もうこれ以上、許さない

よつば猫

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心を許さない1

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「彼氏となんかあった?」
翌日、風人から心配そうに覗き込まれる。

「っ、なんでそう思うの?」
ドキッとして、近づいた顔から視線をそらした。

「だって、心がどっかいっちゃってる感じだから」

「そうかな……
でも大した事じゃないよ。
ただ、あたしの事どう思ってるのかなって」

「うわガチだ。
俺の前でそんな事ゆうっ?」

「そっちが訊いてきたんじゃん」

「あそっか」

 そんな風人にクスリとすると。

「まぁでも、月奈ちゃんが笑顔になれるといいな」
そうよしよしされて……

 心が、感覚が、一気に風人に持っていかれる。

「やめてよ!」
とっさにその手を、力いっぱい払ってしまう。

 しまった!
すぐに顔を向けると、風人はショックを滲ませた驚き顔で固まってて。

「っ、ごめん……
そういうの、苦手だから」
慌てて謝罪と、過剰反応の言い訳をするも。

「や、俺が悪いし。俺のがごめん」
いつになくしおらしい態度で、気まずそうに帰っていった。

 ごめんね、風人……
だけど、これで良かったのかも。
きっと、今までみたいに通わないよね?

 そう、風人は帰り際。
今までみたいに「じゃあまた明日」って言わなかった。

 うん、これでいい。
これでもう、必要以上に絡まなくてすむ。
なのに、なんでこんなに切ないんだろう……

 気付けばすっかり、風人のペースに流されて。
この短期間で、こんなに心を許してて。
ほんと、危ないとこだったよ。

 今の風人は……
記憶のない風人は……
存在を消しちゃうくらい重荷だったあたしに、一線引く事が出来ない。
だからあたしが、ちゃんと一線引かなきゃいけない。
だから、これで良かったのに……

 風人のよしよしが好きだった。
その大きな手で撫でられるのが、たまらなく好きだった。
そんな愛しくて、懐かしくて、切ない感覚が甦って……
胸が千切れそうだった。



 だけど、この男は懲りなかった。

「はい、賄賂」
次の日、カウンターにスーパーのレジ袋を差し出される。

「……なにこれ」
中を覗くと、ランチした時に選んだジャージー牛乳プリンが袋いっぱい入ってて。

「昨日はごめん!
ちゃんと反省してるし……
このお詫びの賄賂で、これからも俺と仲良くしてやってくださいっ」
そう頭を下げられる。

 なんでそこまでっ……
過去のリプレイみたいな状況と合わさって、泣きそうになるのを必死にこらえた。

「……受け取れない」

「マジでっ!?
え、そんな怒ってる?」

「そうじゃなくて……
別に怒ってないし、ここまでしてもらう筋合いないから」

「怒ってないんだっ?
うわよかった~!
俺もう嫌われたんじゃないかって、生きた心地がしなくてさぁ」

「それはさすがに大げさすぎだから」

「ほんとだって!
俺から月奈ちゃんの笑顔取ったら何が残るっ?」

「知らないよっ」
思わず笑ってしまって……
すぐに唇をぎゅっと結んだ。

「とにかく、これは持って帰って」

「ええ~!
この量俺に1人で食えと」

「その量あたしに1人で食べさせようとしてたんだよねえ?」

「いーやっ?
食べ切れなかったら手伝おうと思ってたし。
月奈ちゃんを喜ばせたくて買ったのに……」
といじける風人。

 ああもっ、そんなふうに言われたら突き放せないじゃん!

「わかった、じゃあ半分こね?」

「半分か~!
じゃあ今からメシにして一緒に食おっ?」

「はあっ?
一緒に食べるのはあの日だけって言ったよねえっ?」

「チッ、覚えてたか」

 舌打ちー!
ていうか、あたしが言ったんだから覚えてるに決まってるじゃんっ。

「あ~あ……
月奈ちゃんが旨そうに食べてくれるとこ、見たかったのになぁ」

「しつこい!
も~お、営業妨害だから長居しないでっ」

「ひどっ!
誰かいた方が入りやすいのにっ」

「いや服屋じゃないから!」

 そうして、半分こしたプリンを風人に渡しながら……

「でも、ありがとね」
一応お礼を告げると。

 いじけてた風人の顔がパッと晴れる。

「よっっしゃ!これで今日も頑張れるっ。
じゃあ月奈ちゃん、また明日~」

 しまった!また明日って……
ダメだ、ぜんぜん一線引ける気がしない。
ああもっ、どうすればいいのっ?
なのに、どこか嬉しい自分がいた。



 それから数日後。
肉じゃがのお礼がしたいと、誉からCyclamenに誘われて…
お礼なんかいいよと断るも。

〈じゃあ諌のおかげで肉じゃがにありつけたから、売上協力のお礼に付き合ってよ〉

 そう返されたら断れなくて。
結局、誉におごられる羽目になる。

 だけどCyclamenを目前に、ふと気付く。

「ていうか、飲みに行く時間があるなら食べる時間くらいあったんじゃないの?」

 忙しくて食うのもまともに出来てない、と言った誉にそう突っ込む。

「うんでも、1人だとつい仕事に没頭しちゃって」

 なるほど……
と納得したところで、さらに気付く。

「待って誉っ」
入ろうとした誉の腕を掴んで、慌てて店外に連れ戻した。

「えっ、なに?」

「肉じゃがの事、マスターに言うの?」

 途端、誉の顔が不満げになる。

「諌には知られたくないんだ?」

「だって……」
あたしたちの関係、どう説明するつもり?
そう訊こうとした矢先。

 扉の窓から、その向こうにあるレジに立ったマスターが見えて。
思わず誉の腕から手を離した。

 すると、それを察した誉は大きくため息をついて……

「心配しなくても、言うつもりないから」
不機嫌そうに言い捨てながら、背中を向けて。
店内に入っていった。

 うそ、怒ってる?
ていうか、なんで怒るのっ?
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