は、その気持ちを認めてるようなもので……
ふいに、守るように、いたわるように撫でられる。

 そんな事されたら、ますます涙腺をやられるに決まってて。
漏れそうなった嗚咽で、小さく肩を揺らしてしまう。

 ああ、ほんとに最悪だ。
これじゃ悪役が形無しだし、それどころか……

「……ごめん。
俺も杏音に無理矢理迫って、辛い思いさせてたよな……
ほんとにごめんっ」

 ほらやっぱり、楓くんにまで罪悪感を与えてしまった。

「あなたはいいの!
一応夫だし、嫌ならOKしてないわっ」

「無理しなくていいよっ。
ちゃんと本音を教えてほしい。
じゃなきゃやめないし、もっとエスカレートするよっ?」

 もっとエスカレート!?
って何する気っ?
けど復讐の一環なら、何でも頑張るに決まってる。

「構わないわ。好きにして?」

「っ、そんな事言われたらほんとにするよっ?」

「だからいいって言ってるじゃないっ」
言い終えるや否や。

「じゃあ上書きさせて?」
そう楓くんの顔が接近して。

 えっと驚いたと同時、唇が重ねられた。

 ええっ、今!?
会社なのにっ?
さすがにそれはどうかと思うけど。
今拒んだら、やっぱり嫌なのかと思われそうで……

 それに。
私も早く口内に残る不快な感触を、甘く蕩ける感触で塗り替えて欲しかった。

 そう思ったら咄嗟に、初めて自分から楓くんの舌を求めてしまい。
その直後、猛攻撃を受けるハメになる。

 それに流されて、思考も感覚も溶かされて。
お互い貪るように、甘い吐息を漏らしながら、熱烈なキスに夢中になってると……

 突然、チャリと音がして。
ハッと、慌てて身体を離した。

 だけど誰も居なくって……
ホッとしたのも束の間。
こんなとこで、しかも自分からも求めた事が、今さら恥ずかしくてたまらなくなる!

「と、とにかく。
助けてくれたのは、感謝してるけど。
もう2度と暴力沙汰は起こさないで」
気まずさを誤魔化すように、そう話を締めくくるも。

「……ごめん、それは約束出来ない。
また杏音に何かされたら、俺も何するかわからない」
と片手で顔を覆う楓くん。

 はいっ!?何でそこまでっ……
最強のパートナーだから?
それとも、私をいたぶるのは自分だけの特権だからとか?
何にしても。

「わかってると思うけど。
問題を起こしたら、向こうの思う壺よ?
あなたは社長になれなくなって、私はやられ損になる。
絶対に、社長の座を勝ち取ってくれるんじゃなかったの?」

「勝つよっ、勝ち取るけど……」

 そこで、あっ!と。
賭け離婚しても見限るわけじゃない事を、伝えなきゃと思い出す。

「仮に、勝てなかった場合だけど。
作戦を練り直すだけで、諦めるつもりはないから。
あなたにも最後まで付き合ってもらうわよ?」

「……わかった。
けど俺は、離婚するつもりもないから」

 えええ!それは困るっ。
もしかして、今の悪役ふうな表現じゃ伝わらなかった?
もしくは、離婚したら復讐を果たせる可能性が低くなると思って?

 何にしても、負けたら離婚は免れない。
契約書を交わした以上、破れないのはもちろんの事。
いつかまた、全ての持株をかけてもらうには……
必ず約束を守って、信用を得なければならないからだ。

「だったら、勝つしかないわね。
そのためにも、感情をコントロール出来るようにならなきゃね」
と、問題行動の抑制にも結び付けると。

 楓くんは渋々といった様子で、「わかった」とため息混じりに呟いた。




 そんな週末。

「部長、ちょっといいですか?」
今回新入社員の配属を任せていた部下に、突然相談を持ち掛けられる。

 そしてなぜか、楓くんまで呼び出され……
相談室に移動した。

 なんでも。
総務課に配属した女性社員が、早くも人事課への異動を訴えてるらしく。
その理由が楓くんなのだという。

「多分、その……
橋元(楓)さんに好意を寄せていて、一緒に働きたいんだと思います。
というのも、帰りに待ち伏せしていたようで……
なのに最初の1回しか会えなかったらしく、対策を考えていたそうなんです。
それで、今なら配属ミスとして変更がきくと思ったのか、それを主張している状態で……」

 相変わらずなんてモテっぷりなの!
それを再認識させられながらも、だからかと合点する。

 実は琉司と揉めた日を筆頭に、楓くんは毎日私が帰るまで残業してたのだ。
本人は「改善提案がまとまらなくて」と言ってたけど、恐らくその新入社員を避けてたんだろう。

 でもほんの少しだけ。
また襲われないように守ってくれてるんじゃ?とか。
怖かった私を心配してくれてるんじゃ?とか。
身の程も弁えずに自惚れてたから……
今となっては、穴があったら引きこもりたい!

 とそこで。
「ご迷惑をおかけしてすみませんでしたっ」
相談してきた部下に頭を下げられて。

「いえ、僕は全然」
「それはあなたのせいじゃないでしょう?」
楓くんと同時に答える。

「私のせいですっ。
実は、研修の時から目に余るものがあったので……
注意したら、それが仇になったようなんです。
彼女は最初から人事を希望していたので、橋元さんと引き離すために総務にされたと思っていて……
それも面談の時に、説得出来なかったからですし。
その結果、待ち伏せという行為を引き起こしてしまったので、申し訳なくてっ……
今も、何度も説得してるんですけど、全然わかってもらえなくて……
やっぱり私には無理なんです!
まだ新人配属を任せてもらえるような力量はありませんっ」
と涙ぐむ。

「……私は、あなたなら相応しいと思って任せたし。
今は尚更そう思ってるわ。
最初は誰でも失敗したり、上手くいかなかったりするものだし。
私も人一倍、失敗してきた」

 そしてその都度。
社長令嬢だから許されると思ってとか、社長令嬢だから実力もないのに任されたんだとか……
さんざん陰口を叩かれてきた。

「部長がですかっ?」

「当たり前でしょう?
むしろ失敗が多かったからこそ、より学べたんだと思うわ。
大事なのは、その後どうするかで……
あなたはきちんと調査して、至らなかった点を振り返って、自分の力で解決しようとして、何度も奮闘してくれた。
そして潰れる前に、ちゃんと私に報告して、頼ってくれた。
私に、一緒に考えるチャンスをくれた。
ありがとう、あなたを選んでよかったわ」

 するとその部下は、ボロボロと泣き出してしまい……
隣に座って、肩をさすると。
正面から視線を感じて、ハッとする。

 ちょっと待って……
私、楓くんの前で偉そうに語ってた?
ああ絶対!人を利用してる人間が何言ってんだよって目で見てる~~。
とその目を見れずに、ひたすら視圧に耐えてると……

「私、頑張りますっ」
泣きやんで、そう奮い立つ部下の姿に。
再び心を惹きつけられる。

「期待してるわ。
じゃあさっそく、対策を考えましょう?」

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