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3-09もうこの愛情は届かない

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「それじゃ、レン。ちょっと行ってみるか?」
「おう、シエル。チビやリッシュは留守番な」

 俺たちは盗賊退治をするように、黒いローブと黒い布で顔を鼻まで隠した。そして宿屋の窓から抜け出して『飛翔フライ』の魔法を使った、『飛翔フライ』の魔法さえ使えれば領主の屋敷へはすぐに辿り着けた。問題はドラゴンを倒した領主を探すことだったが、まぁこういう場合は一番厳重に警備されている部屋に行くのが正解だった。

「まずはどうやって正々堂々と、強いドラゴンを倒したか聞いてみよう」
「そうだな、正々堂々と戦って倒したなら、そいつはどんな人間なんだろうな」

 俺たちは城の中で一番に厳重に守られている部屋に辿り着いた、そうっと扉の隙間から中を覗くとその部屋の中ではそこそこ逞しい男と美しい女が、とても言いにくいのだが俺たちに気づくこともなく激しく交尾をしていた。俺はどうするかとレンに視線で聞いてみたが、レンは顔を真っ赤にしてしまって固まっていた。俺は仕方がなくレンをその部屋から遠ざけた、そうして領主の館をこっそりと歩き回っていたら、とても立派なドラゴンの銅像が中庭に置いてあった。

 そうしてそこにはその像に向かって祈りを捧げる女性がいた、レンもようやく真っ赤になっていた顔が元に戻っていた。ドラゴンに祈るなんて珍しい人間だった、レンも同じことを思ったのか俺に聞いてみようと合図してきた。祈っていた女は綺麗に結い上げた銀の髪と緑色の瞳を持っていた、彼女は熱心にドラゴンへと祈りを捧げていたが、美しいドレスを着ているのに何故か不釣り合いな剣を持っていた。とりあえず、俺がその女性に話しかけてみた。

「太古からの隣人であるドラゴンに祈りを捧げる、そんなことをしている君は誰だ?」
「この懐かしい気配、貴方たちはドラゴンね!!」

「へぇー、俺たちの気配が分かるのか。なんでそんなことができるんだ?」
「…………それは私を大切にしてくれた彼の気配だから」

「彼? そのドラゴンのことか?」
「そちらの貴方はあの時の、彼の子どもなんでしょう」

 俺とレンは全くこの女性の言っていることが分からなかった、でもドラゴンを彼というからにはこの女性はドラゴンを知っているのだ。三十歳くらいのとても美しい女性だった、そして豪華だが派手ではない美しいドレスを着ていた。俺とレンは更に彼女から情報を引き出そうとした、過去にドラゴンと彼女の間で何が遭ったのかを知りたくなったのだ。

「俺たちは彼とやらの子どもじゃない、ただの通りすがりのドラゴンだ」
「そうだぜ俺様たちは、ただドラゴンスレイヤーと呼ばれる、その強者を見てぇだけだ」
「それは私よ、私はレーチェ。かつてドラゴンと戦った者よ」

「え!? レーチェ、君がドラゴンと戦ったのか!?」
「嘘だろ、ただの貴族の女じゃねぇのかよ!?」
「ええ、そうよ。私がかつてドラゴンと戦ったの、貴方たちに嘘や偽りは言わないと約束するわ」

「その約束の意味が分かっているのか?」
「ドラゴンとの約束は、それはもう魔法の契約と変わらねぇ」
「もう二つ、貴方たちを必ず無事にこの館から送り出す、それに貴方たちを決して傷つけず追わないと約束するわ。だからドラゴンの戦士たち、私と一緒にお話ししてくれる?」

 レーチェという女性は更に俺たちに有利な約束をしてきた、俺たちは誇り高きドラゴン族なのだから、そこまで相手がしてくれるならそれに応えるべきだった。レーチェは長話をするのならここは冷えると言いだし、俺たちを領主の館の一室に案内してくれた。そうして通りすがり侍女に紅茶を用意させた、侍女は顔を隠している俺たちを見て驚いていたが、間もなく紅茶を三人分だけ用意して持ってきた。

「レーチェ・メディシナ・デストルドールと申します、太古からの隣人に、大いなる力の加護があらんことを」
「俺たちは身元を隠しているから名乗れないが、良き隣人に、大いなる力の加護があらんことを」
「俺様も名乗れねぇが、お前の態度には敬意を払う。隣人に、大いなる力の加護があらんことを」

「それで貴方たちは一体何が聞きたいのかしら」
「貴女は正々堂々とドラゴンと戦ったのか?」
「ああ、そうだ。どうやって誇り高きドラゴンを倒しやがった?」

「私は正々堂々とドラゴンと戦ったわ、でも本当は彼を倒したくはなかったの、私はそんなことをするべきではなかった」
「正々堂々とドラゴンと戦ったのは確かなんだな」
「倒したくなかった? するべきではなかった? ってなんでだよ?」

