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2-8受け入れられない人もいる

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「これは、これは、ある意味で凄い薬です!!」
「はぁ、ええと何の薬なのでしょうか?」

 僕が恐る恐るその薬の正体を尋ねると、冒険者ギルドの職員の彼女はにっこりと笑った。何か可哀そうな人をみるような聖母のような慈悲深い笑みだった、僕は彼女のその笑顔に余計に嫌な予感がしてきてしまった。

「これは水虫の完全治療薬です、これを貴族に売りに出せば良い値段で絶対に売れます」
「な、なるほどそれは密かに悩んでいる、そんな貴族の方が多そうですね」

「宜しければ冒険者ギルドで買い取ります、ええと金貨3枚ではいかがでしょうか?」
「そんなにするんですか!? ええとそれじゃ僕たちには要らないので売ります」

「ありがとうございます、また同じ薬を見つけましたら、どうぞ冒険者ギルドでお売りください」
「は、はい」

 水虫とは誰もが知っている足に発生しやすい皮膚の病気だ、僕やソアンはそんな病気にはかかっていないが、かかっている者にとっては完全治療薬というのは凄く良いものなのだと分かった。金貨3枚で買い取った冒険者ギルドが、誰に一体いくらで売るのか気になるところだった。ソアンは最初は水虫の薬と聞いてポカーンとした顔をしていた、その後に我に返るとあはははっと楽しそうに笑っていた。

「いや、世界にはいろんな病気で悩んでいる人がいるんだね」
「あはははっ、リタ様。はい、笑っちゃいけないけど、やっぱりおかしいです」

「金貨3枚で買い取って、一体いくらで売るんだろう」
「水虫って今のところは効果的な薬がないですし、水虫になって本気で悩んでいる、そんな貴族ならいくらでも出しそうです」

「全くどんな薬がお金になるか分かったものじゃないね、そういえば貴族といえば今日はシャールに会いに行こうか」
「そうですね、新しいエテルノのダンジョンに行くには遅くなり過ぎました。良いアイディアだと思います」

 僕たちはそのまま領主の館に出かけていった、領主の次男であるジーニャスと親しくしているから、話も通っていてすぐに門番は僕たちを中に入れてくれた。訪ねてみたシャールは今日は顔色が悪そうだった、だからベッドに寝ていたのでそのまま今日はダンジョンなんかの話をソアンが、僕は優しくて穏やかな曲を選んで演奏してみた。

「リタさんとソアンさん、また会えて嬉しいれしゅ、本当に楽しいれしゅ……」

 シャールは嬉しそうにニコニコとしていたが、やがて体力の限界がきたのかまた彼女は眠ってしまった。それから帰ろうとしたら執事さんから僕は演奏の礼だと金貨1枚貰った、シャールのことは気に入っていたので辞退しようかと思っていたが、ソアンが仕事と交友は別ですとしっかりと受け取っていた。金貨1枚分の仕事ができたのかと僕が心配していると、出口でフォルクという領主の長男に会ってしまった。

「ふん、貧しい庶民は大変だな。妾腹のガキのご機嫌取りがそんなに楽しいか?」

 完全に僕たちに対する挑発だと分かっていたので、無言で一礼して僕たちはフォルクを相手にしなかった。そうしないで帰ろうとしたら、彼は嫌なことをまた言いだした。

「オラシオン国とプルエールの森との不可侵条約、俺がもっと上の貴族になったら廃止してやる、そうしたらお前たちは俺様たちの奴隷だからな」

 このゼーエンの男爵家はエリクサーを王族に献上することになっている、そういう噂が本当なら男爵以上の貴族になることも夢ではなかった。だからオラシオン国とプルエールの森との不可侵条約、それを本当に廃止するように働きかけることもできるようになるのだ。僕たちはその言葉を聞いて故郷のことが心配になったが、だからといってここでフォルクに喧嘩を売るような真似をしても、僕たちの立場が悪くなるだけだった。仕方がなくソアンにも合図を送って何も言わず、何もせずに僕たちは領主の館を出ていった。

「ソアン、よく我慢したね」
「リタ様こそ、よく我慢されました」

「ああいう貴族が増えると困る、プルエールの森の村が危なくなるかもしれない」
「本当に嫌な貴族です!! ジーニャスさんが跡取りになれば良いのに!!」

「余程の失敗をしない限りは長男が跡を継ぐ、だから今後プルエールの森とゼーエンの街とは、……いずれは関係が悪くなるかもしれない」
「ジーニャスさんの方が優しくて、ゾンビも恐れない勇気もあって、可愛い妹想いのとっても良い人なのに!!」

 僕もジーニャスがこのゼーエンの街の跡取りだと良いと思った、ジーニャスは偉ぶっているようにしているが、実際は立派に貴族として責務を果たしていた。初めて会ったライゼ村の時もゾンビ化する村人たちを見捨てなかった、救うことはできなかったが彼は最後までその場でやれることをしたようだ。その後もフォシルのダンジョンであったこと、平民である僕が頼んだことも貴族としての義務がある、そう判断してきちんと馬鹿にせずに聞いてくれた。

 僕がゼーエンの街の領主であったならジーニャスを後継者に選ぶ、フォルクはあまりにも貴族として地位にこだわり過ぎて選民思想が強かった。あんな人間が上にたったら下の人間たちは苦労するだろう、エテルノのダンジョンを開放した時の遣り取りや屋敷の様子から、フォルクよりもジーニャスの方が剣士たちや使用人には好かれているようだった。

「ソアン、僕もジーニャスにゼーエンの街の領主になって貰いたい。そう思うけど、本人はどう思っているんだろうか」
「はい、リタ様。ジーニャスさんは一見すると偉そうにしているようで、実は結構人に気をつかわれる方だと思います」

「つまりは後継者争いも好まないのかもしれない、今度会った時にでもそれとなく聞いてみたいな」
「ええ、ぜひプルエールの森のためにも、ジーニャスさんに後継者になるように話しましょう」

「ソアン、全てはジーニャス自身の気持ちの問題だよ」
「はい、リタ様。そうですが、どうも私情が入ってしまいます」

 その日は残った時間は鍛錬に費やすことにした、新しいエテルノのダンジョンにはいろんな魔物が出そうだ、どんな魔物に襲われてもいいように体を鍛えておかなくてはならなかった。そうやって一日が終わった、明日からはまたエテルノのダンジョンに行くのだ。そう思っていたのに、いやそう思っていたからなのか、また僕の病気の症状が次の日には出てしまった。

「僕の病気の症状はいつ出るのか分からない、これじゃエテルノのダンジョンで野営はできないね」
「たとえ野営ができなくても、朝早くから夜までならダンジョンを十分に捜索できます!!」

「そうかな、それでエリクサーが見つかるだろうか?」
「それは運です!! それとまたあの金の冒険者のカイトさんに会ったら聞いてみます!!」

「ああ、彼らはどうやってエリクサーを見つけたんだろう」
「案外ダンジョンに入ってすぐ、簡単に見つけたのかもしれません!!」

 僕はいつもどおりにソアンが出かけた後、金の冒険者のカイトのことを考えていた。彼は古代遺跡を歩いていたらエリクサーを見つけたと言っていた、ソアンの言う通りあのダンジョンでエリクサーを見つけるには、運というものが大きく関わっているのかもしれなかった。それ以外で僕にできることは何だろう、それを考え続けているとあっという間に夕方になった。ようやく僕は起き上がれるようになったので、下の酒場におりてソアンを待つことにした、するとソアンは帰ってきたのだが客を連れてきていた。

「よう!! リタとか言ったっけ、また会ったな!!」
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