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26.ついていけない

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 帰れないのはわかってるけど、やっぱり一発くらい召喚したやつぶん殴れば良かったなと思いながら火打ちがねを打った。慣れてきたためかもう最初ほど時間をかけずに火を起こせる。ライターのような魔道具もあるのにとユウタは眉間に皺を寄せてからそっと首を振った。


「田舎とかじゃ、あんなんねぇだろうしなぁ」

「当然だ。彼女の魔道具に慣れてしまうばかりでは困るぞ」


 後ろからかかった厳しい声音に、ちょっとだけお前は暇なのかという気分になって振り向くと、黒髪の硬派系ストーカー王子様は霧吹きみたいなものを抱えて立っていた。何もかもがミスマッチすぎて目が悪くなった気がする。ユウタは目を擦ったがまるで現実が変わらないので「夢じゃないのかぁ」と少し遠い目をした。


「何ですか、その霧吹きは」

「霧吹き……?これはそんな名称なのか?クレアが欲しいと言っていたものを用意しただけだが」


 当然のように言っているが、彼の教師役であるクレアの性格を考えて、一国の王子に何かをねだるような性格ではない。そして、聞いて話によると、彼はクレアを遠くから見て満足して帰る……というようなことがそこそこの頻度であるという謎の人物であるらしい。


(大丈夫なのか、それ?)


 エリアスに向ける瞳がスッと冷たくなった。クレアも不思議そうな顔じゃなくてもっと怪しがってほしいし、怖がって欲しい。この王子意味わからんと思いながらユウタは鍋を火にかけた。
 レシピを広げると、お世辞にも綺麗とは言えない字が並ぶ。


「なんだ、その字は」

「クロエさんのレシピだよ」

「……独創的な字だな」


 うるさいなと思いながら、彼は下準備を始めた。ソワソワと落ち着きのないエリアスを放って。



「なかなか上達しないものですね」

「うるせぇ!ほっとけ!!」


 クレアのために習ってきた料理のメモを見ながらソフィーは「読めないのですもの」と困った顔をした。殴り書きの字は、癖があって読みづらい。後で清書するつもりではあるが、クロエはあまり字が綺麗ではなかった。


「ご主人は読めるからいいんだよ!」


 プイと顔を背けて、トマトを収穫しているクレアの方へ向かった。赤く熟れたトマトはとても美味しそうだ。


「やっぱり落ち着いて育てることができれば品質が違うな」


 どこか嬉しそうなクレアの声。しかし、虫や鳥に結構な数を食べられているのを知っているので、クロエは苦い顔をした。
 昨日も、熟れたトマトを収穫したが、甘くみずみずしいそれは非常に濃厚で美味だった。美味いということは、他の動物も狙うということ。特に鳥はしつこく狙ってきていた。最終的に罠を仕掛けて鳥も捕まえて食糧にしていたが、その中には魔物の鳥も混ざっていた。コルツ方面に生息することの多い魔鳥であることを怪訝には思ったが、この魔物は非常に美味なのでユウタの練習も兼ねて捌いた。結構な頻度で鳥の襲撃があるのでユウタもすっかり解体・素材剥がしが上達した。

 クレアたちが野菜を持って戻ると、鍋の前にユウタだけでなくエリアスもいることに驚く。クレアが小声で呟いた「なんかすごい頻度でここにいるな」という言葉に狼メイドたちの視線がより冷ややかになった。


「戻ったか」

「おかえり、先生」


 霧吹きをたくさん抱えた真顔のエリアスに絶句した。「これに希釈した薬を入れれば、花や野菜に均等に吹きかけることができるようになるはずだ」と差し出してきたエリアス。だいぶ前にポロッと溢しただけの独り言だったはずだ。少なくともクレアはそう認識している。


(この人、怖いな)


 不敬にあたるだろうからそのままだが、すでに何歩か離れたい気持ちになっている。欲しいものを作ってくれたのはありがたいかもしれない。だが、本人に伝えてもいないものを差し出されるのは普通に怖かった。

 丸ごと一羽突っ込んだ鍋の蓋を開けながら、自分の先生がエリアスにドン引きしていることに気がついたユウタは「そりゃそうだよな」と遠い目をした。
 元の世界でいうと、ストーカーだ。警察に御用の案件である。


「先生、クロエさん。鍋見てもらっていいですか」


 ユウタの言葉に我に帰ったクレアは、エリアスにお礼だけ言うとそそくさと鍋の方へ向かった。

 エリアスは城に戻ってから、「なぜだろうか」と首を傾げた。彼の中では女性はピンポイントで自分の望むプレゼントをもらえないとヒステリックに叫ぶものだった。だから綿密な調査の末に贈り物をしたのだが、反応が彼の思っているものとは違う。
 おかしいな、と思っていたら母より遠征を命じられた。凶暴な魔物が海辺から来ているらしく、救援要請が出ていたようだ。強い力を持った王族の義務だ、と彼は素直に頷いて軍を率いた。


「しばらく距離を置かないと嫌われちゃうものね」


 息子が何か拗らせてる事実に頭を抱えながら女王は呟いた。

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