悪役令嬢の復讐マリアージュ【完結】

よつば猫

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ビリビリAー3

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 そんな翌朝。
いつものようにネクタイを結んであげてると……

「昨日なんかあったのって、山下さんの事だったんだ?」
突然見破られる。

「……そうだけど、どうして?」
何でわかったのっ?

「やっぱりそっか……
寝言で彼の名前を呼んでたから」
酷く辛そうに苦笑う楓くん。

 うそ私、大貴の名前呼んでたのっ?
夢に出てきた覚えはないけど……
ていうか、何でそんな顔するのっ?
いやするよね、屈辱だよねっ、ごめんなさい!
 あんなずっと撫でてくれてたのに、その腕の中で他の男の名前を呼ぶなんて……
悪役とはいえ、失礼にも程がある!
そう気まずくなってると。

「……悪いけど。
それでももうすぐ、関係を終わらせるから」
その言葉に。
ズキリと胸が痛んで、すぐ。

「絶対社長になって、杏音の全てを手に入れるから」
まさかの、復讐をカミングアウトをされる!

 バラしちゃっていいのっ?
いやでも、自分の素性はバレてないと思ってるはずだから。
楓くん的には濁してるつもりなのかも……
いやだとしても、私はどんな反応すればいいのっ?
そう戸惑ってたら。

「困っても、今さら取り消し出来ないよ?
その時はもう、容赦しないし。
人生かけて、手に入れるつもりだから。
覚悟しといて?奥さん」
そんな言葉とは裏腹に。

 甘い甘い口づけが、愛おしむように施された。
それはいつもより、ずっと長くて……
どうしようもなく溶かされて……
ふいに、出勤時間!とハッとする。

 慌ててそのキスから逃れようとするも、逃してくれないどころか。

「もっとちょうだい?」
キスの合間に、甘い声で囁かれて。
「俺に、全部ちょうだい?」
そう甘えられる。

 その一連は、まさしく飴と鞭で。
全部あげるけど……
最初からそのつもりだけど……
ー「もうすぐ、関係を終わらせるから」ー
飴の分だけ、鞭が途轍もなく痛かった。






「大貴さんがお辞めになったばかりなので、今日はさぞかしお辛かったでしょう」

 重松の前では平気なフリをしなくていいから……
迎えの車で一気に押し寄せてきた辛さを、そう心配される。

「うん、そうね……
あと、楓くんの事も」

「楓様の事?
何かあったのですか?」

「ううん、何もないけど……
親友と離れる事になって、こんなに辛いのに。
もうすぐ楓くんとも、離れなきゃいけないんだなぁって。
っわかってた事なのに、自分で決めた事なのに……
今になって、すごく辛いのっ」

 そうきっと、近付きすぎたんだ。
楓くんが嫌な思いをしないように、極力近付かないようにしてたけど……
それは私自身が、こうならないためでもあったのかもしれない。

 なのに、いくら復讐やその筋書きのためとはいえ。
好きな人から、毎日のように抱き締められたら……
あんなに何度も身体を結んだら……
その温もりを知ってしまったら……
離れられなくなるに決まってた。

「……でしたら、離れなくてもいいのではないでしょうか。
ご自分で決めた事なら、ご自分で変える事が出来るのですから」

「それじゃ楓くんが辛い思いをするじゃない!
憎むべき復讐対象と一緒にいるのも。
罪悪感を感じながら切り捨てるのも」

「はたしてそうでしょうか?
今の楓様は、離れる事など望んでないかもしれませんよ?」

「ううん。
それこそ今朝、もうすぐ関係を終わらせるって言われたわ。
あと、全てを手に入れるとか復讐めいた事も」
言いながら切なくなるも。

「なんと!
それは本当ですかっ?
お嬢様が寝ぼけていただけでは!?」
その返しに、ずっこける。

「ひどい重松っ。
傷付いてるのに~」

「いえその、すみませんっ。
とても信じられない内容でして……
でもそれが本当なら、あまりにお嬢様が報われないではないですかっ」

「今さらなに言ってるのよ。
最初からそのつもりで、やってきた事でしょう?」

「ですが私は……
楓様にも、愛が芽生えると思っておりました」

「だからそんな事、あるわけないって言ったじゃないっ」

 そう言い切れるのは……
ー「オマエらぜったいふくしゅうしてやる!」ー
あの日の、泣きながらこっちを睨んでた力強い目が……
今でもこの胸に、深く鋭く突き刺さっているからだ。

