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Karte.10 天才児の可不可―孤独

天才児の可不可―孤独 16

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「精神科医は、目に見えないものを見るために、他の医師がしないことをしなくてはならい」
 視線を逸らさず、春名が言った。
 まだ言葉の意味は解らなかった。
 だが――、
「患者が望まない治療だ」
 全ての医療に反するような言葉だった。
「望まない……?」
 本来なら、医師の仕事は、病気を治したい、という患者の意思に沿ったものだ。
 逆に言えば、癌患者でも、当人が医学ではなく、民間療法を望むと言えば、医者は何も手出しが出来ない。
 そして、精神疾患を持つ患者の中には、治療を望まないことはもちろん、自らを精神病だとも認めていない場合も多い。
 なら、医者は――。
 外科医は癌を切ってくれと言われれば切るし、内科医は胸の痛みを調べて欲しいといえば、レントゲンや心電図……その他、知識を尽くして可能性のある結論を出してくれる。
 なら、精神科医は……。
「家族や警察からの依頼で、治療を望まない患者の診察に当たることもある」
「――」
 ――警察……。
 この日本人精神科医は、何か知っているのだろうか。そう思うと、ロージーの頬は平静でいられず、引き攣った。
 ここアメリカでは、十八歳未満は少年法で裁かれる。――が、州によっては、十歳以上なら大人として裁かれる犯罪があることも、法で定められている。ロージーは九歳。重い罪を科されることはないが……。
 だが、両親やクラスメイト、先生や諸機関の人間は、ロージーが軽い罪に問われるだけでも、きっとがっかりするだろう。今でさえ、ロージーがESPカードを当てられなかったり、必要な時に心が読めなかったりすると、目に見えて落胆を表わすというのに――。
 これ以上、皆に期待されなくなったら……。
 価値のない人間だと思われたりしたら……。
 いつも不安で一杯だった。
 そんな時、気ままに生きている猫が、無性に腹立たしく思えたのだ。
 最初は石を投げて、憂さ晴らしをした。
 それで満足だった。
 だが、それではすぐに逃げられてしまうため、数回で満足できなくなった。
 次にはエサでおびき寄せて、棒で殴った。
 それでも一撃当たれば逃げられるので、自宅にあった殺鼠剤をエサに混ぜた。
 弱った猫を痛めつけることが出来た。
 首を絞めたり、地面に叩きつけたり……日毎に行為はエスカレートした。
 もう、止められなくなっていた。
 自分より非力な小動物になら、何だって出来る。――いや、そうしなければ、不安で不安で生きていけなかった。
 生きて行くために必要なことだったのだ。
「――わたしが猫を殺したと思って、先生が来たの?」
 あれは必要なことだったのだ――そう開き直って、ロージーは言った。
 絶対に認めてやりはしない、とも思っていた。
 だが――。
「違うよ」
 春名は言った。
「僕は、猫を殺したのが誰なのかは知らない。僕が君と話をしなくては、と思ったのは、仁くん――カイルに君のことを聞いたからだ」
「――え?」
 それでは、暁春は以前からロージーを怪しんで、春名に相談していた、というのだろうか。――いや、これは春名の誘導かも知れない。
 ロージーが、
『以前にカイルに聞いたの?』
 と、訊けば、
『どうして今聞いたのではなく、以前に聞いたと思ったんだい?』
 と、春名に問い返されるかも知れない。
 ロージーは、暁春がもう死んでいて喋れないことを知っているのだから。
 それなら――。


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