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ぐちゃぐちゃAー1
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無事に引越し作業を終えた私は、急用が入ったという重松を見送ったあと。
バルコニーのデッキチェアから、黄昏時の海を眺めた。
もう楓くんは帰宅しただろうか……
でも話は週末に延期になったから、いつも通り遅いだろうか……
私が出て行った事に気付いたら、どう思うだろうか……
なんて、無意味な事を考える。
携帯電話は新規契約したものの。
今までの番号も離婚が公表されるまでは、解約するわけにはいかなかった。
だから周りには、何かあったら留守電に伝言を入れるように頼んでいて。
電源はマンションを出る時に切っていた。
だけど……
留守電が入ってるかどうか、確認するのは怖かった。
もし楓くんから入ってたら、聞くのが怖いし。
入ってないのを知るのも怖い。
覚悟して決行した計画なのに。
無事に成功して、よかったと思ってるのに。
この現実が受け入れられなくて、想像の何十倍も苦しかった。
さっきまでは重松もいたし、引越し作業でバタバタしてたから、少しは気が紛れてたけど……
どんどん苦しくなって、息も出来なくなる。
楓くんのために生きてきた、私の人生から……
楓くんがいなくなる。
それは、生きる意味を失うに等しくて……
魂がもぎ取られるようで……
恐ろしいほどの虚無感に襲われる。
心がぐちゃぐちゃに崩れそうで……
胸が何度も何度も抉られて……
楓くんが恋しくて、恋しくて堪らなくて……
耐えられないほど、辛くて苦しかった。
この1年間、あまりに急激に過剰に、楓くんと過ごしすぎて。
楓くんのオーバードーズだった私は……
この先もずっと、離脱症状に苦しみ続けるんだろう。
だとしても。
これも復讐の一環になるのなら、どんなに苦しくても構わない。
むしろ、この苦しみと一緒に生きるのも本望だ。
なのに、気付けば涙で溢れかえってて……
嗚咽がこぼれて、止まらなくなって……
そのまま泣き崩れて、ひたすら泣いて……
ほとんど眠ってなかったせいか、泣き疲れて寝落ちしてしまう。
どれくらい寝てたのか……
遠くで鳴り続けてる、玄関チャイムに起こされて。
重松が戻って来てくれたんだと、寝ぼけながら玄関の扉を開けた。
その途端、ありえない姿に心臓を貫かれて。
ここを知るはずもない人が、そこにいて。
思考がショートする。
ああそうか、きっとまだ夢の中なんだ……
楓くんが恋しすぎて、夢に見てるんだ……
夢なら、触れても大丈夫だよね?
思わず、現状を確かめるように。
その存在を確かめるように。
切なげに見つめる顔に、手を伸ばすと。
指先に温もりを感じた瞬間。
ガシッとその手を掴まれて、ビクッと身体が跳ね上がる。
「っ、現実っ!?」
とっさに手を引き抜こうとした矢先。
ガバッと、今度は力強く抱き締められて。
「っっっ!」
心臓が大爆発する。
「なっ……
ちょっ、待っ……ええっ?
っ、離してっ!」
テンパりながら抵抗すると。
「離さない!
一生離さないし離婚もしないっ」
いっそうキツく閉じ込められる。
「っっ……
っ、やめて!
何言ってるのっ?
別にっ、あなたに損はないはずよっ?」
「あるよ、大損だよ!
むしろ、損しかないよっ」
うそ何でっ?
私、何かやらかしちゃった!?
「どういう、事?」
「大事な話があるって言っただろ?
とにかく、話を聞いて欲しい」
「……わかったわ。
でも電話で聞くから、今日は帰って」
直接話したら泣きそうだし、ボロが出そうだからだ。
すると、素直に腕をほどく楓くん。
と思いきや、スーツのジャケットから離婚届を取り出して……
思いっきり破り始めた!
「あああっ!
