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Karte.13 籠の中の可不可―夜明
籠の中の可不可―夜明 11
しおりを挟む「榧野先生、ここまでありがとうございました。また、改めてお礼に伺います」
相手がこの場に留まれない言葉を口に出し、松葉杖を受け取るために手を出すと、
「構わないよ。その足では身動きが取れないだろうから、また往診に来よう」
再びここへ来ることを告げて、榧野医師は診療所へ戻って行った。
そして、榧野医師の運転する車のエンジン音が遠ざかると、
「お呼び立てして申し訳ありません」
と、沼尾匡がPCを打つ手を止めて、春名と仁の方へ向き直った。
やはり、この村の住人には、少女のことを知られたくなかったのだろう。知られてもいいのなら、まず最初に、ここの住人の誰かに相談しているはずなのだから。
「いえ、お元気そうでなによりです」
春名が言うと、
「ああ、そういえばあの時も助けていただいて――」
――そういえば? 忘れるか、普通?
少し不満に思いながらも(決して、笙子の元カレだからではない)、沼尾のすすめに応じて、部屋に入る。そして、障子を閉めてから、
「手紙に書いてあった少女というのは……」
「昼夜逆転しているので、もうじき起き出してくる頃です」
と、奥の襖へと視線を向けた。どうやら廊下はないらしく、襖一つで隣りの部屋とつながっているらしい。
「笙子が、またあなたたちにお願いするとは思っていなかったので――。本当にご迷惑をおかけします」
――笙子? 別れた女を、未だに呼び捨てにするのか!
そんな心の声はともかくとして――、部屋は、上がり間、中の間、座敷……と、襖を隔てて奥へと続き、さらに横に並ぶ部屋があり、土間と並ぶ台所、奥に居間、仏間、女人部屋、ここで廊下を隔てて風呂とトイレが造られている。
少女は、上がり間の奥の『中の間』にいるということだった。
掃除をし、使えるようにしたのは、その二部屋だけらしく……。
「先生、掃除してくださいよ。ぼく、動けないんですから」
小声で、仁がそう言ったのも、無理のないことだっただろう。他にも料理や寝具、虫対策、その他諸々不安なことはたくさんあるが……。
「さて、何から話しましょうか」
沼尾がそう言った時、寺へと近づいて来る車の音が耳に届いた。
「――榧野先生が戻って来たんでしょうか?」
誰もが耳を澄ましたが、
「いや、もっと大きな車――トラックか何かでしょう」
外へ出て、階段を降りると(仁は庫裏から動けないが)、配送会社のトラックが止まり、何やら大きな荷物が運び出された。
「沼尾さんですか?」
配送員が、降りてきた二人を見て声をかける。
「はい。上へお願いします」
沼尾が応え、
「すごいですね、『モウクル』とかいう最近の通販は――。こんなところにも、すぐに配達されて来るんですから」
どうやら、沼尾自身が頼んだ荷物らしい。――と思ったのだが、よくよく聞くと、沼尾の依頼を春名と仁に頼んだ笙子が、無人の寺で二人がサバイバルをしなくてもいいように、頼んでくれたものらしい。
それにしても……。荷物はその一つにとどまらず、次から次へと下ろされ、運ばれ――ついでに二人も運ぶのを手伝い……。
「布団と蚊帳は嬉しいなぁ。――僕が用意して来たものは、今はあの子が使っていて、笙子にも古い畳の上に服を敷いて寝ている、と手紙に書いたんですよ。やはり、女性は色々な気遣いが早いなぁ」
沼尾が嬉しそうに、笙子の気遣いに感謝する。――そう。届いた荷物は春名と仁のためのものだけでなく、沼尾の分も揃っていたのだ。もちろんそれは、今、沼尾が言ったように、笙子がこの寺での生活について、沼尾の口から前以て聞いていたからだろうが。
そうして二人が山門前の階段を上り下りしていると――。
かごめかごめ
籠の中の鳥は
いついつ出やる
夜明けの晩に
鶴と亀がすべった
後ろの正面だあれ?
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