「だって彼は、クヴァリテートは、私のことを愛してくれたんだから」
「愛してくれた!?」
「はぁ!?」

 そうしてレーチェという女性が語ってくれたのは遠い昔話だった、彼女はクヴァリテートというドラゴンと最初はその正体は知らずに仲良くなった。二人はいくつもの冒険や魔物退治をして、クヴァリテートはレーチェのことを優しく愛してくれるようになった。だけど当時のレーチェにとってクヴァリテートは好ましい友達だった、だから正体を明かしてくれた彼からの求愛を断ってしまった。

「でもね、もう十五年も前のことだけど思うの、私は彼からの求愛を受けて三人で逃げれば良かった」
「えっ、三人で逃げる?」
「二人じゃなくてか?」

「クヴァリテートは可愛い男の子を育てていたの、男性のドラゴンが子育てをするのは珍しいことらしいわ」
「それはその通りだ、普通のドラゴンは母親が子育てをする」
「珍しいことだが、ありえなくもねぇ」

「その子はクヴァリテートが私と会う前、そうメスのドラゴンとの子どもだった。クヴァリテートは貴方のような蒼い目をしていたわ、そしてその子どもはそちらの元気の良い貴方のような緑色の瞳だった」
「俺は貴女のクヴァリテートじゃない」
「おっ、俺様だってその息子じゃねぇからな」

「ええ、よく分かっているわ。私はそんな優しい友人であったドラゴンを殺してしまった、そしてその子どもにも消えることのない心の傷を負わせてしまった」
「一体どうしてそんなことを?」
「そいつらを嫌ってたんじゃねぇんだろ」

 レーチェはそこで淡々と当時自分が置かれていた状況を話した、彼女は男爵令嬢だったが長男がいたので後継ぎにはなれなかった。だから適当な貴族のところへ嫁がされることになった、レーチェにとってそれは受け入れがたい出来事で、もっと自由にいつか出会える愛する人と幸せになりたかった。そんな彼女の状況を見ていたクヴァリテートが、自分の子どもを他のドラゴンに預けて、ある日正々堂々とドラゴンである自分と戦うように言ってきた。

 もちろんレーチェは最初はその戦いを受けなかった、でも嫁がされる相手が当時の自分より三十歳も上の貴族だと聞いた。それにその貴族には良い噂が一つもなく、悪い噂は山のようにあった。ただその貴族はお金だけは持っていて、貧乏だったレーチェの男爵家を支援してくれると言った。レーチェはいつか好きになる誰かの為に戦わなければならなかった、家から逃げ出そうともしてみたがすぐに捕まった。

 そんな時にクヴァリテートが男爵家が治める領地にドラゴンとして現れた、彼がそうした理由は明らかに友人であり愛する人でもあるレーチェの為だった。そうレーチェから正々堂々とドラゴンに勝負をしかけたのではなかった、クヴァリテートから男爵家であるレーチェを指名して勝負をしかけてきたのだ。それは彼女への愛のためだった、彼女を縛る男爵家という鎖を断ち斬るためだった。

「私は友人であるクヴァリテート、そうテートと正々堂々と戦ったわ。それまで隠していたけれど、私は上級魔法の使い手でもあった、そう正々堂々とテートと戦って…………、私は負けるはずだったのよ」

 レーチェは自分が好きな相手に嫁げないくらいなら友人の手で、そう大切な友人に殺されることを望んでいた。でも友人であるクヴァリテートというドラゴンも同じことを思っていた、友人であり愛する人であるレーチェを自由にする為なら自分が殺されても良かった。そうしてドラゴンである彼は深い愛情から彼女を守る為に負けた、牙や爪それに鱗などドラゴンを倒した証を残して彼は死に大きな世界へと返った。

 レーチェはそれでドラゴンを倒した英雄になった、もう実家の男爵家に命令されることもなくなった、王から新たに男爵の地位を与えられレーチェは女男爵になった。そうして一生懸命に治めることになった領地を発展させた、そうしている間にレーチェに惚れたという男性も現れた。レーチェもその男性を多分好きだと思って結婚した、でもその男性の愛は表面だけ美しくした偽物だった。

「ふふっ、この領主の館の一番良い部屋にいるがの私の夫。でも私は初夜に夫に抱いても貰えなかった、ドラゴンを倒した女なんて気味が悪いと言われた、今もきっと側室と夜を過ごしているでしょう」

 レーチェはそう言って涙を零した、それが誰の為の涙なのかは明らかだった。そうさっきまで祈りを捧げていたドラゴン、レーチェの友人のクヴァリテートへの涙だった。いやそれもまた違うと俺は思った、彼女の涙には確かに後悔が表れていた。でもそれはどうやらただ友人に捧げる以上のものだった、そう涙に濡れた彼女の瞳には愛が溢れていた、もうどうやっても叶うことのない愛に満ち溢れていた。

「誰かを好きだと思ったら、その意味をよく考えてね。私のように友愛と恋情を間違えては駄目よ」
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