ちょっ、何するのっ!?」
「今聞いてくれないなら、この先何百枚書いたって破くから」
えええ!そんなぁ~~。
でもそう脅迫されたら、聞くしかなくて。
「……わかったわ、入って」
仕方なく中へ通した。
「ありがとう……」
「ていうか、どうしてここがっ?」
リビングに案内しながら、振り返る。
「重松さんに教えてもらった」
「まさかっ、そんなわけないでしょお!?」
重松がそんな、裏切るような事……
私の気持ちを踏みにじるような事、するわけない。
「……ほんとだよ。
あと、過去の事も全部」
「っ、はいっ!?」
耳を疑って立ち止まる。
「とにかく、それも話すから」
と進むように促され。
待ってどういう事っ?と、気が気じゃない中……
ソファに腰を下ろしたところで、楓くんが語り始めた。
*
*
*
大事な話は週末に延期になったから、無理して早く帰る必要もなくなったわけだけど。
その時の杏音の様子がおかしかったのが気になって……
当初の予定通りに帰宅した俺は、すぐにその部屋を訪れた。
途端、ガランと何もない空間が飛び込んで来て。
心臓が止まる。
何だよこれ……
ちょっと待てよ、意味がわからないっ。
混乱して、嫌な予感がして。
速攻電話をかけるも、電源が切られてて繋がらない。
「何なんだよっ、どーなってんだよっ!」
ものすごい焦燥感に襲われて。
慌てて他の部屋も確かめるも、全部もぬけの殻で……
半狂乱になりかけたところで、俺宛ての封筒を見つけた。
その瞬間。
中身を見なくても、なんとなく見当がついて……
息が出来なくなる。
それでも知りたくて、悪い予想を裏切って欲しくて……
急いで封を開けると。
出て来た離婚届に、胸が思いっきり八つ裂かれた。
「何でだよ、ふざけんなよっ……
俺はちゃんと目的を果たしただろっ!」
ブチ切れながらも。
同封されてた手紙に目を通すと……
さらに胸が、滅多刺しされていく。
駆け落ちの相手は、恐らく山下さんだろう。
2ヶ月前から姿を見かけなくなって、杏音が落ち込んでた時期と重なる事から……
うちの警備員を辞めて、身を引いたんだと思ってたけど。
今となれば、それは駆け落ちのためで……
ふざけんなよっ!!
だったら俺は、何のために頑張ってきたんだよっ……
俺だけのものになってもらうはずが、逆にあいつのために生きられる状況を与えてて。
少しずつだけど、いい夫婦関係を築けてると思ってたのに……
杏音は完全に共謀関係としか思ってなくて。
それどころか。
ー「これからは俺が、今までの分まで……
必ず杏音を、幸せにするよ」
「結構よっ。
自分の幸せくらい、自分で掴むわ。
だから、その邪魔だけはしないでね」ー
杏音にとっては、邪魔な存在でしかなくて。
俺が欲しいのは杏音だけなのに。
地位も財産も何もかも要らないのにっ……
杏音は全てを捨てるほど、あいつだけで。
そのために会社まで辞めて、莫大な株まで俺に譲ったのかと……
そんなにあいつなのかよ!と、心がぐちゃぐちゃに崩れそうになる。
許せなくて、到底受け入れられなくて……
絶対、諦められなくて。
だけど阻止しようにも、杏音の電話は繋がらないし、あいつの連絡先は知らないから。
すぐさま、杏音の居場所を唯一知ってるに違いない、運転手に電話をかけた。
なのに、何回かけても出てくれなくて……
杏音や運転手が、かけ直さずにはいられない留守電内容を考えた。
するとその最中、運転手からかかってきて。
すかさず俺は、杏音の居場所を尋ねた。
「いえ私は存じ上げませんが……
何かあったのですか?」
「とぼけんな!
杏音と共謀関係だったあんたが、知らないはずがないっ」
「共謀関係?
なぜそう思われるのですか?」
「俺たちが契約夫婦だって事は、誰の前でも例外なく隠されてた」
そう、駆け落ちするあいつですら知らないふうだった。
「なのに正月の挨拶回りの時。
あんたの前では夫婦仲アピールの計画も、俺とのリアルな仲も、隠そうともしてなかった」
ー「作れたとしても、そんな夫婦仲アピールにならないもの、わざわざ作るわけないでしょう?
周りに披露しないなら、作った事にすればいいだけだし」
「私はただ、挨拶回りの事で頭がいっぱいで。
あなたごとき、いちいち気にしていられなかっただけよ」ー
「なるほど。
ですがそれなら尚更、お教えするとお思いですか?」
「思わないけど、あんたが言ったんだろ?