「それに私なら、もう十分すぎるほど報われてるわ。
ずっと見ているだけの存在だった楓くんと、こんなに関わる事が出来て……
この一年、夢のような日々だったから。
そんな思いを味わう資格なんてないのに、むしろ苦しまなきゃ復讐にならないのにっ……
信じられないくらい、幸せだったから。
そしてなによりも。
私がやってきた事で、楓くんを復讐から解放してあげられるのなら、それに勝るものはないわ」

 だからどんなに辛くても、復讐対象の私は離れなきゃいけないし。
楓くんには本当に好きな人と結ばれて、幸せになってほしいから……

「だから計画を変えるつもりはない。
けど重松には、弱音くらい吐いたっていいでしょう?」

「もちろんです」

 そう、この復讐計画が終了したら、共謀の重松との関係も終わるから……
今しか甘えられないのだ。

 親友と離れて、愛する人とも離れて。
その頃には会社も辞めて、重松とも関わりがなくなるから……
そしたら私は、独りぼっちになる。
そう思った瞬間、例えようのない寂しさに襲われた。

 ところが。
「むしろお聞きする事しか出来ないのが、心苦しい限りですが……
それでもこの重松、生涯お嬢様の一番の味方でおりますので。
これからも何なりと、おっしゃってくださいね」
思わぬ申し出に。

ー「必ず、一番の味方になります。
なので何なりとおっしゃってくださいね」ー
デジャブしたあと、面食らう。

「っ、ちょっと待って。
この復讐が終わったら、私はお嬢様でも何でもなくてっ……
全部楓くんに譲るから、もう重松の事は雇えないわっ」

「いえそんなっ、雇って頂こうとは思っておりません。
そもそも、お嬢様からお給与を頂くつもりもなかったのですが……
それでは遠慮なく頼めないと言われたので、受け取っているだけでして。
それも身に余るほど頂いておりますので、いつかお嬢様のために役立てればと、しっかり蓄えております。
なのでご心配には及びません。
これからもお嬢様がお困りの際には、喜んで飛んで参ります」
安心感を与えるような声と口調に。

 ぼろりと、不可抗力に涙がこぼれて……
それを誤魔化すように、嬉しくて甘えるかのように、つい揚げ足を取ってしまう。

「私が困ってたら、喜ぶんだ?」

「いえそのっ、張り切ってという意味でございますっ。
なにせ、お嬢様にお仕えするのが生き甲斐ですから」

「っ、どうしてそこまで、思ってくれるのっ?」

「それは……
大変おこがましいのですが、娘のように思っているからです」
その言葉で。
ずっと心にあった憶測が、確信めいたものになる。

 というのも昔、結婚する気はないのかと訊いた事があり。
「ございません」と答えた重松に、理由を尋ねたら……
「もう亡くなられた方を、ずっと愛しておりますので」と返されて。
ある時ふと、母じゃないかと思ったのだった。

 何故なら、母が亡くなって間もない頃に現れて。
立場が悪くなるのも顧みず、一番の味方になってくれたからだ。
私が唯一、心を許せるほどに……

 もちろん、それだけじゃない。

「そう思ってくれるのは……
重松がずっと愛してるのは、私の母だから?」
その途端、ルームミラーに映る瞳がピクリと見開いて。
切なげに、だけど慈愛に満ちて細まった。

「お気付きでしたか」

「うん、なんとなくだったけど……
中学に上がってすぐ、楓くんの過去の真相を教えてもらったでしょう?
その話で、交際相手がいた母を、父が無理矢理自分のものにしたって言ってたから……」

「楓くんの過去に直接関係しないのに、どうしてそこまで調べたんだろうって。
言い換えれば、娘の私ですら知らない、当事者しか知り得ない情報を、どうやって調べたんだろうって。
つまりは、その交際相手が重松だったんじゃないかって……」

「……なるほど。
余計な事まで言い過ぎてしまったようで、申し訳ございません」

「謝らないでよっ。
私は聞いて良かったって、心から思ってる。
だから……
重松と母の間に何があったのか、ちゃんと教えてくれない?」

 なのに重松は、「いえ、それは……」と困惑する。

「……話すのは、辛い?」

「いえ私は……
ただ、お嬢様にとってとても辛い内容ゆえ」

「またっ?
でももうそんなの慣れっこよ。
それに、それでもちゃんと話してくれるのが、重松でしょう?」

 すると重松は苦笑いを浮かべて、観念したように話し始めた。


 2人は大学で知り合い。
努力家で真っ直ぐな性格の母に惹かれた重松が、猛アタックする形で交際に発展したという。
それからは人生で最良の、幸せな日々を過ごしたそうだけど……

 そこで思わぬ事実が判明する。
なんと重松は、とある政治家の長子だというのだ!
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