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47.信頼と後悔
しおりを挟むどうでもいいからと放置していたのを彼は少しばかり後悔していた。
弟子の技量であれば、多少の危険は危険ではなく、助けを求めれば文句を言いながらでも助けてやってもいいと思っていた。けれど、そうならなかったのは彼の考えた通りにクレアの技量が優れていたからで、もう一つは師に助けを求めることができない部類の出来事で心を病んでいたからだった。ドラゴレインでの暮らしで回復したようではあるが、ちょくちょく口を挟んできたメイドの話を合わせて考えると非常に危うかったことが窺える。優秀ゆえに大丈夫だとあの国から出さなかったのが最大の悪手だった。
ズリズリと引き摺っているそれはまだ辛うじて息をしている。この男の妻は悲鳴をあげて護衛の男と逃げていった。きっとあれは愛人だろう。空気感が男女のそれであった。
(遠距離恋愛ってのは往々にして上手くいかないものさ)
鼻で嗤うだけで追いかけなかったのは優しさではない。彼女がどこにいってもまともな生活などできないだろうことを知っていたからだ。
マーリンは弟子のように優しくも穏やかでもなかったので、国全体が弟子を苦しめた人間のように思えて普通に「みんな纏めて死ねばいいんじゃないか?」なんて思っている。特に王族と勇者一行だ。
王族にはなぜかは知らないが強力な呪いがかかっているようなので、おそらく幸せには暮らせないだろうと放っておいたにすぎない。
(けど、殺してやるのも業腹だなぁ。一瞬で終わることほどつまらないことはないし)
パッと明るい表情になった彼はいそいそと枝を探して、忘れないように拘束の魔法をかけた。鼻歌混じりに地面に魔法陣を書いて、歌うように召喚の呪文を唱える。彼を知る人間ほど、こんなに機嫌の良い彼を不気味に思って猛ダッシュで逃げるだろう。けれど元勇者は魔法でそれを封じられており、聖剣が消えたことで戦う気力すら失っていた。
「召喚する!」
マーリンの魔力を吸って、あからさまに悪魔という風体のものが現れた。
「なんだ、マーリン。貴様、また我らを揶揄うためだけに召喚したわけではなかろうな」
マーリンは悪魔の世界でも一発レッドカード、指名手配犯級のクソ野郎だった。ボコボコにするためだけに呼び出したりすることもあってか、じとりとした目をしている。
「揶揄うためではないよ」
「そうか」
ほっとした様子の悪魔に彼は「酷使するためさ!」と言って、その言葉が発せられた瞬間に消えようとしたが、大きな杖で縫い付けられる。にたりと嗤った魔術師は悪魔より悪魔らしかった。
「師はどこにいったんだ?」
クレアが温室から戻ると、マーリンの姿が見えなかった。ソフィーの機嫌からすると、今日はここにいないのだろうかと疑問に思う。挨拶がなかったということは戻ってくるつもりであると考えられるが、どうも師らしくない気がした。
(いつもならウザいくらいに構ってくるし、厄介ごとのいくつかをぶん投げてくるのに)
そのあたりにいる自称マーリンの恋人などよりは贔屓にされている自覚もあるクレアは不思議そうに首を傾げてから、まぁいいかと食堂に足を向けた。
師が声をかけなかったということは、自分には荷の重い仕事なのだろうと。
僕たちを馬鹿にしやがってふざけんな、とばかりに勇者の資格を失った男を引き摺って悪魔まで巻き込んでいるだなんて、クレアには関係のない話である。
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