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37.言葉を失った少女
しおりを挟む男はまだ目を覚まさないが、少女は朝早くに目を覚ました。不安そうに周囲を見回して窓から外を見る。薬草畑で朝露を集めるクレアを見つけて不思議そうな目で彼女を見つめる。それから、咲いた花のみを採取して鞄に詰める。少女はそれを見て何を調合しようとしているかを察して部屋を飛び出した。
家へと入って来たクレアの前に飛び出して、何かを言いたいというようにおどおどとしている。少し考え込んだクレアは「君、字は書けるか?」と問いかけた。必死に頷く様子の少女を見て、クレアは「少し待て」と言って部屋へと向かい、髪とペンを渡した。
「流石に、読唇術などは習得していない。心を読む魔法というのは基本的に禁術扱いだしな」
だから、とクレアは彼女に書いて意思を教えてほしいと頼んだ。少女は紙に小さく「私はシャルロッテ、エルフ」と書く。その名を小さく呟いたクレアにシャルロッテは嬉しそうに頷いた。
『コルツ王国のヒト族に森を焼かれて、兄様がベルナルドと一緒に逃してくれた』
「ベルナルドというのが、あの男の名だな?」
頷いて、その状態を尋ねるシャルロッテにもう片目は潰れていることと、足は運次第だと告げると悲しそうに目を伏せた。
「見た感じだと、護衛騎士のような役職なのだろう?対象を守り通せたというのならば、その役目を彼が誇りに思っているのならば、君も彼の健闘を誇ると良い」
クレアはそう言って去ろうとすると、服を引っ張って手伝いたいと訴える。
『調合、できる!』
シャルロッテの訴えに、森の民は狩が得意だったり薬草などに詳しい者もいたなと思いながら考え込んだ。自分が採取したものを見て何を調合するのかを察したのだろうと「与えるのは私が確認したあとだ」とそれでも良いのならばと告げるとその表情はパッと輝いた。
薬を置いている部屋に招き入れて、材料を机の上に出す。それをシャルロッテは慎重に量を計りながらすり鉢に入れた。順番にすりつぶしていくと花の香りが広がる。そこに追加でクレアが出したいくつかの花弁を確認し、それも足した。
(上手いな)
均等に素材を刻み、迷うことなく順番に材料を混ぜる。混ぜ方が良くないとエグい臭いになる薬なのだが、そんなことも起こっていない。
薬からほんの少し魔力の気配がする。それを見ながら考え込んだ。
(薬学系の称号を持っているのかもしれないな)
剣聖、魔導師のように称号はそれぞれの技能を極めた者が神より認められて名乗ることを許される。それより上になると賢者などもいるらしい。
魔導師に関しては職業としての名前でそう呼ばれるケースもある。貴族だとそのパターンはそこそこ多い。クレアの場合は正当に神に認められたケースではあるが、逆に言えばそうでなくてはコルツ王国で国に仕えることなどできなかっただろう。コルツ王国は身分差別の大きい国なので。
出来上がった薬を検分して、シャルロッテと共にベルナルドの元に向かうと彼は唸っていた。
その様子を見て「なぜ?」と問いかけてようとしたシャルロッテだが、クレアが目を覆っていたのでやめた。
「猿轡取るの忘れてた」
その言葉に、シャルロッテと男の動きが止まる。
『手足の拘束は?』
「下手に動かれると悪化するからな。まぁ、話すくらいならうるさいだけだから外すつもりではいたんだが……」
そのあと、二人でベルナルドの拘束を解いて、クレアが最初に告げたのは謝罪の言葉だった。
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