心のままにぶつからなきゃ、一生後悔するって。
だからちゃんと話し合って、納得するまで離婚はしないし。
どんな手を使っても探し出す。
それじゃ困るだろうし。
あんたも杏音の幸せを思うなら、一生逃げ続ける人生なんて送らせたくないだろ?」
「もちろんそうですが……
私が言った言葉は、唯一だと思える存在に対するものだったはずです。
つまりは楓様にとって、お嬢様が唯一の存在という事でしょうか?」
「当たり前だろっ!?
誰のために死ぬ気で頑張って来たと思ってんだよっ」
杏音の役に立ちたくて、杏音に認められたくて、自慢の夫になりたくて、その心を振り向かせたくて。
詰め込んで詰め込んで、吐きそうなほど詰め込んで、狂いそうなほど詰め込んで、死に物狂いで頑張ってきたのにっ……
そんな努力もしてないあいつに、いいとこ取りされてたまるかよ!
「そういう事でしたら、無下にするわけにもいきませんが……
まずはそのお気持ちが本物かどうか、僭越ながら見極めさせていただきたいと思います。
楓様のご都合がよろしい時に、直接会ってお話し出来ませんか?」
「だったら今すぐ、無理なら何時でもいいから、今日中に話したい」
そうして、少し離れた場所で1時間後に会う事になった。
「それでは早速、お聞き致します。
お嬢様は楓様から、もうすぐ関係を終わらせると言われたそうですが……
唯一の存在でしたら、なぜそのような事をおっしゃったのですか?」
「言ってない!
むしろ関係を終わらせないように必死だったのに、言うわけなっ」
と否定しかけて。
覚えのあるセリフを思い出す。
「……あぁ、そういえば。
確かに言ったけど……
嘘だろ、俺たちの関係だと思ってたのかよっ」
「他にどのようなご関係が?」
「いや、今駆け落ちしてる奴との関係に決まってんだろ」
「なるほど!そう言う事でしたかぁ~。
ですが少し、腑に落ちない点が……」
はあっ!?と苛立ちながらも、ぐっと抑え込む。
「他の男性との関係なら、なぜ即座に終わらせなかったのでしょうか?
このような事態になるまで手を打たず、呑気に"もうすぐ"で平気だったのですか?」
「平気なわけないだろ!
だから浮気は許さないって言ったけどっ。
目的を達成してからじゃないと、聞き入れてくれなかったから。
とにかくそのために、絶対社長になるために、頑張るしかなくてっ……
どんな思いで耐えて来たと思ってんだよっ」
バルコニーのデッキチェアから、黄昏時の海を眺めた。
もう楓くんは帰宅しただろうか……
でも話は週末に延期になったから、いつも通り遅いだろうか……
私が出て行った事に気付いたら、どう思うだろうか……
なんて、無意味な事を考える。
携帯電話は新規契約したものの。
今までの番号も離婚が公表されるまでは、解約するわけにはいかなかった。
だから周りには、何かあったら留守電に伝言を入れるように頼んでいて。
電源はマンションを出る時に切っていた。
だけど……
留守電が入ってるかどうか、確認するのは怖かった。
もし楓くんから入ってたら、聞くのが怖いし。
入ってないのを知るのも怖い。
覚悟して決行した計画なのに。
無事に成功して、よかったと思ってるのに。
この現実が受け入れられなくて、想像の何十倍も苦しかった。
さっきまでは重松もいたし、引越し作業でバタバタしてたから、少しは気が紛れてたけど……
どんどん苦しくなって、息も出来なくなる。
楓くんのために生きてきた、私の人生から……
楓くんがいなくなる。
それは、生きる意味を失うに等しくて……
魂がもぎ取られるようで……
恐ろしいほどの虚無感に襲われる。
心がぐちゃぐちゃに崩れそうで……
胸が何度も何度も抉られて……
楓くんが恋しくて、恋しくて堪らなくて……
耐えられないほど、辛くて苦しかった。
この1年間、あまりに急激に過剰に、楓くんと過ごしすぎて。
楓くんのオーバードーズだった私は……
この先もずっと、離脱症状に苦しみ続けるんだろう。
だとしても。
これも復讐の一環になるのなら、どんなに苦しくても構わない。
むしろ、この苦しみと一緒に生きるのも本望だ。
なのに、気付けば涙で溢れかえってて……
嗚咽がこぼれて、止まらなくなって……
そのまま泣き崩れて、ひたすら泣いて……
ほとんど眠ってなかったせいか、泣き疲れて寝落ちしてしまう。
どれくらい寝てたのか……
遠くで鳴り続けてる、玄関チャイムに起こされて。
重松が戻って来てくれたんだと、寝ぼけながら玄関の扉を開けた。
その途端、ありえない姿に心臓を貫かれて。
ここを知るはずもない人が、そこにいて。
思考がショートする。
ああそうか、きっとまだ夢の中なんだ……
楓くんが恋しすぎて、夢に見てるんだ……
夢なら、触れても大丈夫だよね?
