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11.救援

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「リヒト、戻れ!!クレアも連れて行かねばならぬ!」

「戻ったら彼女らがあそこに残った意味がなくなるだろう!?君は自分の母君と兄君に救援をねだる口上でも考えてくれ!」


 泣きそうな声で叫ぶリルローズに、苦いものを噛み潰したような顔で叫び返すリヒト。
 リヒトは、自分の住む国……エルフの森が焼き滅ぼされた瞬間も同時に思い出していた。

──ああ、たしかにあんなに美しい、蒼玉の魔導師はいなかった。

 一瞬だった。
 強大な閃光が森を奔り、そこから火が上がり、兵が入り込んだ。女子供から狙って捕らえられ、暴力で捩じ伏せられた。リヒトは王子であり、男であったから“まだ”何もされなかったが、父は目の前で見せしめのように嬲られて殺され、母も民の前で犯され狂った。彼らの王の望みだった姉は連れ去られ、リヒト自身は姉への人質と、言うことを聞かなかった場合に彼自身を陵辱するために連れて行かれた。民もまた、同じように、いいや、もっと酷い目に遭っていることは想像ができた。
 あの日、辛うじて逃した、この手で守ることのできなかった妹にそうしてやりたかったように、彼はリルローズを抱きしめて、風に乗って竜の国の方向へと走った。

 もう少しで森を抜けるというところで、彼は大きな白銀の翼を見た。それは彼の前に現れる寸前に消えて、上空より白銀の髪を持つ女性が舞い降りてきた。


「お母様!!」


 女性を見てリルローズが手を伸ばす。母親に抱きしめられて、安心したような顔をしたリルローズだったけれど、すぐに表情を変えた。


「お母様、クレアを助けてあげて!」

「ご主人がどうした!?」


 クロエがクレアの名に反応する。それに、リヒトがその場を離れるまでの状況説明を行うと、クロエよりも先に駆け出した影があった。
 それに少しだけ気を取られたクロエとリヒトではあったが、彼らもまた走り出した。


「あの黒トカゲめ!」


 先を越されたことに苛立ちを感じながらも、クロエの足は加護をつけてもらったリヒトよりもなお早い。さすが黒狼の娘だと思うのと同時に彼は自分の魔法で重ねがけしていた風の加護を一瞬だけ解いて、彼女へと加護の魔法をかける。
 クロエは軽くなった身体に驚いたが、何が起こったのかを瞬時に把握して振り返った。


「感謝する!」


 より速く、彼女は大地を駆ける。力強く地を蹴ると黒髪の青年の後ろ姿が見えた。
 火の手は早く、少し遠くで住んでいた家が焼け落ちようとしているのが見えた。
 クロエはチラと青年を見てから考える。そして、進む方向を変えた。竜とソフィーがいるのであればきっと悪いようにはならないだろう、と主人の心を守るために走った。

 黒色の軍服に身を包んだ青年は、バーサーカーのように戦士をぶっ飛ばす銀狼人の少女と、それをうまく援護する蒼玉の杖を振るうヒト族の魔導師を見つけた。半分の人数でありながら、完璧なサポートと疲れを感じさせない暴れっぷり。しかし、相手も魔王相手に戦い抜いた猛者であり、押されていた。

 片手を伸ばして魔力を通す。顕現した剣を握ると、冷気が漂い、戦っているちょうど真ん中に氷柱が落ちた。警戒する双方に青年は声をかけた。


「これは、宣戦布告か?コルツのヒト族よ」


 圧巻の存在感だった。後ろで結んだ黒い髪が自身の魔力で靡く。アイスブルーの瞳が冷徹さを増して見せる。憎々しげに勇者たちを見ると、酷薄な笑みを見せる。


「魔導師よ、下がっていろ」


 杖で身体を支えるようにして、けれどなめられないように真っ直ぐ前を見据えていたクレアに彼は告げた。
 いくらその身の魔力が多くとも、その技術が優れていようとも、相手もまた同じように優れていれば人数が少ない分不利である。厳しい目ではあったが、なぜかその気遣いが感じられてクレアは大人しく少し後ろに下がった。少し、ふらついた彼女を後ろから支える者があった。


「間に合ったか」


 余程急いだのだろうか。荒い息に、安堵が混ざる。期待している、と口では言ったけれど置いて行かれることに慣れていたクレアは目を見開いて、それから少しだけ笑顔を浮かべた。それは、魔王を倒してからはじめての表情の変化だったかもしれない。


「ありがとう」


 いつも、その表情は無であった少女が見せた笑顔に、リヒトは面食らった。顔の造形は整っている方だと思っていたが、表情が変わるとここまで印象が違うのか。そんなことを考えながらも彼女の前に守りの魔法を展開した。


「この一年ほど、貴様等が良き魔導師をここに置いたおかげで、我々の民が無理矢理攫われることなく、戻ってきていたからこそ見逃してやっていたがどうやらこの様子では我々の忠告は耳に入っていなかったらしいな」

「獣如きが賢しげに忠告などと。本気にする者など我が国にはいない」


 鼻で笑う勇者一行を、クレアは冷めた目で見ていた。旅の途中でいくらでも知ることができたはずの国力の差を、まさか貴族が理解していないとは。
 国の終わりすら見えた気がする。


「そうか」


 瞬間により強く、激しい光が遠くに降り注いだのを見た。赤い火が薄らと見える。


「助けに行かなくていいのか?貴様等の民であるぞ」


 これは、警告だ。
 低く、重い声音で告げられたその言葉に、祖国の人々を心配する気持ちがある。しかし、それと同時に今回の件で見限る気持ちもある。クレアは法律を違反しているわけではない。だというのに裏切りだと一方的のこちらを責める彼らに、愛想が尽きていた。
 縋るように聖女がクレアを見つめる。


「は、勝手にご主人様を裏切り者扱いして、ご主人様の弁明すら聞かずに森を焼いたくせにそんな目で見ないでいただけませんかぁ?……胸糞悪ぅございます」


 ソフィーが心底忌々しい、と言うように吐き捨てた。
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