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一夜 聚首歓宴(しゅうしゅかんえん)の盃
一夜 聚首歓宴の盃 18
しおりを挟む《聚首歓宴の盃》を手に入れ、残るもう一つ、《朱珠の実》を作る水も預かった舜は、先日の上海のホテルへと向かっていた。
水の正体は未だ知らないが、黄帝から、
「『彼ら』に嫌われないよう、大切に扱うのですよ。今の君より、『彼ら』の方が圧倒的に強い力を有しているのですからね」
と、訳の解らない注意だけを受けている。
「もしもーしっ」
と、その水に呼びかけてみたりもしたが、やはり、返事は返らない。
水の中に、黄帝がするように指を浸してみようか、とも思ったが、それは、やめた。余計なことをして、機嫌を損ねたら大変である。ちなみに、何が大変なのかは、知らない。
コトコトと例によって夜行バスに揺られ、斬り落とされて無い右腕を、肩に羽織るジャンパーで隠し、上海に着いたのは、やはり、朝であった。
「オレって、何か、ものすごいマヌケのような気がする……。やっぱり、翼、使えるようにして欲しいよなぁ……」
うららかな春の陽差しが降り注ぐ中、舜は、ぐったりとしながら、呟いた。
朝の光の中を歩くこの寒さと、堪えようのない気分の悪さは、普通の人間には解ってはもらえないだろう。光に触れた肌はヒリヒリと痛み、焼け爛れて行くような苦痛を感じるのだ。――いや、弱い一族の者なら、否応もなく焼け爛れて行くだろう。
おまけに、今は、苦手な香木で作った小さな杭まで、ジャンパーの胸のポケットに入っている。転んで心臓に刺さりでもしたら、洒落にもならない。
ホテルへ着くまでに、舜の唇は紫色に、面は雪花石膏の如く、蒼白に変わっていた。
エレベーターに乗り、デューイが滞在していた部屋のフロアまで上がり、一つのドアを前にする。
何故、ここへ来たのか、というと、ここ以外に行くところがなかったからである。向こうが場所を指定しなかった以上、他に行き場も思いつかない。警察が来ている様子はないから、あの血飛沫の跡は、ホテル側が内々に葬ってしまったのだろう。
「ここにいれば、向こうから見つけてくれるよな」
と、独り呟き、疲れた体を、ドアの脇に凭せかける。
ドアに直接凭れかかるような真似は、しない。もし、急にドアが開いたりした場合、それこそ大間抜けである。ぐったりとしていても、それくらいのことには頭が回るのだ。
カチャ、と高い音がした。どうやら、ドアが開いたらしい。凭れかかっていれば、転んで、香木の杭を胸に突き刺しているところである。
部屋から姿を見せたのは、一昨日と変わらぬ部屋の主、デューイであった。
「あ……まだここにいたのか。気味悪がって、部屋を引き払ってるかと思った」
舜は、素直な心の内を、口にした。
デューイは、黙って舜を見下ろしている。その面は少し蒼白く、肩で束ねていた髪も解いているため、寝起きのようなけだるさを、感じさせる。背に届く長めの髪は、デューイの首筋を隠している。
「ひょっとして、怒ってるとか? そりゃ、部屋を血だらけにして、殴って気絶させて、サングラスと帽子を持ち逃げして、モデルにもならずに姿を消して、悪いことをしたと思ってるけど……」
こうして口に出して並べてみただけでも、相当、悪い。
「それにはそれの事情があって……」
「中に入るといい。その事情を聞こう」
デューイは言った。
「あー、えーと、今はちょっと……」
「早く」
無表情に、中へと促す。
「じゃ、じゃあ、ちょっとだけ」
今までにかけて来た迷惑のこともあって、無下に断ることも出来ず、舜は部屋の中へと足を入れた。何しろ、自分のしたことの責任は自分で取れ、と黄帝に言われたばかりである。また黄帝に厭味を言われるような言動を取る訳にはいかない。
部屋の中は、真っ暗であった。カーテンも閉ざされ、ほんのりと透ける頼りない光だけが、辛うじて部屋の中を照らしている。もちろん、舜にはその方が過ごし易いのだが、デューイも同じか、と言えば、疑問が生じる。
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