思わず、現状を確かめるように。
その存在を確かめるように。
切なげに見つめる顔に、手を伸ばすと。
指先に温もりを感じた瞬間。
ガシッとその手を掴まれて、ビクッと身体が跳ね上がる。
「っ、現実っ!?」
とっさに手を引き抜こうとした矢先。
ガバッと、今度は力強く抱き締められて。
「っっっ!」
心臓が大爆発する。
「なっ……
ちょっ、待っ……ええっ?
っ、離してっ!」
テンパりながら抵抗すると。
「離さない!
一生離さないし離婚もしないっ」
いっそうキツく閉じ込められる。
「っっ……
っ、やめて!
何言ってるのっ?
別にっ、あなたに損はないはずよっ?」
「あるよ、大損だよ!
むしろ、損しかないよっ」
うそ何でっ?
私、何かやらかしちゃった!?
「どういう、事?」
「大事な話があるって言っただろ?
とにかく、話を聞いて欲しい」
「……わかったわ。
でも電話で聞くから、今日は帰って」
直接話したら泣きそうだし、ボロが出そうだからだ。
すると、素直に腕をほどく楓くん。
と思いきや、スーツのジャケットから離婚届を取り出して……
思いっきり破り始めた!
「あああっ!
ちょっ、何するのっ!?」
「今聞いてくれないなら、この先何百枚書いたって破くから」
えええ!そんなぁ~~。
でもそう脅迫されたら、聞くしかなくて。
「……わかったわ、入って」
仕方なく中へ通した。
「ありがとう……」
「ていうか、どうしてここがっ?」
リビングに案内しながら、振り返る。
「重松さんに教えてもらった」
「まさかっ、そんなわけないでしょお!?」
重松がそんな、裏切るような事……
私の気持ちを踏みにじるような事、するわけない。
「……ほんとだよ。
あと、過去の事も全部」
「っ、はいっ!?」
耳を疑って立ち止まる。
「とにかく、それも話すから」
と進むように促され。
待ってどういう事っ?と、気が気じゃない中……
ソファに腰を下ろしたところで、楓くんが語り始めた。
*
*
*
大事な話は週末に延期になったから、無理して早く帰る必要もなくなったわけだけど。
その時の杏音の様子がおかしかったのが気になって……
当初の予定通りに帰宅した俺は、すぐにその部屋を訪れた。
途端、ガランと何もない空間が飛び込んで来て。
心臓が止まる。
何だよこれ……
ちょっと待てよ、意味がわからないっ。
混乱して、嫌な予感がして。
速攻電話をかけるも、電源が切られてて繋がらない。
「何なんだよっ、どーなってんだよっ!」
ものすごい焦燥感に襲われて。
慌てて他の部屋も確かめるも、全部もぬけの殻で……
半狂乱になりかけたところで、俺宛ての封筒を見つけた。
その瞬間。
中身を見なくても、なんとなく見当がついて……
息が出来なくなる。
それでも知りたくて、悪い予想を裏切って欲しくて……
急いで封を開けると。
出て来た離婚届に、胸が思いっきり八つ裂かれた。
「何でだよ、ふざけんなよっ……
俺はちゃんと目的を果たしただろっ!」
ブチ切れながらも。
同封されてた手紙に目を通すと……
さらに胸が、滅多刺しされていく。
駆け落ちの相手は、恐らく山下さんだろう。
2ヶ月前から姿を見かけなくなって、杏音が落ち込んでた時期と重なる事から……
うちの警備員を辞めて、身を引いたんだと思ってたけど。
今となれば、それは駆け落ちのためで……
ふざけんなよっ!!
