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四夜 燭陰(しょくいん)の玉(ぎょく)
四夜 燭陰の玉 3
しおりを挟む風もないのに冷気が立ち、冬の夜を、一層、身震いの出るものに、染め変えた。
「参られましたか」
京仔は言った。
子を産んだ後だというのに――いや、子を産んだ後だからか、彼女の美は、より蒼く、きついものとして、際立っていた。
その気高さと厳しさこそ、麗しき帝王が、子を望んだ所以であったのかも、知れない。
部屋の入り口に掛かる綾絹が、舞った。
風もないのに、舞った、のだ。
そして、そこから姿を見せたのは、月のように玲瓏な面貌を持つ、青年であった。
「帰られませ、人の子ならざる御方。二度と、あなた様の御子など身ごもりはしませぬ」
寝床に横たわるまま、振り返りもせずに、京仔は言った。
部屋の中には京仔だけで、赤子の姿も、産婆の姿も、見当たらない。
「稀代の呪術師、京仔には、何が視えた?」
黄帝は訊いた。
それはきっと、生まれ落ちたばかりの赤子を殺すほどの、辛く、重い宿命――。一族が背負う、血の……。
「訊かれますのか、あなた様が、人の子たるこの私に」
「そうだな」
フッと笑みが、零れ落ちた。
「……あなたを愛しているのです、黄帝様」
そんな言葉さえ、飽くまでも毅然とした物腰で口にするのだ、この娘は。
「承知のこと」
「ならば、もうお行きくださいませ。子を産み、後は老い衰えて行くばかりの姿を、見られたくはございませぬ。あなた様は、私が年老いて死んでも、果てしなき時を、その御姿のまま、費やされるのでしょうから」
「……」
「あなた様が私に授けてくださった子は、殺しました。あれは、人の子ではありませぬ。あなた様の血の方を、強く引いております」
だからこそ、殺すしかなかったのだ、と――。
「ほう……」
この世で最も辛い宿命を背負うことになる娘を救うには、この方法しかなかったのだ、と――。人の中で、血を啜りながら生きて行かなくてはならない娘を――憐れな宿命の娘を、このままにしておくことは出来なかったのだと……。
わずか数十年で死に逝く京仔には、この先の途方もない時を共に過ごし、いつも守ってやれる訳ではない。永遠にも等しい憐れな宿命を、娘と、心から愛した男に背負わせることは出来ないのだ……。
それほどに、心からその青年を愛してしまっている。
わずか十三、四の少女を冷酷に殺してしまった、恐ろしき魔物を――。いや、魔物だからこそ、人は彼に、惹かれるのかも、知れない。
人の持ち得ない、その力に。
人の持ち得ない、美しき神秘に。
そして、何より……。
「……京仔よ、子は死んではおらぬ」
「え……?」
「私の血を強く引いているのならば、な」
黄帝は言った。
「それでは……」
「子は、貴妃と呼ばれるようになるだろう。そなたの子に相応しい呼び名だ。殺す時は、香木で作った杭を、心の臓に突き立てるがよい。そして、体が崩れて出来た灰は、河に流してしまえばよい。――人の子との間に生まれた子は、滅多に私の血を引くことはないが、それが、その赤子の定めであったのなら、その子は、死に切れぬ運命を背負わされている。我が一族のやり方で滅ぼすがいい」
本気で自分の子を殺せ、というのだろうか、その青年は。
そして、殺す、というのだろうか、京仔は。――いや、彼女はすでに一度、その赤子を殺しているではないか。人外の麗人を愛するが所以に。我が子の身を案じるが所以に。
「もうお行きくださいませ。この身が醜く衰えようと、心は変わらず、あなた様をお慕いし続けることでしょう」
その京仔の言葉を背に、黄帝は静かに部屋を、後にした。
彼を愛した者たちは、いつもそうして、彼の元から離れて行くのだ。
その青年の変わらぬ美貌に、変わらぬ若さに、己が身を恥じて。
それもまた、彼が負う宿命の一つ、である。
永遠に近い生命を持つ者には、哀しい宿命しか、与えられてはいないのだ。
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