だったら俺は、何のために頑張ってきたんだよっ……
俺だけのものになってもらうはずが、逆にあいつのために生きられる状況を与えてて。
少しずつだけど、いい夫婦関係を築けてると思ってたのに……
杏音は完全に共謀関係としか思ってなくて。
それどころか。
ー「これからは俺が、今までの分まで……
必ず杏音を、幸せにするよ」
「結構よっ。
自分の幸せくらい、自分で掴むわ。
だから、その邪魔だけはしないでね」ー
杏音にとっては、邪魔な存在でしかなくて。
俺が欲しいのは杏音だけなのに。
地位も財産も何もかも要らないのにっ……
杏音は全てを捨てるほど、あいつだけで。
そのために会社まで辞めて、莫大な株まで俺に譲ったのかと……
そんなにあいつなのかよ!と、心がぐちゃぐちゃに崩れそうになる。
許せなくて、到底受け入れられなくて……
絶対、諦められなくて。
だけど阻止しようにも、杏音の電話は繋がらないし、あいつの連絡先は知らないから。
すぐさま、杏音の居場所を唯一知ってるに違いない、運転手に電話をかけた。
なのに、何回かけても出てくれなくて……
杏音や運転手が、かけ直さずにはいられない留守電内容を考えた。
するとその最中、運転手からかかってきて。
すかさず俺は、杏音の居場所を尋ねた。
「いえ私は存じ上げませんが……
何かあったのですか?」
「とぼけんな!
杏音と共謀関係だったあんたが、知らないはずがないっ」
「共謀関係?
なぜそう思われるのですか?」
「俺たちが契約夫婦だって事は、誰の前でも例外なく隠されてた」
そう、駆け落ちするあいつですら知らないふうだった。
「なのに正月の挨拶回りの時。
あんたの前では夫婦仲アピールの計画も、俺とのリアルな仲も、隠そうともしてなかった」
ー「作れたとしても、そんな夫婦仲アピールにならないもの、わざわざ作るわけないでしょう?
周りに披露しないなら、作った事にすればいいだけだし」
「私はただ、挨拶回りの事で頭がいっぱいで。
あなたごとき、いちいち気にしていられなかっただけよ」ー
「なるほど。
ですがそれなら尚更、お教えするとお思いですか?」
「思わないけど、あんたが言ったんだろ?
心のままにぶつからなきゃ、一生後悔するって。
だからちゃんと話し合って、納得するまで離婚はしないし。
どんな手を使っても探し出す。
それじゃ困るだろうし。
あんたも杏音の幸せを思うなら、一生逃げ続ける人生なんて送らせたくないだろ?」
「もちろんそうですが……
私が言った言葉は、唯一だと思える存在に対するものだったはずです。
つまりは楓様にとって、お嬢様が唯一の存在という事でしょうか?」
「当たり前だろっ!?
誰のために死ぬ気で頑張って来たと思ってんだよっ」
杏音の役に立ちたくて、杏音に認められたくて、自慢の夫になりたくて、その心を振り向かせたくて。
詰め込んで詰め込んで、吐きそうなほど詰め込んで、狂いそうなほど詰め込んで、死に物狂いで頑張ってきたのにっ……
そんな努力もしてないあいつに、いいとこ取りされてたまるかよ!
「そういう事でしたら、無下にするわけにもいきませんが……
まずはそのお気持ちが本物かどうか、僭越ながら見極めさせていただきたいと思います。
楓様のご都合がよろしい時に、直接会ってお話し出来ませんか?」
「だったら今すぐ、無理なら何時でもいいから、今日中に話したい」
そうして、少し離れた場所で1時間後に会う事になった。
「それでは早速、お聞き致します。
お嬢様は楓様から、もうすぐ関係を終わらせると言われたそうですが……
唯一の存在でしたら、なぜそのような事をおっしゃったのですか?」
「言ってない!
むしろ関係を終わらせないように必死だったのに、言うわけなっ」
と否定しかけて。
覚えのあるセリフを思い出す。
「……あぁ、そういえば。
確かに言ったけど……
嘘だろ、俺たちの関係だと思ってたのかよっ」
「他にどのようなご関係が?」
「いや、今駆け落ちしてる奴との関係に決まってんだろ」
「なるほど!そう言う事でしたかぁ~。
ですが少し、腑に落ちない点が……」
はあっ!?と苛立ちながらも、ぐっと抑え込む。
「他の男性との関係なら、なぜ即座に終わらせなかったのでしょうか?
このような事態になるまで手を打たず、呑気に"もうすぐ"で平気だったのですか?」
「平気なわけないだろ!
だから浮気は許さないって言ったけどっ。
目的を達成してからじゃないと、聞き入れてくれなかったから。
とにかくそのために、絶対社長になるために、頑張るしかなくてっ……
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